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まえがき|日本酒うんちく手帖

趣味の世界、嗜好品の世界につきものの「うんちく」ですが、ことさら日本酒の世界ではこのという言葉にネガティブな印象を持つ人が多いのではないでしょうか。「うんちく」はトリビアや豆知識という意味で使われることが多いですが、本来は「深く研究して身につけた知識(松村明 編『大辞林4.0』 三省堂. 2019年)」のことです。

酔うとうんちくを熱く語ってしまい、ややもすると聞いている人のことが見えなくなって、うんちくを押し付けてしまうことがよくあります。うんちくが嫌われる理由なのかもしれません。2010年代からの日本酒ブームでは、日本酒に初めて出会う人々が新たな潮流となり、うんちくはだいぶ少なくなったものの、まだまだ、日本酒ファンの入り口にいる人々を遠ざけてしまう原因の一つになっているのでしょう。

以前、主催の日本酒イベントで「もっと勉強して日本酒飲めるようになりたいです!」と言う参加者に、「勉強はしなくてもいいんですよ。楽しんで飲んでください」と答えたことがあります。勉強しなくては飲んではいけないと思わせたものは何でしょうか? 得意げにうんちくを語る先輩たちなのではないでしょうか。すでにファンになっている人は、これからファンになる人をあたたかく迎え入れなくてはいけません。知識を持つことは素晴らしいですが、伝えるべきはその楽しさであって難しい言葉で萎縮させることではないのです。うんちく自体には罪はありません。うんちくを使ったコミュニケーションのミスマッチが解決すべき課題なのです。

それでは、うんちくは何のためにあるのでしょうか? 酒の味の半分は化学的組成、もう半分は頭(背景のストーリー)と心で感じるものです。その時の気分、造った人の想いやその土地の気候風土・文化に想いを馳せたり瓶の向こう側を想像したりすることです。「なるほど、こういう歴史があってこの味があるんだ」「技術の発展でこういう酒ができたんだ」「米の特徴を生かすことは色々な考えがあるんだ」などを知ることで、その酒に対する愛着が湧いてきます。このような飲み方をする時、うんちくは文化的酒をに飲むこと、ひいてはおいしさと楽しさにつながるのです。

うんちくは楽しい! うんちくで酒はおいしくなる! そう信じて、この連載では日本酒のうんちくを一つ一つ丁寧に、実証的で正確にわかりやすく紹介します。皆さんがさらにおいしく、楽しく酒を飲むための助けになることができれば幸いです。

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