名前プロジェクト 今年注目を集めた本のネーミングについて考えてみた その1

 helwaの「名前プロジェクト」に相応しいネタはないか?そうだ💡本のタイトル、即ち本のネーミングはどうだろう?運よく今年は、言語学の分野で二つの本が話題を集めた。しかも、そのネーミングがとても対照的で分析しがいありそー。というわけで、今回はそれら2冊のネーミングを徹底検証しよう!

1️⃣あなたが手を伸ばしたくなる本はどれ?
 まず、お聞きしたい。言語に興味のあるあなたは、次のうちどの本に手を伸ばしたくなるだろうか?また、逆にどの本だったら絶対手を伸ばさないか?併せて選んで欲しい。なお、すでに読んだ本があれば、一旦その記憶をリセットして答えて欲しい。

・「音とことばの不思議な世界」
・「『あ』は『い』よりも大きい」
・「親子で育てる 言葉力と思考力」
・「ことばの発達の謎を解く」
・「言語の本質」

・「敬語の基本と常識」
・「大人の言葉づかい」
・「敬語と言葉づかい」
・「その言葉遣い間違いです!」

2️⃣同じワードでも読者層は真逆!?
 どういう結果になっただろうか?おそらく、上段と下段でその結果が分かれたのではないでしょうか?私の場合は、上段のタイトルに手を伸ばしたい本が、下段のタイトルには関心が湧かない本になった。言語に関心のある人間に尋ねたら同じ結果だった。
 上段と下段にどんな違いがあるのか?上段のタイトルは、言語自身に関する内容を想起させるのに対して、下段のタイトルは、言葉の使い方の指南を想起させるだろう。
 私たちが書店や図書館で本を選ぶ際に一番最初の基準となるのがタイトル。気になるのがあれば手を伸ばすし、なければ素通りする。だから、著者と出版社はどういうタイトルにしたら多くの顧客が手を伸ばしてくれるか知恵を絞る。
 先ほど列挙したタイトルを見ていくと、上段の本が「言語」自身にまつわることついて書かれており、言語に関心のある層をターゲットとしていることが分かる。また、下段のタイトルは、言葉の使い方について書かれ手織り、言葉づかい(マナー)に関心のある層を狙っていることが窺える。
 このように、タイトルに同じような文言が入っていても、その方向性、狙っている読者層が微妙に異なる、いや真逆になることは珍しくない。

3️⃣今年言語界でもっとも注目を集めた本
 先述の上段のタイトルの中に、今年、言語界でもっとも注目を集めた本が含まれているのにお気づきだろう。上段最後にある今井むつみ著「言語の本質」(中公新書)がそれである。今年(令和5年)5月に初版、9月1日時点で15万部を記録した。これは言語関連の本としては大ヒットと言えるだろう。
 今井むつみといえば、今や言語学に興味がある者なら知らぬ者はいない。私が今井先生を知ったのはあの「ゆる言語学ラジオ」である。助数詞の配信回だっただろうか、概容欄に著書の記載を見てすぐに図書館にリクエスト、「親子で育てる言葉力と思考力」「ことばの発達の謎を解く」「ことばと思考」の3冊を読んだ記憶がある。面白い!どんどん未知の世界に入り込む。言語学の面白さ、今井先生の研究者魂に触れた。その後、「算数文章題が解けない子どもたち」が刊行、広島県教育委員会での活躍もYouTubeで紹介されている。
 そして、「言語の本質」である。「なんという重量感!」「城を枕に討ち死覚悟か?」「ハードルを少し下げることはできなかったのか?」「でも去年「物価の本質」が売れたし…」などなどタイトルを巡っていろんな妄想が膨らむ。
 いったいこのタイトルに至るまでどんな議論があったのか?どんなドラマがあったのか?ちょうど大河ドラマ「どうする?家康」も終盤にかかったと言うことで、大阪の陣のノリで妄想を膨らましていこう。

(ナレーション)
 ときは戦国、言語界は群雄割拠の時代。音声学、音韻論、意味論など様々な分野で研究者が功なり名を遂げ、言語学の魅力も徐々に全国各地に浸透、そろそろ天下統一か?そんな時代、長年にわたって認知科学の立場から言語に関わってきたのが今井であった。今や天下取りにもっとも近い武将と、周囲からも一目置かれる存在となっていた。
 しかし、言語の城は難攻不落と言われた天下の名城。そびえる石垣とその周囲にめぐらせた堀が敵を寄せ付けない。だが、ここ数年、一般人向けにも言語関連の書籍が浸透、そこにゆるい系の言語学YouTubeが大ヒット、今や言語の城の外堀は埋まったも同然だった。
 「機は熟した!今こそ城を落とすとき」。今井は立ち上がった。もっとも今回は一人ではない。長年、戦場をともにした盟友・秋田喜美が秘密兵器「オノマトペ」を手土産に駆けつけた。これを天守めがけてぶっ放せば、一気に落城も夢ではない。
 連日の軍議は深夜にわたる。議論の焦点はもっぱら旗印の「言語の本質」の是非だ。

重臣A「あまりにもストレートすぎまする。たしかに大義は大切ですが、それだけでは兵は集まりませぬぞ。」
重臣B「そうです。もう少し大きく網をかけるべきではございませんか?」
重臣A「オノマトペをいれたらいかがでしょうか?」
今井「それではこちらの真意が伝わらぬ。いくら多くの兵が集まったとしても所詮烏合の集、裏切られたら戦乱の世に逆戻りじゃ。」
重臣B「しかし…」
今井「そこもとはどう思う?」今井は隅に座している若武者に声をかけた。ゆる言語城主・水野大貴である。水野は尾張生まれの学部卒あがり。多くの将が官位(修士号、博士号)をもつ中にあって学部卒あがりの水野は出世街道で遅れをとった。学部卒ゆえの詰めの甘さをつかれ、謝罪会見で涙を見せる一幕もあった。
 そんな水野を今井は可愛がった。わざわざ、ゆる言語城まで出かけてマイクの前に立ったこともある。その後、水野は持ち前の素直さと陽気さ、そして息の合う盟友・堀元健との出会いもあり、今や登録27万の太守となった。その水野、今回は今井の求めに応じて客分として軍議に参加していた。
水野「上様の仰せのとおりにございます。」今井の問いに水野は低い小さな声で答えた。が、それ以上言葉は続かなかった。決戦となれば真っ先に参陣したいところだが、まだ己が領地は磐石とはいえず、城を空ける余裕はなかった。
今井「分かっておる。ここは我らの戦いじゃ。お主は城に戻り、これまで通り堀元と一般人の平定に精を出せ。」水野は伏したまま唇を噛み締めた。
 そして、数ヶ月後、いよいよ決戦の日となった。
 言語の城を取り囲むは五万の兵。旗頭に「言語の本質」の文字を掲げて敵の真正面に陣を敷いた。狙うは言語の首級ただ一つ。今井は最前線まで馬を走らせ声をあげた。「やあ、われこそは今井むつみ。もはや調べるべきものはすべて調べた。今こそ言語の首級をあげん。われと思わんものは後につづけ!」。
 そのときである。今井の横を一人の若武者が馬を走らせ先頭に躍り出た。水野である。その後を2万3千の兵が続く。水野はゆる言語城において一般人に激を飛ばし続けていたが、今井の出陣に居ても立っても居られず、堀元に城を預けて駆けつけた。
 水野の軍旗、いや本の帯文には「今年の新書大賞、決まったわ。『言語の本質』読み終わった。これ、ヤバいわ。今年読んだ本で圧倒的ナンバーワン。…」どんな広告にも負けない宣伝文がそこにはあった。形勢は一気に今井勢に傾いた。

 さらに、その水野を追う一群がいた。井上逸平・堀田隆一連合軍合わせて8千である。「水野の若造に出し抜かれたわい!」。兵の数こそ水野に及ばぬものの少数精鋭のリスナーを従えている。彼らリスナーはコミュニティを通じて言語の魅力を伝える強者揃い。

 最終的に総勢合わせて15万。今や言語の城は風前のともしびとなった。

 少々ふざけが過ぎたが、次回は改めてこの本のネーミング戦略を詳しく検証してみよう。

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