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鏡よ 鏡、わたしの味方

「ちょっと お化粧直し。寄っていい?」
駅のトイレに 朋子が入ってゆく。

入り口付近で待ちながら
わたしはフェイスパウダーのコンパクトを開く。
小さな鏡についた粉をティッシュで拭き取り
ちょちょちょっと 覗き込む。
右目、左目、口元、うん、きっと、大丈夫。

「中に鏡あるのに」

トイレから出てきた朋子は
隙なく 出来上がっている。

「うん。駅のトイレの鏡って嫌いなんだもん。
絶対ブスに映る。テンション下がる。」

「ああ、照明とかの関係かな。
デパートとか、最近いいよね。
でも わざわざ行く時間ないし。
とりあえず、チェックだからさ。」

「うん。大丈夫。行こう。」

家の鏡で きちんと仕上げてきた。
家の鏡は 安心できる。
わたしの味方だ。
うん。可愛い。大丈夫。
いつでも いい気分にさせて 送り出してくれる。

外の鏡は油断できない。
下手に覗いて 自信を潰されるくらいなら
見ないほうがいい。

それが 現実の姿だょ。
意地悪な鏡たちが ニヤニヤと囁く。

わかってる。
わかってる。

だけど。
結局
他人が見ている自分の顔は わからないのだ。
角度だって いろいろだし
光の具合だって 変わるし
地味で平凡な わたしは
どんなに キメテも たいしたことはない。
家の鏡で いつもの角度で OKだと思ったって
その姿で見てくれる人なんていない。
でも。ちょっとでも。
自分だけでも いいと思った自分を覚えておけば
自信が持てる気がするのだ。

✴︎

外の鏡は天敵なのに
その鏡屋に入ろうと思ったのは
ふいに入り口の姿見に映ってしまった自分が
悪くないと思えたからだった。
吸い込まれるように 扉に手をかける。

コロンコロンとベルが鳴る。
奥のカーテンがフワリと半分空いて女性が覗く。
「いらっしゃいませ。」

店内の 至る所に 様々な鏡がある。
それぞれが 大きな口を開けているように見え
やはり ちょっと怖い気がして 目を伏せてしまう。
どうしよう。

そのまま店を出ようかと思ったとき
「こちらに 小さい鏡もありますょ。」
そう 彼女の声がして 柔らかく促された。
それが 頼りの綱とばかりに 
目を伏せたまま 彼女の近くへ歩いてゆく。

先程開いたカーテンの脇の一角に
手鏡が並んでいた。
開いているものもあるけれど 小さな口。
これならば大丈夫。

そんなに 鏡が怖いのだろうか。
そう気づいて 驚く。

それなのに。ふと手が伸びた。
正方形のコンパクトのような鏡だった。
艶消しの真鍮で 美しく彫られている。
手に取ると少し重みがあるけれど優しい。

「大丈夫。開いてみてください。」

大丈夫。
その言葉を するりと信じられた。

ふわりと開いた鏡。
美しく磨かれた表面に光が入る。
わたしの顔が 明るく映り込んでいる。

気に入った。
この鏡は わたしの味方だ。
これならば いつでも 持っていられる。

柔らかな布の袋に 入れてもらった鏡は
わたしの鞄の中に 常に 入っているようになった。

✴︎


わかってる。
わかってる。

いや。わからない。
本当の姿なんて。

誰だって
いい気分で生きていたいじゃない。

自分の味方の鏡を持つといい。

✴︎

わからない。
わからない。

「あなたは 可愛いから。」

そんなの おためごかしだ。

かわいくないし。
わからない。

容姿のことではない。
わかってる。



彼の前では いつも可愛くいたかった。
たまにしか会えない その時間を
ただただ 楽しく過ごしたかったから。
小さな不満は飲み込んで。
わがままは 可愛い範疇を越えない。
不安が募っても 見ないふりをしていた。

彼の隣にいた女は
最高にブサイクで 不機嫌な顔をして
「誰?」と わたしを 睨みつけた。

逃げ帰った わたしに
彼からかかってきた電話の向こうから
「もう会わないって言って!」と
ヒステリックに泣き叫ぶ彼女の声が聞こえた。

顔は可愛かったような気もするけれど
ぜんぜん可愛くない態度を曝け出している彼女を
彼は選んだんだ。


✴︎

涙が止まらなくて
鼻が詰まりすぎて息ができなくて
ティッシュを出そうとして
鏡が手に触れた。

わたしの味方。


わたしは 
どんな顔をしているんだろう。


鏡を取り出し
そっ と 開く。


………


目は ぶっくりと腫れ上がり
小さな目は ほとんど塞がっている。
かろうじて細い隙間から こちらを見ている目は
血の涙を流しそうに充血している。
顔中が浮腫んで ブクブク腫れぼったく
鼻は真っ赤っか。
メイクが落ちて ヨレヨレの顔に
黒い線や粉が顔中に散らばり
なぜか唇まで腫れている。


あぁ。
今まで見た自分史上
一番 ブサイクな自分。

わたしの味方。
それなのに。

つい 笑ってしまう。

自分でも驚く。


ばかだなぁ。
ほんとに。


笑いながら
もう少しだけ泣いた。

鏡を見る。


ブサイクな顔で笑ってみる。


✳︎

鏡よ、鏡。

この顔を
愛しいと思ってくれる
本当の味方の恋人が欲しい。






























































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