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この漫画を実家から発掘してきたわけ【エッセイ】

 小学生の頃から買い集めていた本を、自分の知らないうちにすべて処分されてしまった経験がある。あれは悲しかった。大人になって買い直しても、版元が変わり、表現が改められているのを見つけると、無念な気持ちになった。今となっては手に入らない貴重な本もあったと思う。ただ、本は失っても、読んだという事実だけは記憶から去ることはない。私を構成している形跡は、つまり、そういうところに残留している。

1.『猫目小僧』楳図かずお

 何よりルックスがいい。ブロンドの髪に、ハイネックの長袖を着て全身黒ずくめだが、下は少年らしく半ズボン。姿は人間の子供のようでも、手足に鋭い爪、上下の顎には牙を装備し、全力で走るときは四つ足だ。一番の特徴は、目の周辺を陰影のように取り巻く黒柄が、前髪の巻きぐせと調和して、猫のような縦長の細い瞳を引き立てているところだろう。一度見たら忘れられない風貌に、小学生だった私は強烈に惹かれた。天井裏に潜んで人間を観察し、ときどき子供のおやつを盗む。人間そっくりに変装する妖術を使うときもあるが、猫目だけはそのままというのも愛嬌があって好ましかった。恐怖をテーマに人間の醜い内面を描く楳図作品だが、「小人ののろい」というお話は、目を瞠るような造形の妖怪がわんさか登場し、活劇のような展開があって、猫目小僧のエピソードの中でも断トツに好きだ。

2.『ストップ!! ひばりくん!』江口寿史

 前作の『ひのまる劇場』は、出てくる女の子が可愛かったり、冴えない探偵が登場したり、江口作品ならではの、キュートでおしゃれな感覚が凝縮されていたが、この『ストップ!! ひばりくん!』ではさらに絵が洗練されている。当時のギャグ漫画に、都会的なファッションセンスを取り入れたという意味では、先駆的であったと思う。男の子なのに女の子の格好をしている「ひばりくん」だが、ゾクッとする可愛さがあり、一瞬、変な気持ちになりそうになる。この混乱こそ、この作品の絵が持つ力だろう。ずっと未完の作品だと思っていたが、2010年にラストシーンが加筆され、ようやく完結したと知り、今、とても読みたくなっている。

3.『ゆめのかよいじ』大野安之

 コミックスでいえば一冊で完結している作品だが、画風と物語から醸し出されるノスタルジーは、一度読んだだけでも深く心に刻まれて、忘れられない。迷路のような造りの木造校舎。歩けばぎしぎしと音を立てて軋む廊下。転校してきたばかりの高校生宮沢真理は、夏休みの誰もいない校舎で、自慰に耽る同い年くらいの女性を見かけてしまう……。時間と変遷が主題のこの作品は、百合的な展開を持ち、怪談の要素もあり、全体を支配する文学的な香りにも優れ、非常に完成度が高い。さらに、エピローグで、この物語は大きな跳躍を見せるのだが、後年、作者自身の手により、そのSF的な最終章は削除され、別のシーンが加えられたという。この変更には賛否両論あるようだが、私は変更されてからは読んでいないので、論評することはできない。読んでみたい。

4.『20世紀少年』浦沢直樹

 取り上げる浦沢作品をどれにするか、正直迷った。傑作が多過ぎる。悩んだ末に『20世紀少年』を選んだのは、現在、過去、未来、と、頻繁な時間操作によって構築されたこの作品の、巧みに練り上げられたプロットの素晴らしさをまず賞賛したかったからだ。日本の現代漫画のレベルが、どれだけ高いところにあるのかを、この作品は示しているように思う。私が『20世紀少年』を読んで感じるのは、スティーヴン・キングの影響である。少年時代の回顧や、大人になってからも続く仲間意識と堅い結束。集団の中での狂気や、超常的な力を持つリーダー。この作品には、キングの長編『IT』『ザ・スタンド』へのリスペクトを強く感じるのだが、実際はどうなのだろう。ともあれ、丁寧に作り込まれ、たくさんの人物が出てくる長編漫画は、小説や映画を軽く吹き飛ばすほどの満足感をもたらしてくれる。

5.『アイアムアヒーロー』花沢健吾

 群がって追いかけてくるゾンビたちから、銃を持った女の子と冴えない男が自転車の二人乗りで必死に逃げる……恐怖よりも、強い意志を秘めた表情で……。映画公開前、あるテレビ番組で紹介されたその漫画の1コマを偶然見た私は、その場面に至るまでのいきさつをどうしても知りたくなり、『アイアムアヒーロー』を大人買いしてしまった。後悔はなかった。誰もが期待するヒーロー像の真逆をいくような、姑息で気の小さい主人公が、銃を扱える資格があることを心の支えに、ZQN(ゾンビ)と対峙していくこの作品は、アンチヒーロー、そして、新しいゾンビのビジョンを、これでもかというくらい見せてくれた。その想像力。これが日本の漫画の現在か、と感服した。22巻で完結しているが、物語自体はまだ閉じられていない。人間はまだこの世界に生きている。私は待ちたい。

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 この記事のために、実家に置きっぱなしだった漫画の現物を掘り出してきた。『ストップ!! ひばりくん!』は処分されたものと諦めていたので、全4巻すべてを見つけたときは感激した。5冊を古い順に振り返ってみると、妖怪に始まり、女装や同性愛などを経由して、ゾンビに着地するという流れ。これではエログロ好きの変態と言われかねない、そんなラインナップだ。不本意ではあるが仕方がない。今回、物心がついたときから親しんできた手塚治虫と藤子不二雄は意識的に除外し、この5冊をセレクトしたのだが、今まで知らなかった自分を見出した気がして、新鮮な驚きに包まれている。

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#私を構成する5つのマンガ
 このお題に楽しんで参加させて頂きました。ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

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