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それならそれでユートピア3(無料のお酒)

サトシが立ち飲み屋に現れたのは8時をちょっと過ぎたあたりで、雄二とナチョスが2杯目のビールをちょうど飲み干した頃だった。

「なんすか?話って」

入店するや否や、2人に近づいてきたサトシは仕事帰りの疲れきった顔でちょっとだるそうに言った。
着ているスーツは1日の労働の成果を表わしているようにも見えるし、前の日から飲み続けていた結果、朝からすでにヨレヨレだったようにも思えるくらいのヨレぷりだった。

「ま、その前に飲みなや」

ナチョスがそう言うとサトシはビールを頼んで2人に追いつこうと空きっ腹のまま半分くらいを飲み干した。

「もう前みたいな話は嫌ですよ。多摩川に幻の魚なんて全然いなかったし。何も釣れない上に蚊に刺されまくるし最悪だったわ」

サトシはちょっとうんざりしながら言った。

「今回は大丈夫やで。かなりアツい信憑性のある話やで。鵜川さんのお墨付きやし」

「鵜川さんって、いつも雀荘に入り浸っているあの酔っ払いのおっさんでしょ?大丈夫かなぁ。というか、いつもいつもナチョスの話はいい加減だもんなぁ」

サトシは残りのお酒を一気に飲み干すと雄二はカウンターに500円を置いてサトシにお酒をすすめた。

「サトシ、なんか飲む?」
「お、んじゃビールをもう一杯もらいますわ」

その店は10人くらいが入れば満員になるキャッシュオンの立ち飲み屋だった。食べ物はなく酒だけが置いてあるバーで1杯500円。いつもお店が盛り上がるのは12時を超えたあたりで、その時間は3人しか客がいなかった。駅前なのにすこし入りづらい店構えで、空調の音の向こうで昔のR&Bがうっすらと流れていた。

サトシも雄二とナチョス同様、この店で知り合った飲み友達だった。

「サトシって嫁と子供がおったよな?」
「いるよ。でも全然口聞いてないけどね」
「そりゃ、女の子を酔わせてイヤらしいことしてたのがバレたら、嫁も子供も話してくれへんやろ」
「そんなことなんてしてないよ」
「ホンマにしてないって言い切れるんかいな」
「ま、言い切れないところも・・・」
「サトシも悪い奴だね」

ナチョスとサトシの会話を聞きながら雄二が思わず間に入った。

新山サトシはナチョスの2つ下で嫁と息子がいた。
缶ジュースのパッケージをデザインする仕事につき以前は真面目に働いていたが、酒癖の悪さから数々の失敗をし、嫁と子供に愛想をつかされていた。

その失敗のストレスを酒で発散しようとしてズブズブと沼に沈むように酒に飲み込まれ、もはや真面目な面影すらなくなった草臥れた人間になっていた。

ナチョスはうっすら笑いながら
「ほな、ここらで一発デカいヤマ当てて、嫁と子供を喜ばせた方がええんちゃう?」
「そんなうまくいかないでしょ」

サトシは怒るでもなく、否定するでもなく残りのビールを飲み干した。

「ま、そんな話は一旦忘れよう。雄二さん、サトシにもっと酒奢ったって」
「お前、自分の金のようにおれの金を・・・まぁいっか。サトシ、とりあえずテキーラでもいっとく?」
「そうだな、飲むかー。てか、雄二さん、いいの?」
「もうなんでもいいよ。飲んじゃって」

雄二に奢られたテキーラをサトシは一気に飲み干した。

「サトシ、ええ感じになってきたな。明日は休みなん?」
「休み休み!ずっと休み!おっしゃー、飲むぞー」

疲労をしているときのお酒は1杯でより疲労感を増す場合と元気が出る場合がある。入店したときはヨレヨレのスーツで疲れきっていたサトシは後者だった。
飲めば飲むほど元気になってテンションが上がっていった。
ナチョスは雄二に金を出させて次から次へとサトシに酒を飲ませた。

サトシは出される酒を次々にグビグビと飲みながら

「こないださ、駅前のガールズバーで・・・」
案の定、サトシはベロベロになり自分の武勇伝を話だした。

ナチョスは話の核心に触れていないもののニヤニヤしてしていた。

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