芸人さんの引退を考える

お笑いが大好きで、幼い頃からずっと観てきた。

先日、あるベテラン芸人さんが若い芸人さんたちと絡んでいたが、コメントが支離滅裂で、若い子たちは戸惑っていたし、本当に企画を分かっているのか疑問に思うシーンが何度もあった。正直見ていられなかった。

十数年まえはツッコミが冴え渡り、彼が出ているだけでもう笑いが止まらなかったので、とても残念な気持ちになった。

だからといって、もうテレビに出ないでほしいとか、引退したらどうかという話ではない。

見ているこちらも歳をとって笑いのツボが変わったのかもしれないし、彼の芸風が古くなったとも言い切れない。もしかしたらそのやり方が、最先端の笑いの取り方かもしれない。

そんなことを思ったのがきっかけで、たまに芸人さん同士でも話題にしている、芸人の引き際というのを、視聴者目線で考えてみた。

※ちなみにここでの話はテレビを主戦場にしている芸人さんの話がメインです。

いきなり結論を言ってしまうと、
私は今まで見たことのない芸を、新しいお笑いをたくさん観たい。今まで日の目をみてこなかった芸人さんや、若い芸人さんにたくさん出てほしい。

なので、先ほど言っていたようなベテランの芸人さんが、若い人のチャンスを潰してしまうような場面を見ると切なくなってしまう。

しかしもちろん、お笑いファンは私のような人ばかりではない。ベテランの芸人さんにいつまでも活躍してほしい人もいる。おじいちゃん、おばあちゃんの芸人さんに元気をもらう同世代のお年寄りもいる。それも素晴らしいことだと思う。

呼ばれなくなったら引退するけれど、呼び声がかかる限りは出たいという芸人さんは多い。でも一定の人気があってファンがいる限り、呼び声がなくなることはない気がする。見る側からの需要を基準にしてしまうと、好みに左右されるので、引退の線引きが難しい。

これがスポーツ選手なら、記録や成績などの数値によって実力が可視化されるので、必要かどうかの判断はしやすい。

しかし、芸人さんの人気を数値化するのは難しい。それに、その人自身に力がなくなっても裏回しというか、他の芸人さんの力で上手くいくこともある。よって、発言が冴えなくなってもまわりのフォローでなんとなくテレビに出ることが多くなる気がする。

そしてもうひとつ、芸人さんは下積み時代が長いという問題がある。

ずっとアルバイトをしながら生計をたててきて、ブレイクするのが30代というのもざらだ。そんな人に、歳をとってコメントが怪しくなってきたからといって50代手前で引退をつきつけるのも酷だ。養う家族がいたり、住宅ローンを組んでいたりする人だっている。それは我々一般人と変わらない。会社員なら、これがどんなに酷いことか想像がつくと思う。

もちろん、現役でテレビにたくさん出ている芸人さんはお金もたくさんもらっているはずだから、それを老後にあてていけばいいのだけれど、生活水準を落とさずに老後の貯蓄をしていくのは困難だと思う。

このへんは、フリーのFPさんを起用したり芸能事務所が助けてあげることはできないんだろうか。年俸で活躍する野球選手にも、お金のことを整理するエージェントがついていると思う。業界のことは全く知らないので希望を言うだけになってしまうけれど、そのへんの条件を整えてあげてほしい。

一般の会社員にも、財形などの貯蓄システムがある。誰だって退職するときは今後のお金のことは考える。お金の心配などなく、本人が衰えてきたなと思ったら気持ちよく引退できるようにしてほしい。

数年前に事務所の労働問題などがいろいろあって、契約なども見直されてきたところだろうし、もしかしたら今改善されているところなのかもしれない。そうだといい。引退したあとスッカラカンになるのでは、誰だってその業界にしがみつく他ない。

ここでもうすこし、一般企業の会社員と比較してみたい。

会社員も、というか物凄く鍛えている人は別として、スポーツ選手も自営業も誰だって体力や頭の回転のピークは20代、どんなによくやっても30代くらいだと思う。

50歳をすぎるといろいろ無理もきかなくなってくるし、記憶力や思考力も落ちてくる。若い人との会話のズレや思い違いだって、きっと芸人さんも一般人も変わらない。

では、その世代の会社員がお荷物かといわれると、そうではない。その人たちにしかできない仕事がある。

たとえば若手の社員がミスをして取引先を怒らせてしまったとき、飛んでいって名刺を差し出す。

名刺を受け取った取引先の怒りが、スッと収まる。

「代表取締役」

えっ、社長さんが、わざわざ来てくださったんですか。いやいや、謝って頂くほどのことでは。その瞬間、すべてが丸く収まる。

肩書きで仕事をするという話ではなくて、ある程度の年齢と経験が、勝手に相手に信頼感を与えてくれる。それはその人がそれまで培ってきた経験が、説得力をもつということ。

他にも、大きなプロジェクトが動くとき、力のある若手に任せたい、でも、このメンバーでは上からの決裁が下りない。
そういうとき、ベテラン社員がひとり入るだけでスッと企画が通り、進行していくことがある。

ベテランの彼が、彼女がチームにいるなら安心だと上層部がゴーサインを出したのだ。

なにが言いたいかというと、名義貸し…と言ってしまうと身も蓋もないけれど、一般企業にはある年齢ある肩書きの者が入るだけで簡単に事態が動くことがある。

それを意図して作っているのか知らないけれど、最近そういうテレビの番組がいくつかあり、私は好ましく観させて頂いている。

ベテランの芸人さんの名を冠しているけれど、企画や進行は若い芸人さんがたくさん出ていて、思い切り好きなことや新しいことに挑戦している番組だ。

テレビ局も我々のいる一般企業と同じで、若手ばかりよりも一組でもベテランの名前があったほうが企画が通りやすいのかなと思う。

いま、ベテラン芸人さんがかっこよく輝いて見えるのは、個人的にはこういう番組を観たときだ。

何かあれば俺たちが盾になるから、好きなようにやってこい。そう言ってくれるかっこいい上司の背中を見ている気持ちになる。

それと、下積み時代は長い方が良い、とか若いうちは苦労すべき、みたいな考え方は、芸人さんというか芸能界、古くは旅芸人の世界、それとも伝統芸能の考え方なのか。

ルーツはどこか分からないけれど、そんなしきたりは取っ払って、若い人にどんどんチャンスをあげてほしいと思う。そのときしかできない芸風があるはずなので、私はそれを観て思い切り笑いたい。

その点、ネットでたくさんの芸人さんが自分で発信できることは喜ばしい限りなのだけど、やはり自分で拾うのは限界があるので、力のある事務所やテレビにどんどん呼んであげてほしい。

もちろん、肩書きや名義貸し云々は一つのやり方で、ずっと現役でいたい人はいればいいし、ベテランの芸人さんが芸を磨いたり、劇場で返り咲いたりするのもこちらとしてはとても嬉しい。

というかファンとして直接できることは、劇場でお金を落とすことくらいなので、劇場をもっと…と劇場の話になってしまうとまた長くなってしまうので、また別の機会に。

つらつら書いてしまったが、芸人さんの世界にも、ずっと現役でいるというやり方にしがみつくだけではなく、もっと多様な生き方があってもいいのではと思った話でした。