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最高な人生にしようぜ

お久しぶりです(またははじめまして!)
Noteを見に来てくださりありがとうございます。
海太郎(うみたろう)です。

私ごとですが、
本日をもって2年に渡る休学生活に
終わりを告げることにしました。

まずは改めて感謝をお伝えしたいです。

何かを "はじめる" と決断するときと同じように
何かを "終える" 決断もまた
大きな勇気が伴うものだと私は思います。

休学生活のどんな場面を思い返しても
今日こうして終わりを迎えるまで
走り続けることができたのは、
心優しい方々による温かな支えあってこそだと
強く感じています。

本当にありがとうございました。

休学生活の最後に

さて、先日(3/23~24)の話にはなりますが
休学生活の集大成として
"Holiday Camp" という
1泊2日のキャンプイベントを実施しました。

Holiday Campのコンセプトは
「心やすまり、前へと進む1泊2日」

それぞれの人がそれぞれの節目を迎える
3月末のタイミングで、
新年度に向けた自分なりの一歩を踏み出せる
(あるいは自分なりの一歩を確かめられる)
そんなイベントにしたいと思いました。

非日常な時間を過ごす中で
日常の中にある "その人にとって大切なモノ"を
客観的に見つめ直せるような
機会を提供したい。

もっというと、
"1週間の終わり"としての休日ではなくて
"新しい1週間のはじまり"として
平日にも彩りをもたらすことのできるような
そんな前向きな時間を
Holiday Campを通して届けたい。

そんな想いを込めて
世界観づくりからコンテンツ作成、
細部の導線に至るところまで
3ヶ月間試行錯誤してきました。

Holiday Campを終えて

結論からお伝えすると、
Holiday Campは
私にとって過去最高と胸を張れるような
イベントになりました。

反省点を挙げればキリがないのですが、
"人の心を動かし、何かしらの解釈を生み出す"
という点では、
私たちが届けたかった問いやメッセージを
Holiday Campを通じて
受け取ってもらえたのではないかと思っています。

特に、イベントの締めくくりで
"今の気持ちを場に出す"という場面では
20人を超える人が涙ながらに
"自分の本音に近い部分" を言葉にしてくれました。

勇気を出して
ダンスで表現してくれた人もいました。

私たちの届ける1拍2日が
「楽しい!」や「面白い!」といった
ポジティブな感情だけでなく、
時には涙を伴うような疑問を参加者に投げかけ
幅と深さのある様々な感情をもたらし、
それでも最終的には
"自分と向き合い、前へ進もうとする姿勢"を
参加者主体でつくり出せたと
実感できるような瞬間でした。

どんな時間も、どんな人も
欠かすことができなかったと思います。

運営メンバーの4人だけではなく参加者も含めて、
あの場所にいた全員が
"誰かの背中を押してくれる存在"であったと
確信しています。

本当にありがとうございました。

色々考えたけど、結局よくわかんない

さて、Holiday Campには裏テーマがありました。
「お前の本音って何なんだい?」です。

実は運営メンバー全員で
参加者が "本音と向き合えるような仕掛け" を
当日一発目のコンテンツから、
もっと言うと
当日よりも前の
"ホリ友ノート" や "みんプラ" の時から
たくさん用意してきました。

※ ホリ友ノート :
顔合わせするのが楽しみになるような自己紹介ノート。

※ みんプラ : みんなでプランニングの略。
5つの班に分かれて、当日のご飯をグループで考える企画(zoom開催)。
ex ) 朝ご飯チーム、お菓子班などなど
当日は実際に分かれたグループで、26人分のご飯をつくる。

しかし、
"本音と向き合えるような仕掛け"を
考えている中で
不思議な発見がありました。

参加者に向けて投げかけていた問いや疑問は
私自身への問いでもあったということです。

「自分の本音ってどこにあるの?」
「自分ってこれからどうしたいんだ?」
「それってただの綺麗事じゃないか?」
「主語が自分じゃなくて社会になってないか?」

自分への問いとして
全部自分に返ってきました。

そもそも、
本音が理解できると思っていたこと自体、
かなり傲慢だったかもしれません。

万が一理解することができたとしても
ありのままの鮮度で言葉にできるほど
私は優れた言語化能力を持っていません。

「色々考えたけど、結局よくわかんない」
これが今の私の答えでした。

Holiday Campが始まる前も、Holiday Camp中も
Holiday Campが終わってからも
ずっと "自分の本音" について考えていましたが
正直分かりませんでした。

だって、どんな自分も全部本音な気がして。

感情に整理が追いついていない。
あるいは、
感情を整理できるほどの材料が
今の自分にはないんだろうなと思っています。

ただ一方で、
"自分の本音"と向き合う過程の中で
一つの手がかりにも気づきました。

これまでの人生の中から生まれてきた
様々な解釈の中で
"変わらない"ものに目を向けてみたとき
そこには少なくとも本音に近いものが
あるのかもしれないということです。

それでいうと
私の本音はかなりシンプルかもしれません。

"最高な人生にしたい、最高な人生にしてほしい"


友達に送っていたことば

話は変わってしまいますが
先日友人に、今抱えている悩みを相談しました。

「本音がわからずにずっと悩んでいる」
「これから就活をするんだけど、どんな企業にすればいいかよくわからん」と。

すると、相談に乗ってくれた彼は
"彼が進路で悩んでいた時期"に
"私が彼に送ったメッセージ" の話をしてくれました。

当時の彼は、3つの内定先で悩んでいました。

ものすごくロジカルでいつでも冷静な彼が
珍しく感情に振り回されているような状況でした。
(それだけ自分の人生と真剣に向き合ってた)

そんな彼に対して、当時の私は
とてもシンプルなメッセージを送っていました。

「最高な人生にしようぜ!」

悩んでいる友人に対して
心からぽっと出た自然な言葉でした。

誰かに伝えた想いやメッセージが
今度は自分に返ってきます。

最高な人生にしたい。
そして、あなたにも最高な人生にしてほしい。

約束とこれから

3月30日 渋谷駅。
神奈川に住んでる彼は最終電車が来るギリギリまで
私の相談に乗ってくれました。

「最高な人生にしたい、最高な人生にしてほしい」
これを本音というのかどうかは分かりませんが、
彼のおかげでシンプルな結論に辿り着けた時、
私の口からまたポロッと本音に近い何かが出てきました。

「またいつか一緒に場づくりしよう!」
熱い握手をぎゅっと交わして、
私と彼はそれぞれのホームに向かいました。

実は、Holiday Campが終わった後、
振り返りをすると
本当に全部が終わってしまう気がして
うまく振り返りができていませんでした。

実はこのNoteに関しても
何度も書いては何度も白紙にしました。

それでも、
渋谷駅で向き合ってくれた彼のおかげで
今の自分が何をすべきなのかはっきりしました。

だって、Holiday Campのコンセプトは
前へと進む一泊二日だもんね。

私は前へ進むことに決めました。

家に帰ってからすぐに
Holiday Camp運営メンバーの仲間たちにも
伝えきれてなかったことを
ちゃんと伝えることにしました。

「またいつかみんなで一緒に、最高な場所をつくろう!」

人と人の縁は難しいものです。
人にはそれぞれ色々なタイミングがあって
些細なすれ違いで
離れてしまう縁もたくさんあるように感じます。

一方で、不思議な巡り合わせもたくさんあります。
離れてしまっていたように感じていた縁が
また繋がることもあります。

結局のところ、よく分かりません。
こうやって繰り返されていくのが
人生なのかもしれません。

それでも、
「また会おう!」が
いつか私とあなたを引き合わせてくれると
強く願っています。

また再会できるといいよね。
その時は、
真面目な話もしょーもない話もたくさんしよう!
うまいもん食って、いっぱい笑おう!

余白と再解釈

730日の休学にに全く後悔はありません。

この休学生活は
ある意味Holiday Campのようなもので
非日常な生活の中で
"今まで私が受け取ってきた大切なもの"と
向き合う時間になりました。

本当にありがとうございました。

最後に、今の私が大切にしていることを
皆さんにお伝えして
このNoteを終わりにしたいと思います。

730日の休学生活。

様々な光景を自分の目で見て感じて確かめて
自分なりに解釈して落とし込んできました。

色々な人たちと出会って、
好きなだなって人もできて、
今までの繋がりを感じられる瞬間もありました。

誰かではなく
自分と向き合う時間も数多く過ごして、
新しい自分にもたくさん出会いました。

そのどれもが
"解釈"を生み出す時間であり
"解釈"を生み出す場所であったと
私は思っています。

"私の本音はどこにある?"という問いに対して、
「最高な人生にしたい、最高な人生にしてほしい」
という一つの解釈が生まれたように、
自分の持つ問いに対して
”これだ”と思えるような解釈が
自分の中で生まれる瞬間があるかもしれません。

しかし、730日で生まれた解釈に
結論をつけるのは
もっともっと先にしたいと思います。

これは持論ですが
人生は”こうだ”と思っていた時に
横からスッと飛び込んでくるものだと思います。

解釈は ”あくまで今の解釈” として持っておいて、
改めて再解釈できる状態にしておく。

自分の中に解釈が生まれたとしても
その問いを捨てずに持っておいて
上書きできる状態にしておく。

そんな余白が
人生に豊かさを与えてくれるのではないかと
私は思っています。

言語化することが全てだとも思いません。
言葉は時に解釈を縛る力があると思うからです。

自分の気持ちを
ダンスで表現してくれた人がいたように
様々な表現方法があってもいいと私は思います。

"分からない""言語化できない"という時間も
また貴重な時間だと思っています。

自分の目でみて、自分で触れて感じたもの。
730日の中で生まれた様々な解釈や
まだ言語化できてない違和感。

歩き続けたその未来で
また再会できたら嬉しいなと思ってます。

最後まで読んでくださり
本当にありがとうございました。

最高な人生にしようぜ!

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