初めての友達

 平成最後の夏が終わるのになんの特別なイベントもなかった、という旨のツイートを見た。自分が物語の主人公になって、田舎の祖父母宅の近所に住む少女とひと夏の冒険をする……そんな特別な思い出を作れないまま大人になり、平成も過ぎてしまうというツイートだ。

 ノスタルジックとセンチメンタルの入り混じったこういう気持ちは私にも無くはない。それでちょっと、宝物みたいな夏の思い出なんてあったかな、と振り返ってみた。

 結論から言うと、子供時代、学生時代の私に特別な夏なんてものはなかった。人並みに宿題に苦しめられ、ずるずると素麺をすすっているうちに終わった夏ばかりだった。
 が、特殊な層からは羨ましがられそうな幼少期のエピソードならあるではないかと思い出した。今回はそれを書こうと思う。わたしの初めての友達、Yちゃんについてだ。

 Yちゃんは私が幼稚園に通っていた頃ご近所に住んでいた同い年の美少女だ。ただ当時の私はあまりに幼く、彼女の顔の造形が相当整った部類に入ると気づいたのは何年もたってアルバムの整理をしているときだった。互いの引っ越しで離れ離れになる前は、仲良しのYちゃんとだけ認識していた。

 Yちゃんは大人の言いつけをよく守る私に比べて自由であり、活発であり、要するに子供らしい子供だった。持ち物はすべて愛らしく、色鮮やかで、髪の毛を結ぶのにボンボンのついたゴムを使うことは非常に有意義であると教えてくれた最初の人物だった。

 大人に嘘をつく子供を見たのもYちゃんが初めてだ。「二人で仲良く遊ぶのよ。悪いことしちゃ駄目よ」と言われて「はーい!」と返事をしたYちゃんが、Yちゃんママが部屋を出るやいなや「悪い子」に変身したのは本当に衝撃的だった。

 Yちゃんはわたしを床に座らせて、ちょっとワクワクした声で「目を閉じて」と囁いた。細かいやり取りは覚えていないが、私たちの遊びは常にYちゃん主導で行われたので彼女が主犯だったのは間違いない。静かにね、ともジェスチャーされたので悪いことをしている自覚は彼女にもあったのだろう。言われるがまま目を閉じておとなしくしている私のまつげを摘まみ、Yちゃんはそれを引っこ抜いた。

 わたしにはまったく意味がわからなかった。彼女の行動が悪意によるものなのか好意によるものなのか考えることさえできないくらいポカンとした。
 Yちゃんは楽しげだった。「まつげって抜けるんだよ」と世界の真理に到達した人のように、まつげは抜けるという大発見に酔いしれていた。

 彼女がわたしに真理のお裾分けをしてくれたことは純粋に嬉しかったが、わたしの中の冷静な私は「これはいけない遊びなのでは……」という懸念を振り払うことができなかった。しかしYちゃんは無邪気に「わたしのまつげも抜いてみて」などと言ってくる。断れるわけがない。我々は対等な友人関係にはなかった。先進的な彼女についていくぼんくらな私という構図が既に出来上がっていた。そして私はこの関係が嫌いではなかったのだ。

 Yちゃんとわたしがまつげの抜きっこをしているところにYちゃんママと私の母がやって来て、この遊びは以後永久におしまいとなった。今でも時々「子供の頃のあなたは意味不明だったのよ」とネタにされるエピソードだ。まったくもって心外である。我々は子供なりに世界の真理を分かち合っていただけなのに。

 Yちゃんは私より先に他県へ引っ越していって、今どうしているかはさっぱりわからない。確実に言えるのは、あれから三十年が過ぎても私の中にYちゃんの面影が残っていて、生活や創作の端々に顔を覗かせているということである。