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誰に対する配慮なのか?

このテキストはマガジン「もっと つまらない話リターンズ」の中に含まれているので、一つ一つ購入せずにマガジンを購入した方が多分安いと思います。
といいつつ、今回は全文見ることができます。
たいしたことも書いてないですが。

横浜市の一部の市立小学校で、東日本大震災から10年となった3月11日の給食の献立として卒業などを祝う赤飯が予定され、学校関係者から不適切との声を受けて直前に差し替えられていたことが判明した。

この報道が出た時に「そりゃそうだろ」みたいなコメントも見かけたのだけれども、私は「そうかな?」って感じだった。
で、続報っていうか。

だが市の対応については保護者からは「給食の一品にまで自粛が必要なのか」との意見があり、被災者からも「本意ではない」といった疑問の声も上がっている。

乙武洋匡氏のツイートが紹介されているのだが

コロナで遠足も修学旅行も出来てないだろうに、卒業祝いの給食すら叩かれる学校。単純に可哀想。365日、振り返れば「何か」起きてるよ、絶対

私が最初の報道があった時に思ったのは
 10年目の節目だから「不謹慎」?
 何年経過したら「不謹慎」ではない?
 被害者が何人以上だと「不謹慎」?

みたいな。
もっと大勢被害者が出ていても、何百年も前の出来事だったりすると、当然誰も気にしていないし、被害者がもっと少ない災害・事件・事故ってのは年中起こっているワケで。

「不謹慎だ!」って言いだした人は「被災している人が不快に思うでしょ?」ってことなのかなと思うのだ。
違うかも知れないけど。
勝手に「相手の気持ち」みたいなものを(もちろん当事者に一切確認もせず)考えているということなんだろうけど、実際、日常生活ではそういうのってすごく必要とされることで、それがうまくできない私みたいなカタワは叩かれがちなワケで。
相手の気持ちを勝手に考えるのは習慣っていうか多分健常者の「習性」みたいなものでやっちゃってるんだろうなと思う。
それがうまく相手の気持ちと合っていれば問題がないけど、今回のように食い違いが出ることもよくあるワケで。

それで思い出すのが「障害者」っていう表現を「差別だ!」「『害』の字を使うな!」とか言い出す人のこと。
もしかすると私が知らないだけで、障害を持っている人の中にもそう思っている人がいるのかも知れない。
でも、今まで一度も障害者自身が「『害』の字を使うな!」って言っているのを見聞きしたことがない。
つまり、障害者自身が実際にどう思っているかは訊かずに勝手に「障害者は『害』なんていう字を使われたら差別されているように感じるだろう」って決めつけてやがるってことかなと思うんだ。

「え~?でもぉ~別に『障害者』でも『障碍者』でも『障がい者』でも書き方が変わったところで誰も困らないでしょ?」ってお思いですか?
実はすげぇ迷惑なんですよ。
さすがにネット検索なんかはそのあたりの「表記の揺れ」にも対応して「障害者」って入力すれば「障碍者」も「障がい者」も含めた検索結果を表示してくれるけれども、何かのデータをエクセルなんかに落として検索をかけたりなんてことをすると「障害者」って入力しても「障がい者」は出てきません。
結果、無駄に複数の文字列で検索をかける手間が発生する。

あくまで私個人の意見ではあるが、別に「障害者」だろうが「カタワ」だろうがなんでもいい。
統一してくれ。
絶対に「表記の揺れ」は発生させないでくれ。

五体満足な皆さんは「そんなに困ること?」ってピンとこないかもしれないけれども、少なくとも私は障害者手帳のこととか、障害者に対して行政で何か手続きが必要な時なんかに検索をかけて調べたりするし、それ以外にも障害者向けのサービスのこととか、日常的に「障害者」だの「障害」だのを含めた検索はよくやるのだ。

「え~?だってぇ~『障害者』って書くのは障害者差別になるからぁ~」とか抜かしてるとコロ(以下自粛
表現を変更したくらいで差別がなくなるなら苦労しない。
そんなくだらないことで差別なんか絶対になくならない。

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