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肝実〜痛みと心はセットで考える〜

私達が痛みを感じる時。
それはどんな時でしょうか。

心がポジティブな時とネガティブな時とで比べると、、

おおよそ後者の時に痛みを感じているのではないでしょうか。

今回のテーマは東洋医学、“肝実(かんじつ)”です。
よろしければお付き合い下さい。 

“先生、首がずっと痛いんです。
骨と骨の間がせまくなっているらしくって。
加齢だから仕方がないのでしょうか。”

と患者様。

その表情は暗く、切羽詰まっていらっしゃるご様子でした。

病院では骨や筋、神経など身体の仕組み、構造上の観点から病状を判断します。ゆえに、それは一つの真実なのでしょう。

でも、ここは指圧院です。
指圧院には指圧院なりの考え方、哲学があります。

“私だけがこんなに苦しい。
こんなはずじゃなかった。
この辛い気持ちを誰もわかってくれない。”

人はそんなふうに気持ちが塞がっている時ほど、余計に痛みを感じるものです。

指圧は、痛みと心はセットで考えます。

そんな時、私がよくイメージするのが、“肝実(かんじつ)”の証です。

肝実とは、五臓、
肝、心、脾、肺、腎のうちの“肝”の病症です。

そもそも“肝”とはいったいどのようなものなのでしょうか。

ここで注意して頂きたいのが、いわゆる“肝臓”とは似て非なるものである、ということです。

陰陽五行で五志(感情)は、怒、喜、思、悲、恐。
肝は“怒”に相当します。

私達は、イライラしたり、怒ったりすることを“癇癪(かんしゃく)”といい、また、腹ただしく気に入らないことを“癇(かん)に触る”といいます。

どちらも肝と同じ“かん”の読みが含まれていますが、これらは漢字こそ違えど同じ仲間であると思って頂いて差し支えありません。

子どもの“疳の虫”の疳(かん)もそう。

その証拠に、癇癪や疳の虫によく効くことで有名な漢方、
抑肝散(よくかんさん)には“肝”という漢字がはっきりと使われています。

つまり、東洋医学における“肝”は精神的な意味合いが非常に強い。

簡単に言ってしまうと、

肝(イライラや怒りの感情)が実(たくさんある)であること、それが“肝実”です。

では、その治療はどのように考えればいいのでしょうか。

怒りは不安から生じます。
怒りは不安の裏返しです。

まずは不安で消耗してしまっている氣を補ってあげることが大切です。

夜泣き、疳の虫などの子どもの不安症でよく用いられるツボは、

大椎(だいつい)
心柱(しんちゅう)
命門(めいもん)など。

いずれも背中にあります。

では、大人の不安症はどこのツボを用いるのか。

大人も同じです。

むしろ大人こそが、これらのツボへのアプローチを切実に必要としています。

実際、これらのツボに触れるべく背中に手を当てていると、大人の方でもやがて呼吸がだんだんと深くなり、上がっている肩がゆっくりと降りていくのを感じます。

私達は大人になればなるほど、生活、仕事、子育て、介護など、責任が重くのしかかります。

その上、その大変さを理解してくれる人が近くにいないことが多く、弱音を吐いたり、甘えたりすることができません。

そんな気持ちを“怒り”として、外へ発散できる環境にいる人ならまだいいのですが、問題は、それを内に秘めてしまう人。

責任感が強く、自分のことよりも他人や周りを優先し、自身の苦労は誰に理解してもらうでもなく粛々と頑張っている真面目な人。

そんなタイプの人にこそ“肝実”は多いです。

しかし、そんな無理にも限界があって、

その無理が、

首に向かえば頸椎症。
耳に向かえば突発性難聴。
顎に向かえば顎関節症、食いしばり。
腰に向かえばヘルニア、すべり症。
胃腸に向かえば、胃潰瘍、潰瘍性大腸炎です。

これらを現代医学の身体の仕組み、構造上の観点からみた治療で良くならないのであれば、ぜひこの投稿を参考にして頂きたい。

“ああ、辛いけれど、私のそんな気持ちをわかってくれる人がいるんだ。
この苦しみ、私だけじゃない。
もう、我慢しなくていいんだ”

そんなふうに一瞬でも思ってもらうことができたら。

霧がかった気持ちにちょっとずつでも晴れ間が見え始めたなら。

痛みはゆっくりですが、確実にやわらいでいく方向へと向かい始めるのです。

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