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恋の腑分け

理屈じゃないのよ、と、奥田民生も歌っていた。
周りがなんだか色恋づいている。
街コンで出会った人と同棲を始めた子もいるし、マッチングアプリで知り合った男性とデートした人もいた。
かくいう私も知人から好意を寄せられている。
その人は人当たりの良い家持ち(ローン完済済み)で、話の合う悪くない人だ。
しかし私はその人がその場その場で話のつじつまが合わないことと、あからさまな性欲を私に向けてくるところがいやだ。
まだそんなに親しくないのに向けられる性欲は不快だし、この人とずっと一緒にいたら影響を受けていいかげんで場当たり的にに人と接する自分になる未来が予測できていやだ。
でも、ヨソジの私に残された恋愛はこの人か街コンかマッチングアプリくらいしかないのかしら、と、暗い気持ちになる。

そんな暗闇をぺかっ、ぺかっと灯台が照らすように時々浮かび上がる人がいる。
私の学生時代、塾でお世話になった先生だ。
その先生を一言であらわすなら、「まじめなチンピラ」であった。
塾の講師としての腕は良かった、分かりやすい授業をする人だったのである。
でも、仕事が終わった後に雀荘に向かい、講師以上の額を荒稼ぎしていると授業のまくらで話す。
酒臭かった時も多々あり、薄紫のスーツはいつもよれよれであった。
当時中学生だった私はこの「珍しい大人」を大好きだった。
だから先生が少し暗い表情をしていたあの日、私だけがそれに気づいた。
「先生、何かあったの?」
「きのう彼女と別れたんだよ」
問題集を握りしめて私はびっくりした。
(先生という生き物も彼女と別れることがあるんだな)
というか、その時まで私は先生という生き物は恋などしないと思っていた。
時が流れ、大人と言われる年齢になって私は初めて気づく。
「あれは私の初めての失恋だったのだ」
と。

さらに時が流れて、私は仕事に迷っていた。
恋もしたかった。
だからごく自然に先生を頼った。
十何年ぶりかにあった先生は髪はボサボサ、顔は土気色、一言でいうとやつれていた。
「術後すぐなんだよ。やっと仕事に復帰したばっかりだ」
言葉は昔のままだった。
「親の介護もあるし、仕事もまだ落ち着かない。この体が原因で、彼女とも別れたばっかりだ」
話すたびに彼女と別れている人だな、と思った。
帰り道、車のハンドルを握りながら私はふられたんだな、と思った。
だから連絡先は捨ててしまった。

数年がまた経って、どうでもいい男たちがあらわれては消えた。
先生は灯台に照らされるように心の中にぺかっ、ぺかっとあらわれる。
これはもう一度、今度は何がなんでもはっきり告白して、決着をつけねば恋心が成仏できない。
連絡先を知っている先生の元同僚の方に仲介を頼むことにした。
気持ちを整理できずに勢いで電話をかけた私は
「絵手紙を出したいので」
というナゾの理由で取次を頼んだ。
少し冷静になって気づいた。
これでは返事は来ないだろう。
私は根本的にアプローチを変えることにした。
こういう時、良き相談相手は本である。
「話すチカラを作る本」山田ズーニーを開いた。
この本は恋愛相談の本ではないが、信用を失った人間が回復するための方法が理論的に分かりやすく、一問一答方式も交えて書いてある。
それを自分に当てはめて解読していった。
   ・自分のメディア力は今どのくらい?→突然の連絡は怪しい
   ・どうせ恋愛するなら今後の人生で一番若い今先生と付き合いたい
   ・街コンよりマッチングアプリより人柄の知れている先生の方がいい
   ・一度ご飯でも食べに行って自分のことを話したうえで告白したい
   ・どうせ恋愛というエネルギーを使うことは先生としたい
そして、先生に会う前にやっておかねばならないこともはっきりした。
   ・自分の内面と外見を整える
   ・経済面では問題がないと伝える
内面を整えることは、今これを文章に書き起こしているところである。
人間急には成長しないが、未整理のまま先生と会って訳の分からない時間を過ごすより目的であるアプローチ&告白をした方がずっと私の気持ちが成仏する。
宇多田ヒカルも歌ったではないか、次の誕生日までに恥をかいてもかまわないって。
外見は手持ちの服の中から一番好感度が高そうな服を着ていくことにした。
問題はメイクである。
コロナのマスク生活で気のゆるんだ私は全く化粧をしなくなっていた。
久しぶりに丁寧にスキンケアをし、メイク道具はそのまま活かしてメイクアップ方法の本を図書館から借りて習慣づける。
習慣になったらもうちょっといい化粧品を購入して本番に備えよう。
白髪が目立っていた髪は染めた。
印象を和らげるためにちょっとだけ明るめの茶色にする。
そして、なるべく運動して、急にやせるのはムリだろうけれど、まあ、気分を整える効果もあるし。

ズーニーさんはさらに問う。
  ・私は先生に何ができるか→自信はないけれど、一緒にいること
  ・以前の私の敗因は?→仕事と恋愛を同時に相談したこと
  ・前に告白できなかった理由は?→先生があまりに落ち込んで余裕がなかったから
  ・先生の今の状況は?→分かりません
  ・先生と私はどう関われるのか?→恋愛関係になれたら嬉しい
  ・その行動には社会的にはどんな意味を持つか?→元教え子が迫っていると元職場に知れた
  ・相手から見た時の私の距離感、関係性を基準にする→めんどくさい元教え子
その上でズーニーさんは言う。
 相手が必要なものを、必要としている時「あの、よろしかったら、これ、お使いください」と差し出す。
 相手との適正な人間距離を保ち、礼儀正しく時間と手間をかけて自分のことを知ってもらい、相手のことも立てていけば、やがては本物のよい絆が結べるだろう。
ここまで書いて読んで、ハッキリ分かったことがある。
私は今の先生を知らない。
知ってから決めた方がいい。
そのためには一度ご飯でも食べに行った方がいい。
先生は忙しいし、今はコロナだけど、都合を合わせてとにかく一度誘うしかない。
「絵手紙」
とか抜かした自分を呪った。
恥ずかしいとか言ってる場合じゃなかった。
ヨソジなのだ私は。
この火を越えなくては。
と、いう訳で今週の金曜日に仲介してくれている先生にもう一度お願いの電話を入れる。
  ・先生に今おつきあいしている人はいるのか
  ・いないならば一度でいいからご飯に行きたい
と、伝えてもらうつもりでいる。
私が他に考えたりしたりできることはあるかな?
気まぐれにこの文を最後まで読んでくれたあなた、ありがとうございました。
できればご意見ください。

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