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【掌編小説】雨降りの日に

 さあ泣けと君が映画を押し付けて来る。僕は「そういうことじゃない」とそれを押し返す。君はいつも自分の気持ちをぐっと僕に伝えて来る。僕は時々、分からなくて頭を抱える。
「こんな雨の降る日には映画が似合いなのに」と君は言う。
 それは少し分かる。

 僕が珈琲を淹れていると君がふんふんと言いながら付いて来て覗き込む。真っ黒なのは飲めないといつものように君が言って牛乳を冷蔵庫から出す。僕はそれを受け取って君のマグカップに牛乳を入れる。嬉しそうに君がマグカップを受け取って笑う。

 二人で並んで座って珈琲を飲む。外は変わらず雨が降っている。窓ガラスを伝う雨の雫を君が眺めている。
 不意に君が振り向く。
「雨の日には珈琲が似合うね」と。
「そうだね」と僕が言うとまた君が笑った。
 それが嬉しくて僕は逃げ込むように珈琲を飲む。

「とっておきのクッキーがあります」と君が言って立ち上がる。
 戻って来た君の手にはリボンの結ばれた可愛い袋に入ったクッキーがある。すとんと元の位置に座って君はリボンをほどく。
「私の大好きなチョコチップクッキーだよ」と僕に袋を差し出す。
 僕がひとつ取り出すと僕の顔をじっと君が見ている。
「いただきます」と言って食べると君がまたも僕を見ている。
 食べ終わって「おいしいね」と言うと君がにこりと笑った。
 安心したように君がクッキーを取り出して食べる。
 珈琲の香りとチョコチップクッキーの香りが僕達の周りを廻る。

「カミナリだ」と君がいつしか見ていた窓の外を見ながら言う。
「そうだね」と僕が答えるとまたも不意に君が振り向く。
「明日は晴れると良いな」と君が言う。
「うん」と僕が答える。

 降り籠められた日に僕は君を思う。
 明日も僕は君を思う。
 君がいつも幸せでありますように。

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