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ドイツの停電について

タイトル写真は著者撮影。褐炭発電所の上から見た風車と系統

【ドイツの再エネと停電に関して興味のある方向けです。2018年12月5日時点の情報です】

まとめ

・ドイツの系統は欧州でも最も安定している系統の1つである
・この数字については欧州比較についてはごまかしがない
・ドイツも日本も瞬間停電についてはデータがない
・ドイツは再エネによって電力消費に制限がかかっており、経済の足をひっぱているというのはデータからは言えない

ドイツの停電が経済の足を引っ張っているのか

今は削除されていますが、「ドイツは電力の抑制をしているのに停電多発で、結果的に経済成長の足を引っ張っている」というツイートがありました。またドイツは再エネが成長しても停電が少ないと言われているが、「3分以上の停電は多すぎて記録に残らない」というごまかしがある、という主張がありました。

この主張について、少し細かく見ていきます。

ドイツは再エネのせいで電力の使用を抑制している?

ドイツが電力の使用を抑制しているというのは、再エネの電力を出力抑制していると言いたいのだと思います。これは電力が余ってしまうので、同時同量の原則を満たすために風力などの発電所からの電力をカットする方法です。

経済に影響が出るほど電力の使用を抑制しないといけないのは、需要に対して国内の電力供給が不足する時ですが、そういう時は再エネも含めて電力は当然抑制しません。また、ドイツはピークロード90GW弱に対して発電容量が220GWくらいあり、圧倒的な容量過剰の上に火力と原子力だけでピーク需要を超えているので現時点で電力供給不足の心配はまずありません。

それでも需要家が電力使用の抑制をするときはあります。局所的な系統対応をするために行うもので日本ではネガワット取引と呼ばれます。また大口需要家は卸値の動きに合わせて電力消費を変えたいという意向もあります。これは需要家側調整(DR)としてビジネスとして行われています。別に途上国でなくてもやっています。

話を戻しますが、再エネの出力抑制と呼ぶか、電力余剰による系統安定化策と呼ぶかはお国柄が反映されるようですが、これもドイツの視点から見ると正確ではありません。最近では火力や原子力の従来電源の柔軟性の不足も要因と報道するメディアも増えています。また系統運営者に聞けば、「再エネ過剰」は今の系統運営思想としては正しくないと言われることがほとんどだと思います。

電力価格の高騰が経済成長の足を引っ張っている?

電力価格の高騰が経済成長の足を引っ張っているかは判断が難しい問題です。まず、再エネを入れなければ電力価格は低いままだった、という主張が正しいか判断するのが難しい。

さらにシナリオとして、再エネを入れなければ価格は低い水準でとどまっており、ドイツの経済は(今よりも)よかったはずだ、を検証するのは簡単ではありません。

そもそもドイツの経済は好調です。ドイツの経済が好調ということは、電気代はさほど影響をしていないということではないかと思います(なので電気代の高騰で企業がドイツ国外に移転したという優位な統計データはないわけです)。

しかし、分析には電気代がどの程度の水準であれば何%今よりも(例えば)GDPが上振れしていたというシナリオ分析が必要です。電気代が安いと言われるフランスも実際電気代がドイツよりはるかに安いわけではなく、フランスの経済が絶好調かと言われれば。。。ここらでとどめておきます。

「3分以上の停電は多すぎて記録に残らない」が正しいか?

これについてはドイツ在住者から「停電を経験した記憶がない」という反論が相次いでいますが、少し補足しておきます。

まず、3分で区切っているのはドイツのごまかしではなく、それがヨーロッパの基準だからです。ヨーロッパでは系統の安定供給の基準「EN50610」というのがあります。この基準の詳細を説明すると長くなるのでざっくり言えば、「これを満たしていれば安定供給と見なしていいという基準」があり、それを守れなかった場合は「(一般的に)深刻な停電」と見なしましょう、というものです。この判断基準の1つに停電時間が3分以内というものがあり、ヨーロッパではこの基準に従って比較できるように統計データが収集されています

つまりドイツが3分を恣意的に設定しているわけではないのでヨーロッパについて比較する分には数字は信頼できます。

これには例えばSAIDIがあります。電力需要家1人あたり年間何分停電を経験するかという数値です。これを見るとドイツの停電時間はヨーロッパではかなり良い水準(停電が少ない)です。原発を中心にしているフランスよりも成績は良いと言えます。ドイツの事故停電は2014年が最も低い12.28分で2017年は15.14分でした(連邦ネットワーク規制庁)。

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出典:OCCTO「電気の質に関する報告書」2016年

統計的には年間52万5600分に15分の停電で、これはヨーロッパではトップクラスで、フランスよりも短くなっています。この数値についてはヨーロッパの比較は有効です。むしろアメリカは5分以上の停電を集計しており、ドイツよりも基準はゆるいと言えます。

知らない方のツイートを引用して申し訳ありませんが、この資料の数字も見てみましょう。

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この数字については、海電調の一次資料は(有料だったので)あたっていませんが、先程も言ったとおりヨーロッパの一次資料の情報収集方法は統一されており、フランス、ドイツ、英国、(米国)の比較についてはこの数字はほぼ正確と言えると思います。「ドイツが異様に低い」のは、ドイツが系統をしっかり管理してるからです。

一方で、1人の需要家が年に何回停電を経験するかという指標もあります。SAIFIと言います。

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出典:CEER「CEER Benchmarking Report 6.1 on the Continuity of Electricity and Gas Supply」2016

これも3分以上の停電をカウントしていますが、これを見るとドイツはだいた0.5、なので普通であれば2年に1回停電を経験します。ただし、夜寝ていたり、昼仕事に行っている間に起こる停電は気づかないでしょうし、停電が起こっていることに気づかないケースは多いと思われます。

SAIFIのデータはドイツについては中低圧での停電のみをカウントしており、フランスは事故停電については高圧のみで中低圧の停電の値は含んでいません。なので、こちらは正確な比較にはなりません。これは憶測ですが、配電網の距離を考慮すれば高圧よりも中低圧のほうがずっと長いので、中低圧での停電を含めればフランスの数値は上る可能性があります。

ちなみにOCCTOの報告書ではフランスの数字は1近くと高くなっており、ドイツよりも停電が発生し、1年に1回は経験する計算になります。繰り返しますが、ヨーロッパの国同士の比較は信用できるものだと思います。

確実に言えるのは3分以上の停電はドイツで2年に1回、フランスは5年に1回(ただしOCCTOのデータでは1年に1回)以上とドイツのほうが経験しますが、1回の停電はドイツが15分、フランスが1時間程度とドイツのほうが短くなります。

日本は停電の集計方法が異なり、私ではどのように比較すべきかはわかりませんが、OCCTOによれば日本はSAIDIはドイツよりも少し短い、SAIFIは0.1近辺、つまり10年に1回程度の停電と素晴らしい運用を行っています。

3分以内の停電は多すぎるのか?

さて、3分以内の停電が多すぎるのか。これについては残念ながらデータを集計していないので正確な数字はないようです。州ごとの数字も例えばNRW州は集計していないと公表しています。だからこそ瞬間停電を集計していないドイツはごまかしているという話が出てきます。

まずドイツでも日本でも停電が起こっていないという理解は間違いです。日本では停電のうち自動再閉路による回復を除けば停電は10分以内のものも含めて11,163回起きています(2015年)。日本は自動で再閉路して停電から回復したものはカウントされないので、自動再閉路された短時間の停電は報告されません。

専門家に尋ねたところ、日本の統計は「電気関係報告規則」第3条で供給支障(停電)が10分以上のものについては報告義務があり、また低圧配電線路の供給支障事故は報告対象ではありません。

よって、日本は瞬間停電も集計している、そして日本では瞬間停電が起きてない、のいずれも正確ではありません10分以下のものは報告義務がないのです。瞬間電圧低下対策装置が日本で売られている点を考えると、ある程度起きていると考えたほうが自然でしょう。

ドイツは3分以上の停電は172,504回起きています。この数字は電圧レベルや対応策を問わずすべての3分以上の停電が対象です(2016年、連邦ネットワーク規制庁)。3分以内は統計としては出てきませんが、配電運営会社(DSO)によっては一部自主的に公開しているところもあります。

オーストリアはDSOには対応が必要となった停電については中高圧レベルで1秒以上の事象をすべて報告するよう義務付けられているようです(END-VO第14条)。

つまり、停電は起きるものなのです。そして日本もドイツも集計方法に違いはあれど、数字はすべての停電を含んでいるわけではありません。法制度の字面だけ見ればデータに含まれない停電は日本の方が多い可能性もあります。(OCCTOの報告書では統計はデータが0かデータなしは空欄となっており、0、つまり停電なしなのかデータがないのか判断できなくなっています。 経済産業省商務情報政策局産業保安グループ電力安全課 の電気保安統計では低圧のデータは「なし」となっています。)

もちろんデータなしの部分は比較はできません。ただし、日本は瞬間停電まで含めてとても少なく、ドイツは3分以下の停電がたくさん起こっているという主張には、議論の余地があります(個人的には日本のカウントされない停電も相当程度あるのではないかと思います)。ドイツの統計は詐欺まがいとおっしゃる方もいますが、少なくとも停電の回数を数える制度については日本とドイツに大きな差があるとは言えません。

ここまで調べて思うことは、日本の系統はすごいのは間違いないですが、ドイツに比べて圧倒的にすごい(ドイツはごまかしている!)はミスリーディングだろう、ということです。

再エネと短時間の停電にどう対応するか?

とはいうものの、多くの指摘にあるように短時間の停電でも深刻な影響が出るケースもあります。ですので、短時間停電なら何回起きても大丈夫というわけでもありません。(繰り返しますが日本でも瞬時電圧低下は起こっており、カウントされていないだけです。)

ということで、3分以内の停電についてドイツではどのように捉えられているかをみてみます。

まず、瞬間停電の被害を受けている企業は実際に存在します(もちろん日本にもあるはずです)。その上で、日本で「ドイツの瞬間停電が問題だ」と言われるようになったのは下記の記事が出発点ではないかと思います。

2012年6月5日の記事ですが、一部を引用します。

過去3年間で電力の供給支障件数が30%増加しており、年間の停電に対する1秒以下の瞬時電圧低下等の割合は2009年の調査時の59%に比べて、2011年では72%に増加した。また、将来は電力品質がさらに低下するのではと懸念を示しているVIKメンバー企業の割合は前回調査時には19%であったが、今回は40%に増えている。さらに、2011年1、2月に比べて、原子力発電所が8基閉鎖された3月以降の月間瞬時電圧低下件数はそれ以前の5倍になっているという。VIKは、監督官庁である連邦系統規制庁が毎年公表する需要家1軒当たりの停電時間には3分以下の停電は含まれないことに対し、電圧変動に非常に敏感な技術システムを持つ多くの企業にとって、電力品質の低下は重大な問題であると対応を促している。VIKは45社の電力多消費産業(化学製品、製紙、セメント産業等)も加入しており、ドイツの産業用電力需要の約80%を使用している。

残念ながらVIKのオリジナルの報告書は見つかりませんでした。

しかし、この報告はドイツでも当時話題になったようでいくつかの引用記事が見つかりました。そのうちの1つ、FfEの報告を見てみると、報告書では、VIKの調査は製紙、化学、セメント、食品加工の4業種45社62拠点(工場)について尋ねた調査であると説明されています。

回答者のうち、78%が供給の品質に満足していると回答しています。ただし、40%は今後5年間で品質が低下するだろうと回答しています。

引き続きFfEの報告書で停電について見てみると、発生した停電、電圧低下のうち72%が瞬間停電でした。これは閾値の5%を超える電圧の逸脱が1秒以下のものを指しています。ただし事故による瞬停の中には閾値を85%逸脱したケースもありました。またEN50610は電圧の逸脱10%まではOKとしているので、報告された瞬間停電は部分的には本来は問題なしとされているものでした。

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出典:https://www.ffe.de/download/article/454/Tagungsband_FfE-Fachtagung_2013.pdf?fbclid=IwAR3m9b381GnI7wQa2GpzsvZLCta4fjHPL7pQ-vAN5J5nCQHRu9MvH70M3h4

これによると、停電全体の72%が1秒以下の停電です。1秒以上3分以内の停電が3%、3分以上が7%です。機器の点検等の計画供給制限が16%、事故による供給制限が2%となっています。

これだけ見ると、瞬間停電が非常に多く、3分以下の停電を数えないドイツの統計は嘘をついているということになります。そこで、専門家に「(日本で)1秒以内の停電のうち、どれくらいが自動最閉路による復旧と考えられるか」と質問しました。

答えは「すべて」です。

逆に言うと、1秒以下の停電は自動最閉路で復旧したからこそ短時間ですんだと言えるようです。ドイツも日本と同じと考えられると思います。

さて、思い出して下さい。日本では自動最閉路によって復旧した瞬間停電は停電とカウントしないと書きました。つまり、日本の基準を採用すれば、この72%はすべて日本でも停電にカウントされません。よって、ドイツの停電が日本よりひどいと断言はできないのです。

「ドイツが3分以内の停電をカウントせずにごまかしているが、実は停電が頻発している」というのは不正確です。まして、「日本すごい、ドイツは嘘つき」というのは、根拠不十分と見て良いでしょう。

この報告は2012年のものでしたが、その後の経緯をいくつかの文書から見てみます。

2015年BW州政府の答弁書(Drucksache 15/6407)

Q 瞬間停電の回数は増加していると言えるか?
A シュトゥットガルト地域で瞬間停電、電圧低下が増加しているという兆候(Hinweise)はない。(DSO)のNetzeBWは逆に過去5年で傾向は低下していると内部調査で答えている。
Q その他の地域ではどうか。
A BW州全体で瞬間停電は発生している。しかし、シュトゥットガルト以外の地域でも増加している兆候はなく、減少傾向が確認されている。2012年は例外だった。
Q 瞬間停電はどのような意味を持つか。
A 連邦ネットワーク規制庁の規制以外に、系統運営者の80%が自主的に参加しているフォーラム系統運営・技術(FNN)では、1秒以上の停電のデータを集計している。
FNNよると、1秒以下の電圧逸脱(停電)でも重大な結果になりことがある。そのため、こうした場合はより集中的な問題の所在の確認を行っている。

FNNの見解(2016年)

FNN支障・供給能力統計では瞬間的な電圧逸脱につながるような事象の増加は確認できない。

バイエルン州ドイツ商工会議所「エネルギー転換と電力市場 供給の質

調査に回答した企業の何社かは瞬間停電について訴えた。問題として回数の増加を挙げた。ただし、これらの企業が専門のコンサルテーションを受けた結果は、支障の増加の多くはセンシティブな制御電子機器や設備の数の増加によるものであった。電力の再エネの割合の増加は支障の理由としては見られないが、将来的に負の影響を与える恐れはある。

つまり、瞬間停電の増加の理由として具体的に挙げられているのは、モニタリング機器の増加であり(!)、再エネは原因ではないと明記されています。

これに対して、私の方では再エネが原因とする瞬間停電が増加しているという根拠となるようなものは見つかりませんでした。見つけた方はぜひ教えて下さい。

まとめると

・2012年までは瞬間停電が増加していると答えた企業がありました。
・その後のコンサルテーションでは、増加の理由は高性能なセンサーの増加であることが明らかになり、再エネが原因ではないとされました。将来的には供給の質が低下する可能性があると言われていますが、2017年までは少なくとも瞬間電圧低下が増加した証拠はありません。
・1秒以下の停電でも影響を受ける企業はあり、これに対する対策は重要です。(ただし、個人的には企業側が瞬間電圧低下対策を取るほうがシステム全体としては安上がりではないかと思います。)
・ドイツは3分以内の停電をカウントしていないが実は困っているという論調でしたが、日本でも同じ事象はカウントされていない(しかし確実に発生している)と考えたほうが自然です。したがって、日本とドイツの比較はできないが、ドイツの不都合な真実とは言えません。
・3分以上の停電、瞬間停電のどちらも再エネが原因で悪化しているとは言えません。

さらに、停電は系統だけが原因で起きるものではありません。住宅、工場側に原因がある停電もありえます。しかし、多くの場合は区別がつかないでしょう。

したがって、停電の原因は全て系統側、再エネにあると考えることは間違いです。

ドイツの経済が再エネによる停電多発で足を引っ張られている。また、3分以内の停電についてはドイツはごまかして少なめに見せかけているというのはデータとしては間違いです。


著者はドイツで10年以上に渡り、エネルギーや環境政策の調査を行い、クライアントに報告書をまとめたり、提案を行ってきました。
本ブログは抽象的ながら必要な背景情報を提供しておりますが、具体事例について興味があったり、ビジネスに関心がある方は下記までお気軽にお問い合わせください。
nishimura(a)umwerlin.de



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