夏の方舟 #02-01
第二章 夏の刺青
#01
黒革張りの寝台に寝かされた男の背中に、ニードルが繊細な曲線を描いてゆく。
薄い色のついた眼鏡をかけ、清潔な白いシャツを着た四〇がらみの彫り師は、キャンバスとなっている男の筋肉質な広い背中に目を近づけ、左手の親指と人差し指で肌をのばしながら、丁寧にゆっくりとマシンを動かす。
筋彫りが終わり、一段落ついたところで男は、
「失礼、すぐ戻ります」
そう言って、マシンをおいて黒いカーディガンを羽織って店のそとに出た。
歩道に面した店先の木製のベンチに腰かけると、手早く煙草に火を付けて一服する。煙草だけはどうしてもやめられない。
車が往来する道路の向こう岸に、ゆらゆらと揺れるスダジイの木が見えた。蝉がいっせいに鳴き始める。
タトゥーマシンの作動音は蝉の羽音に似ている。
毎年この季節がくるたびに、人見潤一郎はそう思う。
ドライヤーのような温風と陽射しの眩しさに眼を細めると、木陰に、青年が立っていることに気付いた。
二〇代前半。眼鏡の奥の神経質そうな一重の目が印象的だ。線の細い身体に白いシャツをはりつかせ、麻のパンツに黒革のサンダル。男はスマートフォンと「TATTOO STUDIO」と書かれたこの店の看板を何度か見比べている。
声を掛けてやろうかと思い、考え直す。
人見の店に来るお客はほとんどが予約の常連か、サイトを見てやってくる海外からのツアー客だ。飛び込み客はほとんどいない。一生消えないものを、気軽に背負う物好きはそれほど多くない。
迷っている様子の男をそのままに、人見は店の中へ戻って仕事の続きをはじめた。
「煙草、やめてないのか」
「ええ。でも、本数は減らしましたよ」
「昔のお前に比べれば健康的だな」
そう言って山城が鼻で笑った。白髪をオールバックにしたこの男と出会ってもう何十年だろう。
「痛みはありますか」
人見の問いかけに山城は無言で頭を振った。時折、呼吸がひゅうっと細くなるが、その顔に浮かぶ苦痛の色は薄い。皮膚が薄い脇腹や首などは例外として、上手い彫り師に任せると苦痛はあまりない。
タトゥーの原理は単純だ。インクのついたニードルで肌を刺して、色を定着させる。あまり深く刺しすぎると血液とともに排出されるし、浅すぎても定着しない。血が出るか出ないかの、ちょうどいい深さを突くのが重要だが、これが下手な駆け出しの彫り師に当たると、やたら痛い。
山城の身体には、大小さまざまなタッチのタトゥーが入っている。右腕に和彫りの鯉、胸には竜、左肩はオールドスクールの薔薇。それらはすべて少年時代に人見が彫ったものだ。
「どれが最初だった」
「右肩ですね」
にじんだ星の形が、まるで痣のように沈着していた。
「あの頃のおまえは、一六か。線が震えてたな」
初めてマシンを使ったときのことは覚えている。思ったよりもずしりと重く、考えていたようにはうまく色が入らなかった。
「最初から上手くやれるわけではありませんからね──彫る方も、彫られる方も」
「二番目のやつは案外上手かった」
同じく脇腹の曲線にそって入ったトライバルを指さす。
「タトゥーは肉体と同じです。どんなものでもそれなりの味がありますよ」
統一感なくタッチも手法もばらばらの彫り物が入った落書きのような身体を、みっともない、美しくないと感じる人もいるだろう。だが、不用意にタトゥーの美醜を判断するべきではない。それはどのようなものであっても、その人が生涯背負って行かなくてはいけないものなのだから。
人見にとってタトゥーは鑑賞するものではなく、読むものだった。なにを考え、何を感じて、背負ったあとでどういう気分になったのか。
絵画と同じだ。
絵とは、見て、感じて、読むものである──それが絵画の鑑賞法だと習ったのは大学の頃だ。
その大学も、おそらく山城がいなければ入っていなかっただろう。
数時間の後、男の背中に現れたのは、ブルーブラックのラインとぼかしを駆使して写実的なタッチで描かれた、両手を合わせて祈る手の絵──ドイツ・ルネサンスの画家、アルブレヒト・デューラーの「祈りの手」の模写だった。
山城は少し乱れた白髪をかきながら寝台から起き上がり、鏡で仕上がりを確認する。
「ほぉ……」
文句のつけようがない出来だった。
今どきの彫り師には、和と洋の区別がない。屋号を「彫~」とするのは単なる習慣であって、わかりやすさを優先しているだけだ。和彫りだろうがトライバルだろうが、大抵のニーズには応えられる。だが、本当に画力が高い彫り師というのは稀だ。
日本の伝統刺青はそもそもが師匠から受け継いだ下絵をもとに、その線をなぞることからはじまっていた。ゆえに彫り師には画力が必要ないという人もいる。確かに洋の東西問わずそういった側面はある。たとえば、西洋でも「フラッシュ」というステンシルを使って、肌に模様を転写してなぞるタトゥーの入れ方はメジャーだ。
しかし、人見はそうしたものを一切使わない。
下絵なしフリーハンドの一発書き。
人体は立体だ。平面のキャンバスに描くのとはわけがちがう。それでも彼の絵は完璧だった。
「どういう風の吹き回しですか」
「おまえが考えてることを当ててやる。寺の坊主が背負うには西洋かぶれすぎる──そんなとこだろ」
別にそのようなことを思ってもいない。人見の経験では、このくらいの年齢の男が大きな刺青をいれようとするのは、様々な意味で人生に一段落がついたとき──気には、なる。
「職業がら、菩薩様やら不動さんは背負ったらバチがあたりそうだ。このくらいがちょうどいい」
なにかを隠そうとしているようなおどけた口調だった。
「この絵にまつわる話を知っているか」
「ええ。貧しかったデューラーのために、身を削って働いて彼を支えた友人、ハンス。これは彼の手を描いたものだとされています」
だとしたら……これは自分が背負うべき絵ではないか──人見は思う。
「本当かどうか怪しい美談だ」
では、この絵をどう解釈しているのだろうか。尋ねるのをためらっていると、山城はタトゥーを鏡で何度か見て満足げにうなずいて、まるで古い伝説に出てくる予言者のようにこう言った。
「人の運命は決まっていると思うか」
山城の背中をペーパータオルで覆い、上から消毒用エタノールをかけて、インクと血を拭いながら人見は答える。
「予定が決まっているほうが楽でしょう。余計なことを考えなくていい」
「近代人らしからぬ答えだな」
「占い師にでも転職するんですか」
「坊主も占い師も似たようなもんだろ」
山城が黒いスーツを着て、オールバックの髪をなでつけながらロレックスのエクスプローラーの文字盤を見た。時計に詳しくない人見には、それがコピーかオリジナルかの見当は付かない。
「もう少ししたら、ひとりの男がやってくる。相手をしてやってくれ」
「どういう素性の人間なんですか」
「島の人間だ」
山城が今、瀬戸内の小さな島で、荷南寺という寺の住職をやっていることは知っていた。
「もしかして眼鏡をかけた、背の高い一重の男でしょうか」
「会ったのか」
「さっき、そとに立っていましたが」
「まずいな」
小さなスーツケースを手に、サングラスをかけると寺の住職というよりはどう見ても筋者だ。
「あとは頼んだぞ」
困った顔の人見がなにか言い返す前に山城が裏口から出て行くと、入れ替わるように、入口のドアが開く音がした。
(つづく)
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