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おとうと

第42話

今から4年前。季節は冬。
勤務先で時間調整が必要でその日、午前中勤務して帰宅。
暇を持て余していた私はドラゴンクエスト4に興じていた。
デスピサロが仲間になるというかつてない展開に
おばちゃんの胸はときめく。

ピサロ率いる主人公(でやってました)は
四天王を撃破するためデスキャッスルへ向かっていた。
それぞれにとても強いボスを倒し、ラスボスである
エビルプリーストを討伐しエンディングを迎える。
これまでの道のりは長く険しかった。
仕事から帰宅しゲームにかじりつきたい気持ちを抑え
家事をやっつけ風呂に入り飯を食い。
そんな時間さえ惜しいと感じさせるのがドラゴンクエストだ。

ストーリーに没頭しているその時、不意に携帯が鳴った。
うるさいなとちょっとだけ思う。だけどすぐに出る。

「もしもし?」

相手は当時暮らしていたアパートの管理会社の偉いさん。
挨拶もそこそこにその人はこんなことを言いだす。

「(苗字)(名前)さんは梅林さんの弟さんですか?」

はい、そうです。答えつつ碌な電話じゃないと直感した。
何故って弟が碌な人間じゃないから。

「お亡くなりになったそうです。〇〇県警からこちらに
連絡がありました。今から番号を言いますので
そちらに掛け直してもらえますか?」

お手本のような平謝りを披露し早々に電話を切る。
弟が死んだ衝撃は確かにあったがそれより
亡くなってからも人に迷惑かけるのかと、呆れたのだ。
教わった番号に掛け、担当の警察官に代わってもらう。
その人曰く弟は実家を辿れる何をも所持しておらず、
私を探すのに1週間ほどかかったとのことだった。
戸籍から父をあて父方親族にあたり、親族から
きょうだいがいると聞き、該当する人物を探し。
最終的に私の運転免許証情報を引き当てたとかで
さすが警察と、変なところに感心してしまう。

警察官はとても丁寧で優しく、これからの話をしてくれた。
私は弟の遺体引き取りも相続も全て拒否した。
あいつの負のオーラが伝播するようで嫌だったのだ。
警察官は淡々と話を聞いてくれ了承してくれ。
母には私から連絡を入れたが、驚くほどに機嫌が悪くなった。
「知らんがな」と言いたくなるくらい、弟に対する憤りを私にぶつける。
こちらも電話を早々に切り、私は再びひとり暮らしの部屋特有の
静寂に身を置いた。モニターから戦闘曲が流れる。
すぎやまこういちさんは天才だと何億回目かに思う。

後日連絡を寄越した母も相続放棄するとのことで、手続きに入った。
弟が暮らしていた部屋の管理会社から連絡があって
担当者からほんの少しだけ、弟の情報を得た。
不気味な日常としか思えない暮らしぶりと感じた。
父が母を捨て他の女性と遁走したのは、この12年前。
私はまだ30代半ば。弟は20代半ば。
一文無しになったはずの父から弟は、大層な額のカネを引き出していた。
会社を潰し家族を捨て、新世界で生きようとした父は
弟だけは見捨てられなかったようだ。
そんな父の放漫ぶりに相手の女は愛想をつかし
父を捨て、消えたそうだ。
何故経緯を知っているかと言えば、そんな連絡を
異母きょうだいが寄越したからだ。

「あんたの弟が父ちゃんから凄い額抜いた」
「今度こそ真面目になるという言葉を父ちゃんは信じたんだ」

やはり「知らんがな」と思った。
父と弟の関係性をこの人は何も知らないのだろうか。
あの2人には私はおろか母でさえ介入できなかった。
弟に大層な額送金したのは父だろう。
文句なら父に言え。というかこの人「父ちゃん」って呼ぶんだな。
私は「お父さん」なのにと、これまた変なところで気持ちが途切れる。
私に精一杯の恨み言を言ってその人は「一旦電話切る」と言った。
もう2度とかけてくるなと思った。
自宅の電話番号は雇った弁護士に調べさせたのだそうだ。
その弁護士が弟にコンタクトを取り、父からの送金は止めさせる。
もう2度と父に連絡を寄越すなと「家族の意向」を伝えた際

「どんな仕返しをしてくるか分かりませんよ」

と弁護士は震え上がらせるほどの返答をしたそうだ。

そうかい、そうかい。そこまで堕ちたかい。

弟の心次第であいつはどうにでも生きられた。
幸せにも不幸にもなれた。
楽な方へ意識も体も移動させた結果がこの体たらくだ。
私が知るかよ。あいつはもう成人してんだ。
弁護士を怖がらせるほどの威力をどこで身につけたのか。
知りたくもなかった。
けれど弟が生きる間、身元不明の男がどこかで犯罪を犯したと
報道を見聞きするたびに「あいつじゃ?」と
苛立ちを隠せないのは、血縁者である限り仕方のないことで。
だから弟の訃報に触れまず思ったのは

「もうどんなニュースにも怯えなくて済むんだ」

ということだった。

相続放棄は2週間ほどで終えられた。
あいつの全ての責任はあいつの生き方にある。
学生時代のいじめは苛烈で、その点においては気の毒に思うけれど。
その経験を負の財産にしてしまったのは他ならぬ弟だし
本人がそんな生き方を選ぶのに、私に弟を改心させるような
手段はそもそも存在しない。

弟が死んだ。
30代という若さで死んだ。

事実だけで結構だ。
母はこの少し前、弟の写真やら実家に残していた品々やら
全てを処分していたらしい。
虫が知らせたのかも知れない。
相続放棄すると言いつつも、そんなことでいいのかと逡巡し
墓地を探したりしたけれど、どうにも嫌気が勝ってしまって。
最後は尋常じゃない閉塞感に苦しむことになった。
だから、止めた。
私と弟の関係はこれで終わり。
弟が生きた証は弟が握りつぶした。
せめて人に迷惑をかけない大人になってほしかったけれど
あいつにはそれさえも難しかったようだ。
弟に何か言うとするなら

さよなら。
もう2度と思い出すことはないよ。

これだけだ。

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