見出し画像

いちごの宝石箱

はじめての恋を大事に大事に宝石箱にしまった。それがもう壊れてしまってるのか、まだ輝きを失っていないのか、次開けてみるときが来るまで私にはわからない。いつかまた開く時が来るまで、どれだけ邪魔でもリビングのテーブルの真ん中に置いておく。

人間には生まれて来れなかったのに魔女にもなりきれなかった。神様にもまだなれない。私はずっと怪獣だった。人からの好意をぜんぶむしゃむしゃ食べて、それだけが私の栄養源だった。もう出なくなるまで搾り尽くして、ぜんぶ食べて、また次の日にはお腹が空いていた。どれだけ食べても食べ足りなかった。食事は毎日とらないといけないみたいに、私は毎日毎日好きって言葉を食べた。それが美味しいかどうかなんて気にしたこともなかった、ただお腹が空いていた。

最初は同じ味にはなんだか飽きてしまって口に入らなくなったから違う味のものも食べてみようと思っただけだった。違う味のものを食べてみた。美味しい。もっともっと食べたい。いつもみたいに食事をしてただけのはずなのに、街をひとつ食べちゃうくらい大きい怪獣だった私はどんどん小さくなっていった。いつ小さくなり始めたのかもわからないけど胸の中になにかキラキラしたものが生まれたような気がした。少しずつ少しずつ小さくなって、いつのまにか人間と同じくらいのサイズになっていた。もう昔ほどお腹が空かなかった。空腹を紛らわせるために自分を傷つけて、アドレナリンと不幸な悲劇にゆったりと浸るのもやめた。刃物を向けて脅して食事を捻出させることもなくなった。

怪獣は昔よりずーっと小さくなったけど、生まれた時から怪獣だったものだから人との接し方を知らなかった。食事を出してくれる生き物として扱うこと以外私は知らなかったから随分傷付けてしまった。私の中に生まれたなにかキラキラしたものがこれじゃいけないと教えてくれたから、私は人間の真似をしてみた。楽しかった。これでやっとお腹が満たされるのかなって、このキラキラしたものをあたしの中から取り出してこの人間に渡すことが出来るのかなと思った。だけど、所詮人間の真似事だったから、完全に人間にはなれなかった。

前ほどお腹が空かなくなった。人間の皮を被った。だけど、お腹はゆっくりと、でも確実に空いてしまった。人間の皮なんか、空腹の前では邪魔でしかなかった。お腹が空いた。好意が、愛が、欲しくて欲しくて頭がおかしくなりそうだった。視界は真っ暗になって、目の前の人間がどんな顔をしているのかもわからなかった。ただご飯を食べさせて欲しかった。私は大きな大きな怪獣だった時と同じように、ただその人間を脅してご飯を出させた。

視界が元に戻った時、私は自分のしたことに気付いた。目の前にいた人間の苦しそうな顔を見たくなかった。気のせいじゃないかって、私が罪の意識から彼の表情が苦しそうに見えるだけだって思い込もうとしてみた。けどダメだった。いつの間にやら随分人間らしくなっていたらしい。私はもう同じ目線で同じ言葉で、目の前の人間と会話ができるようになってしまっていたから、怪獣として振る舞うことなんて出来なかった。彼もずいぶん深い傷が付いて、血は止まらなかった。私にはもう、どうすることも出来なかった。

目の前にいた人間は、私の元にいても血は止まらないからと、私に別れを告げた。なにも不思議じゃない、正しい判断だ。ひとりぼっちになった私は前みたいに大きな大きな怪獣に戻ろうと思った。思考なんて言葉なんて感情なんてぜんぶ捨てて、ただ空腹だけを覚える怪獣だったころに戻りたかった。そんなものは全部涙にして私の中から出して身体を大きくしようとしてみたけど、胸の中のキラキラした感情だけがどうしても突き刺さって大きくなれなかった。

今は、いつか彼が傷ついた身体を治して戻ってきて私とまた二人で暮らしてはくれないかなんてぼんやりと思っている。私が食事をもらってたみたいに、私も彼に食事をあげられるようになっていたから。彼もお腹をすかして会いに来てくれるかな、なんて。家の中に入れるくらいに小さくなった身体で、窓の外を眺める。帰ってきたら、大きな声で私を呼んで。大事な大事な胸の中の宝石は取り出して苺の絵で飾られた宝石箱にしまっておくね。それまでは少しだけおやすみなさい。大好きだよ。良い夢を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?