連邦ネット庁のモニタリングレポートに関するコラムの雑感

ツイッターでは、以下のコラムがチェリーピッキングだと話題になったようです。

この記事の問題は、ドイツは欧州の電力純輸出国であることを示すために取引結果のみを提示し、それをもってドイツはフランスに対して輸出超過と示したところ、元データは取引結果も物理フローも並べて載せてあるのに取引高しか示さないのはチェリーピッキングだ、ということのようです。
特にドイツはフランスに取引では輸出超過だが、物理フローでは輸入超過のため、再エネで不安定な系統を抱えているドイツについては物理フローで見るべきであり、取引だけ見るのはだめだ!という投稿をいくつ見かけました。

こんな感じで切り取るんじゃね-!との批判が

これについて大林さんと一柳さんは5月1日に物理フローについて触れた上で、

この図2を引用したBNetzAの文章では、「大きな入札ゾーンが他の地域とつながっている高度にメッシュ化したネットワークでは、実際の電力の『商業的な取引の流れ』と『物理的な流れ』が一致しないことが多い」と説明されている

https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20230425.php

として、ドイツとフランスの二国間取引で見るべきは取引結果であり、問題ないと結論しています。

この問題が非常にややこしいのは、このコラムを批判する人も、賛同する人も、主語が人によってドイツであったり、ドイツの安定供給であったり、欧州であったり、色々違う点にもあると思います。

私は、ドイツは万が一、国際系統が全部切断されても(コストは上がるが)安定供給を維持できるようにはしているので、ドイツのTSOが評価するように「万が一のときはドイツはフランスの原発がなくても安定供給を維持できる」という考えですし、ドイツ-フランス間の関係は物理フローをまるっと無視してはいけないものの、取引結果でみて特に問題ないと思います。ただ、各々主語が違うので違う結論の人もいて当然かとは思います。
もちろん国際系統があったほうがより効率的に系統運営ができるという点は同意ですが、そこからドイツは他国との連係がないと即安定供給に支障をきたすとか、特にフランスの原発がないと安定供給できない、という意見には否定的です。

国際系統について考える前にまずドイツについて触れておきます。

ドイツの原発は建設当時の利用方針などから出力変動をあまりしません。技術的には可能でも日常的には10%程度以上下げることはあまりないそうです(事業者に聞きました)。ですので、再エネの変動対応用電源としての⊿は大きくありません(22年なら4GWの10%なので400MW)。原発は基本はフル出力に近いので下げの3次調整力を持つとすると、2021年のドイツの3次調整力の調達容量は809MWなので、その半分くらいです。
実際はこれ以外の多様でよりフレキシブルな電源が存在するので、原発の⊿はドイツにとって意味は無いとはいわないが、不可欠でもないし、国内の電源で代替可能です。
より正確には、水力、揚水、バイオマス、褐炭、石炭、石油、天然ガスが計99GWあるので、このうちの10%を下げの3次調整力として使えるとすれば9.9GWあり、原発の400MWが抜けても十分に余力はあるといえます。

またドイツのピークロードは80GWくらいですから、変動再エネを除いてもkWも余裕はあります。

そこで原発に期待されるのはクリーンなkWhということになるでしょう。例えば総発電量で見て00年原発は160.76TWhを発電していましたが22年は32.8TWh、再エネは00年は36.68TWh、22年248.15TWhでkWhでは原発最盛期を上回る量を発電しています。現時点では原発はドイツの安定供給に必須とはいえません。

ここまでは国内の事情です。

ところでドイツは国境を接する国や海底ケーブルでつながる国と電力の取引をしているので、どの発電所がいつどの程度発電するかは(例え比率が小さくても)外国との輸出入も含めた取引結果で決まります。しかし国際系統は一般に十分に強くないので、取引結果によっては取引に関わりのない国を流れることもあります。さらには隣国を通った後にドイツに再び流れ込むものもあります(ループフロー)。
とはいえ、「ドイツとフランス間の4GW程度の国際連係があれば助かる」ことを「不可欠で依存している」としたり、「フランスの原発だけを取り出して物理フローで輸入超過だ」とことさら強調するのは正直疑問があります。

さらによく言われるのが、再エネの変動が原因で前日と当日の予測が外れた結果、取引されたほどの再エネ電気が発電されない時に不足分を外国の電源が調整したケースです(逆もしかり)。

つまり、ドイツとフランス間の取引結果と物理フローの違いは計画外潮流によるものであり、その理由は再エネの予測との乖離の穴埋めである。それが原因で「前日の計画値」と実際の値の違いは大きい(このあたりは人によって微妙にニュアンスが異なるとは思いますが極端な例です)。

要はドイツは再エネの予測との乖離を外国の電源の⊿を利用して調整しているケースです。ここまでの諸々はある意味常識の範囲ですが、実際にどれがどの程度影響しているかを評価するのはかなり難しいと思います。

(実際には取引結果にはDay-AheadとActualの2種類があり、時間前市場の結果も反映されたデータも存在しているため、取引結果は前日市場の結果だけを反映しているというのは不正確です。ただ、連邦ネット庁は私の分かる範囲では前日市場の結果を取引結果としているように感じました)

特にドイツとフランスの間は取引結果と物理フローが逆転するため、この議論が白熱しがちです。

以下、少し私自身の考えを述べます。

まず、ドイツの特殊事例として、南北間の送電線が不足している問題があります。そのため、北ドイツの風力が多く発電し、南ドイツで電力需要が大きいときに、東欧の系統をループして北ドイツから南ドイツへ電力が流れることがあります。

典型的なループフローで、特にポーランドはこの現象を問題視しており、2016年からは両国境間に位相調整設備が設置され、問題の緩和が図られています。またドイツ国内でもリディスパッチの方法を変更したり、新たに系統を整備する(不十分ですが)などの対策をとっています。
しかし、北と南の電源構成の違い、系統の不足、ドイツ国内全土で1つの電力卸市市場に起因する系統制約の問題は依然として残っています。

繰り返しになりますが、ことさら強調されがちな計画外潮流の原因として再エネの予測が外れたケースが考えられます。ここでよく太陽が照らず風もないでいる状態(ドイツ語でDunkelflaute)の対応としての⊿が必要だと言う声が聞かれます。それは事実であり、ドイツの⊿確保は将来的に重要な課題になることが確実視されているものの、Dunkelflauteは前日段階で予測は可能です。特にドイツの陸上風力の前日予測は近年はかなり正確になってきており、1時間値であれば24時間後の予測誤差は大きくても3%以内に収まる場合がほとんどです。
つまり、Dunkelflauteが起こることは避けられなくても、前日市場はそれを見越して取引されるはずです。つまり、前日取引の結果が出た時点でDunkelflauteが起こることは織り込み済みで、調整可能な電源の取引は前日段階である程度なされており、前日予測(前日の取引結果)はDunkelflauteの発生を反映したものになる場合が多いです。Dunkelflauteが起こることと、Dunkelflauteの発生が前日で予測できずに計画外潮流が起こることは、分けて考えるべきです。

したがって、Dunkelflauteは、前日の発電計画(取引結果)と物理フローの大きな誤差(計画外フロー)の原因にはなりづらいと言えるのではないかと思います。再エネは変動するが(特にドイツの陸上風力は)かなり正確に予測可能で、通常は前日取引はそれを織り込んで取引されているものです。さらに、取引結果には時間前市場の取引結果も反映されているものも存在します。

余興ですが、ChatGPT-4.0にドイツとフランスについて聞いてみると興味深い回答をもらえました(信用するかは自己判断で。私は話半分くらいで読んでます)。

「依存する」という単語は出てこず、相互に電力を売買することで市場価格や供給の変動に対応し、電力の安定供給を確保していますとしており、感心する答えです。

そこで、国際連係に関して取引高を見て物理フローを見ないことによる問題点を指摘してもらいました。

まぁ、余興はこのくらいにしますが、実際問題、再エネはかなり予測可能ではあるので前日取引の終了時点でDunkelflauteはかなり織り込まれており、ループフロー(ここでは計画外潮流とほぼ同義で使っています)の理由として再エネの(予想外の)変動が影響度ランキングで低いのはわかる気はします。
ChatGPTはあくまでお遊びですし、説明も厳密ではないので信用しすぎないようにご注意ください。専門家の先生からもその点、ご指摘いただきました

念のため、再エネは変動しないとか、変動は問題ないとかいうのではなく、取引結果と物理フローが逆転するほど予測が外れることは少ないということです。

もちろん再エネの変動による計画外潮流を無視してもいいとは言わないし、それぞれの影響度を正確に示すのは難しいとも書きましたが、ドイツーフランス間の理解において再エネの変動が本当に説明力が高いかという点は疑問があります(これはドイツーフランス間に加えて、フランスースペイン間なども見ればより分かると思います)。

さて、そろそろ本筋であるコラムの出典元が何を書いているかに戻りましょう。
大林さんのコラムの出典元である連邦ネット庁では、「Cross-border trading and European integration」という章で取引結果と物理フローの理解について説明しています。

ちなみにBNetzAは全編英語でも公開しているので、ドイツ語が読めなくても大丈夫です。ドイツ語なんて読む人が少ないからチェリーピッキングしてもいいと思ってるんだろうという批判は間違いです。

報告書では、「Cross-border flows and realised trade flows(国境間フロートと実現取引フロー)」のところで以下のように説明しています。

入札ゾーンの境界(biddong zone borders)で測定される物理フローは、実現された取引スケジュール(realised exchange schedule、注:要は取引結果)、すなわち貿易フローと関連している。理想的には、物理フローと貿易フローのバランスは、全体としてほぼ同じであるべきである。しかし、計画外フロー(注:計画外潮流と訳す人もいる)(ループフローとトランジットフロー、I.E.5 節参照)、送電ロス、国境を越えたリディスパッチ、測定公差のために、そうならないことが多い。物理的な電気のフローは常に最小抵抗の経路をたどるため、各境界における物理的な流れと実際の貿易フローはかなり異なる場合がある(図 94 参照)。これは、広大な入札ゾーン(注:ドイツやフランス)を持つ高度にメッシュ化されたネットワーク(注:電力系統)では避けられないことである。
前日市場の取引結果(注:原文は取引スケジュール)は、各国境を結ぶ国際連係およびドイツのすべての国境における電力の輸出入のネットバランスを評価する上で決定的である。図94は、2020年と2021年の取引結果とドイツの国境における物理的フローを示し、以下の表は要約された値を示している。

https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/Downloads/EN/Areas/ElectricityGas/CollectionCompanySpecificData/Monitoring/MonitoringReport2022.pdf?__blob=publicationFile&v=2

ここで取引結果と物理フローの2つが出てくるのですが、連邦ネット庁があえて「計画スケジュールは、各国境を結ぶ国際連係およびドイツのすべての国境における電力の輸出入のネットバランスを評価する上で決定的である(The realised exchange schedules are decisive in assessing the net balance of electricity imports and exports at each external border and at all of Germany's borders as a whole.)」と書いているのは、物理フローで輸入超過だと批判する声に対しての回答ではないでしょうか。

ネット上ではスペースに制限がないので両方書いたほうがよかったのでしょうが、これが紙媒体でスペースに制限があった場合は取引結果だけを採用したとしても連邦ネット庁の意向を無視したものにはならないだろうとは思います。

連邦ネット庁は、この図の次の章「計画外フロー(Unscheduled flows)」で取引結果と物理フローが大きく異なる理由について説明しています。

計画外フローは、物理的な負荷フローが売電量(注:貿易フロー)と異なる場合に発生する。計画外フローには2つの形態がある。第一の形態(トランジットと呼ばれる)は、ある入札ゾーンから別の入札ゾーンへ、商取引に関与していない入札ゾーンを通過して電気が輸送される場合である。2つ目は、ある入札区域の電気が、商取引に関与していない入札区域を通過して、元の区域に戻る場合(ループフローと呼ばれる)である。現在のところ、この2つのタイプのフローの影響を明確に分けるものはない。ヨーロッパにおけるエネルギーの大規模生産者として、またヨーロッパの中心に位置する大規模な領土国家としての地理的位置から、ドイツは近隣諸国との間で予定外のトランジットおよびループフローを誘発し吸収している。電力の内部市場に関する2019年6月5日の規則(EU)2019/943第16条(8)では、送電容量の70%を電力の国際取引に利用できるようにしなければならず、30%は内部およびループフローと信頼性マージンに使用できると規定されている。

またトランジットの例としては、ドイツ-オランダ間のケース、フランス-スイス間などを例として取り上げています。

この図は青色が(物理>取引)、オレンジが(取引>物理)を示しています。つまり、青色は売ったよりも多くの電気が実際には流れており、オレンジは売ったよりも実際に流れた量が少ないことを示しています。

これを見る限り、
1.ドイツからはポーランドとチェコを経由して総じてループフローが発生している年がある
2.ドイツからはオランダ、ベルギー、フランスを経由するループフローが発生している
3.北ドイツの風力の電気がポーランドとチェコを経由してオーストリアへ流れている
4.フランスからはドイツを経由してスイス、さらにはイタリアへ流れている
5.フランスからは量は少ないがドイツからさらにオーストリア、スロベニアを経由してイタリアへ流れている
可能性が高いと示唆されます。

つまり、計画外潮流が発生する理由は主に送電網のキャパシティ制約、隣接国との電力取引の結果であるとまとめています。
フランスは主に原発という安定電源を持ち、天候条件で出力が変動しないため、本来ならフランス-スイス間、フランス-イタリア間で取引結果と物理フローは乖離しないはずですが、ドイツを経由する電力が多いために計画外潮流となってドイツに流れ込んでいることは確実といえます。ドイツ-フランス間の輸出入を見る際にこれを無視することはできません。

もちろん、再エネの変動による計画外潮流が発生していないとは言いませんが、それが主要因であると言える十分な根拠を示すデータは少なくとも連邦ネット庁は公開していないし、それで問題ないと考えていると思います。私もこのスタンスに特に異論はありません。

もちろんドイツ国内でも国際電力系統上でも、前日取引終了後に取引結果に合わせたリディスパッチは行われており、そのすべてが取引結果に反映されているわけではないのはそのとおりです。しかし、フランスからドイツへの物理フローはリディスパッチよりも、フランスースイス間の系統の混雑によるループフローの方が電力フローの量としては大きい。少なくとも連邦ネット庁はそう理解していると考えて間違いないでしょう。

少しだけリディスパッチについても連邦ネット庁の報告書から示しておきます。ドイツ国内のリディスパッチのうち、国内と国外に分けた表は以下のとおりです(単位はGWh)。

これは上げも下げも入っています。ドイツは傾向として、上げと下げがだいたい同じくらいの量になるので、それぞれ半分ずつくらいだと思っていただければよいです。
2020年は国外の電源によるリディスパッチは、上げ下げそれぞれ4.5TWhくらいでした。これはドイツと国際連係を共有するすべての国を合わせたデータです。
また、2020年と比較して2021年が急増していますが、その理由は2021年後半特に第4四半期にライン川の推移が低下して石炭が運べなくなったことで南ドイツの石炭火力が十分に対応できなかったことが原因であり、主にスイス、ときにイタリアの発電所のリディスパッチで対応したと示されています(フランスとの国境を管理するTransnetBW管内の系統混雑時間は全体としては相対的に少ない点も指摘しておきます)。また、2021年7月の洪水で変電所が被害を受け、その復旧のために11月と12月に南西部の系統で系統制約が出たとされています。
つまり、この2年の違いの原因は気候変動であり、再エネではありません。このようにリディスパッチ自体も再エネだけが原因で起こるものではありません。
またこの時フランスの原発は稼働できない問題に見舞われており、頼ることはできませんでした。そのため、この二ヶ月間は取引高でも物理フローでもフランスへの輸出超過となっています。南西ドイツの国内需要とフランスへの輸出向けの電力、フランスがスイスとイタリアへ売ったが運べない電力をスイスとイタリアの発電設備がリディスパッチを受けて(ドイツの発電所とともに)補ったことが計画外フローをかなり説明していると言えるのではないでしょうか。このように計画外フローのうちリディスパッチも様々な理由で起こるし、なんでもかんでも変動再エネを(現実以上に大きく)考慮しろとというのは正直賛同できません。

私は東欧をループフローするドイツの電力は課題として残っているとは思います。しかしループフローの件ではドイツだけを取り上げ、フランスからのループフローは無視、または、フランスはドイツの調整弁として動いているようなデータを過去の1時間値から1例だけ取り出し(念のため、1例の出典元の分析は2015年のものですが興味深いものでした)、ドイツをことさら批判するのは、チェリーピッキング批判のためのチェリーピッキングと言えるんじゃないかと思います。

いずれにしても、私には取引結果が「電力の輸出入のネットバランスを評価する上で決定的」という連邦ネット庁の表現に違和感はないですし、物理フローをあえて取り上げてドイツはフランスからの輸入超過だと言うことも、その理由が再エネの変動に対応できる⊿がドイツ国内に少ないからだと言うことも、多少の違和感を覚えます。少なくとも現時点では、こうした主張を支持する十分なデータがあるのかはわかりません。

とはいうものの、最初述べたように人によって主語が異なることが多いので、私が主語を読み違えている可能性はあります(例えばドイツではなく、「欧州レベルで見た場合の最終的な安定供給がどう実現されているかは取引結果だけでなく物理フローを見ないと結論付けられない」というなら賛同します)。

要は、取引結果だけを見て納得してはいけないというのは理解しつつも、輸出入のネットバランスを見る際に物理フローの方を採用すべき、または必ず併記し、ドイツはフランスから輸入超過とも言えることを示すべき、というのはそれは紙面の制限がなければやればいいと思いますし、もし物理フローを採用するのであれば各要因の説明力は要注意だとは言えるのでしょう。

結論:大林さんも追記するなら同じ報告書の計画外フローの項を取り上げたほうが良かったんじゃないかなと思いました。
それでも批判する人はいるでしょうけど。

ありがとうございます!