見出し画像

パンズ・ラビリンスの2重構造

(少しネタバレ注意)

 プーチンが専制的な牙を剝いてウクライナへの侵略をおこなった今、この「パンズ・ラビリンス」というファンタジー映画を思いだして、戦争と血、専制と抑圧のクビキについて考えさせられました。

 「パンズ・ラビリンス」は、ギレルモ・デル・トロ監督の現実とファンタジーの2つの世界を行き来して、2本の線が織り成す美しくも残酷な物語です。舞台は、1944年のスペイン内戦さなかのファシズムと暗黒の時代、重要な登場人物のひとりセルジ・ロペス大尉は特に残虐な軍人として描かれる。戦闘では、人がドス黒い血を流して次々と死んでいくし、見ているほうにも「痛み」を感じさせるリアリティのある映像の凄味は、見続けるのがつらくなるほどです。一方、恐ろしい姿の牧神パンが主人公の少女オフェリアに理解不能な試練を与え、説明のつかない感情を沸き立たせるファンタジー世界が並行進行します。映像の奇怪な世界に、感情がついていきません。どちらにせよ、エネルギーを吸い取られるような映画ですから、覚悟して見る必要があるでしょう。

 この映画、2007年ごろ?に映画館で見たのが初見でしたが、とにかく映像の「強さ」で、ただただ恐ろしくて思うように消化できなかったのを覚えています。その後、もう一度ネットで見る機会があり。その時には少し落ち着いて私なりの「納得」というものがありました。

 現実世界では、オフェリアの新しい父親である大尉率いる軍(スペイン内戦の文脈から考えると、ファシズム陣営)と、ゲリラ(反ファシズムの人民戦線の残党)との激しい戦いが続きます。大尉の屋敷の中には隠れてゲリラを支援するものがいるし、オフェリアも家父長的で残虐な父親を嫌います。大尉の家に出入りするフェレイロ医師も、密かにゲリラ側を手助けしています。フェレイロの大尉に対する裏切りが発覚して詰め寄られ、こういって抵抗を示します。

なんの疑問も抱かずひたすら従うなんて心のない人間にしかできないことだ

大尉は、そう言って屋敷を去るフェレイロを背後から射殺する。これは、ファシズムに対する抵抗の言葉です。死の覚悟で抵抗を示したのです。

 ファンタジー世界のほうはというと、牧神パンがオフェリアに試練を与え、それを成し遂げれば地下の国のプリンセスとして認めると。牧神パンはオフェリアに強い口調で「質問しないと約束しただろう」といいます。ここにも、牧神パンの「言うなりにすればいいのだ」という圧力が存在するのです。そして、オフェリアは心の葛藤の中で、肝心なところで言いなりになることができない、「嫌だ」というのです。「なんの疑問も抱かずひたすら従うなんてできない」という、もう子どもではない少女の抵抗がついに貫かれます。

 リアリスティックな戦闘の恐ろしい世界、織り込まれる不可解なファンタジー世界、2つの世界で重ね合わせて描かれていく精神。それは、不当なもの、専制、抑圧、ファシズムに命をかけて抵抗する精神だと気づいたのでした。この視点で見なおしてみると、全体が一体となって「納得」できるのです。


パンズ・ラビリンス(字幕版)予告編 Youtube

パンズ・ラビリンス(字幕版) Gyao

Gyao で 2022年3月31日まで全編見られます。


Photo 
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/ed/Nymphenburg_Pan-Gruppe-1.jpg
Peter Simon Lamine, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?