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理論と実践のあいだにあるもの。

「これはだめよー! これはわたしの商売道具だからねー」

ICUで働いていたとき、ベッドのなかから、わたしたちのポケットのなかにあるはさみを取ろうとする患者さんがたまにいらっしゃいました。
口のなかから管を入れられ、両手をベッドにくくりつけられ(今は挿管している患者さんでも、抑制はせずに手を離しておく方針に変わっているみたいです。)自由がきかなくなっている状態です。

なんとしてでもこの状態から脱するには、このはさみでくくりつけられたこのひもを切ってやりたい、そういう想いでしょう。

そんな患者さんに対して、同僚はこう返していました。

うまいなぁー。うまい。
正直、ICUに入っている患者さんは、治療のために鎮静したりしていて正気を保っているひとはほとんどいません。だから、じぶんがなぜここにいるのか、どうしてこういう状況になっているのかなんて、さっぱりわからないとおもいます。

そんななか、やっぱり不安や恐怖と、そして薬の影響もあって、罵詈雑言叫ぶこともたまにはあります。

でも、わたしたち医療従事者は、患者さんのそんな状態をちゃんと理解しているので、基本、真正面から取り扱ったりはせずに、聞き流すか受け止めるか、そう言わざるを得ない心理状況にせつなくなるか、のどれかで対応していきます。

だけど、職場の上司のなかには、『ばか』ということばに異常に反応するひとがいて、

「ばかじゃないのか!」

と言い放った心臓血管外科の術後の患者さんに対して、「ひとのこと、ばかって言わないでください! ばかって言われるのがいちばん腹が立つんです!」と真っ向からいい返していたひとがいました。

え・・・。苦笑
いやいや、そこは売られたケンカを買うところじゃないでしょう、とそこにいたスタッフはこころのなかで総ツッコミしたこととおもいます。

そういう患者さんに対応するちからは、ユーモアのなせるわざが大きいとおもっていて、生真面目一辺倒のわたしなんかは、おもしろい返しができるスタッフのことを心から尊敬します。

今いる介護施設でも、経験年数の長い介護士さんのユーモアあふれる返しや利用者さんへのつっこみは、聞いていてこっちもプッと吹き出してしまいます。それに、たいてい、大きい声を出したりあぶない動きをして目が離せなかったりして、忙しいのに、とイラッとしているスタッフもいるような状況だったりもするので、そういう対応に周囲をふっとなごませてくれるちからがあって、すごいなぁとおもうんです。

利用者さんのことをひとだと思ってもないような話しかけ方をしたり、介助のしかたをしたりするのはどうかとも思うのですが、今叫ばれている『ユマニチュード』だけがすべてでもないのかもしれない、というのも、施設ではたらきはじめて、そして、そういう介護士と利用者さんとのかかわりを見ていておもうのです。

施設で働き始めたばかりの頃は「ユマニチュードしてよーーー! こんなのあり得ない!」とばかり思っていましたが、理論と実践の間に乖離していることもあって、それは、そこにある信頼関係であったり、地域性であったりするものも、意外と見過ごすことができないたいせつなものなのかもしれないなと思うのでした。

机上の空論を実践に落とし込んでいくには、いろんな工夫が必要なんだなと現場経験を通じて感じたのでした。

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