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“映画”を待ちながら。

自粛生活中の5月初旬に制作した短編映画を、松竹株式会社が主催している【#リモート映画祭】にノミネートしたところを、110作品のノミネート作品の中から、イチ押し7作品の1作に選出された。

宣伝企画室・大高直人 推薦コメント
「緊急事態宣言の下で過ごした非日常は、いつか日常になってしまうかもしれない。誰かと一緒にご飯を食べたり、外へ出掛けたり。たった3分のこの作品に当たり前の日々が失われる可能性を重ねずにはいられませんでした。声を上手く用いた仕掛けにも注目です。」

ごく控えめに言ってとても嬉しかったので、誰にも頼まれてはいないですが、作品についての解説を記しておこうと思う。

<Story>
新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延から月日は流れ、202X年。
多くの人々が命を落とし、生き残った人々の心にも大きな傷となって残った。ある少年は学校にも行けず、家にこもり、“父”と母の帰りを待つ。

『Just Be Alive』(@umefilm/3分13秒)

https://youtu.be/QZ99mMpKtFM

↑素直な感想をいただけたら嬉しいです。

“そのとき”僕はこの世に存在していられるだろうか。

新型コロナウイルス感染が拡大し続けていた4月、僕のこの不安でいっぱいだった。

“そのとき”というのは、息子が僕に助けを求める、一つ一つの未来の瞬間。僕と同じような不安を抱えていた人たちが世界中にいっぱいいると思うし、この不安な気持ちを、暮らしの糧に残しておきたいと思ったのが本作を撮るきっかけだった。

“もしも”の世界で、彼はどうやって生きていくんだろう。

(ここからネタバレ)

万が一、僕が命を落としてしまったとしたら、彼が辛いことや、悲しいことがあったときに、抱きしめてあげることはできない。それでも、息子には強く生きて欲しい。『もし僕が命をおとしても、魂を何かに残すことができたら…』そんな発想から、『仮想現実の“父”と暮らす少年』という設定を思いついた。

外に出ずに撮れるもの。

自粛生活の中、撮れるものには限りがある。思いついたテーマをもとに、自宅の中で撮れるものは、家族と僕の部屋の中にあるものだけ。息子を想って生まれたアイディアだし、息子を撮ればいいか、と。芝居はできないけど、小さいころから僕がカメラを向けているので、僕がカメラを向けていても気にも留めず何気ない会話ができる。父の不在を表現するのだから、幸い僕自身が出る必要もない。

『フレームに写っていないものを現わせるか』『フレームの外側を感じさせられるか』が、僕の創作にとっては大きなテーマで、それをちゃんと実証してみようと思った。

撮りながら、考える。

撮る前に何かしらのシナリオがあったかというと、特に何もない状態だった。『仮想現実の“父”と暮らす少年』という設定だけをもとに、何ができるか考えた。

学校が休校の間、息子は毎日午前中だけ勉強する決まりにしていたので、とりあえずいつも通り勉強してもらった。近未来のお話にしたかったので、普段は鉛筆とノートを使っているが、eラーニングのサイトで勉強してみる。場所を僕の部屋にしたのは、少年の父が生前暮らしていた部屋が、そのまま残されていることにしたかったから。少年が父の持ち物や部屋をそのまま使っている、という設定は悪くないと思った。

できるだけ恣意的な芝居をさせず、短編映画を撮るとも言わず、ただ息子と接しながら“ついでにカメラを回すだけ”に徹した。時々勉強に飽きるとそのまま自由にさせて、父と子の会話をする。物語の中に大した事件を起こせるほど息子をコントロールできないので、映画としての驚きの作り方だけ考えた。種明かしの方法。

少年と話している父親が、実は実在しない。その種明かしをするために、「ママが帰ってくる」という結末を作った。この日は緊急事態宣言中ではあったが、奥さんは仕事に行かざるを得ず、実際にその日の息子は“母の帰りを待っている少年”だった。その事実をそのまま活かした。「ママいつ帰ってくるって言ってた?」「寂しくない?」と問いかけ息子の素直な言葉を待った。「今日熱なかった?」「いま2年生になったんだよね」と、あとあと種明かしをしたときに意味がわかる問いかけもしながら。

最後の「ママ帰ってきたよ」という声や、玄関の扉が開く音は、編集した後にiPhoneで録音した音声だ。

撮影素材を編集して、物語にする。

2時間ほど撮った素材を見直しながら、どう繋げば意味が生まれるのか考えた。家で勉強しながら母の帰りを待つ。その間、少年は“父”と他愛ない会話をする。編集して見ると、種明かしへの伏線が足りないと感じ、冒頭のスマホをいじるカットとだけ追加して撮影した。

端末をいじっているように見せるために、カメラを息子にもたせて、「レンズ指で触ってみて」と。何かが起動したように見せるため、iPhoneのライトを使って顔に光を当てた。

「もう慣れた」

寂しくないかという問いかけに、「もう慣れた」と平気を装う息子の言葉に、親としての希望と寂しさを感じられた。きっと逞しく生きてくれるだろうという希望、ただ生きていて欲しいという願い、決してそうなって欲しくない未来だけど、こうなってしまう可能性はゼロではないという悲しさと恐怖。

“いま”を象徴する言葉。

youtubeで各国代表の会見を聞きあさり、その音声をiPhoneで録音したデータを劇中に併せた。大人たちの言葉を、未来を担う子供たちはどう受け止めるのか。クソみたいな世の中を作ってしまったのは僕たち大人だと思うし、それでも子供達に希望を与えなくてはいけないのも僕たち大人の役目だと思う。

『Be kind.』


誰にでも使える道具で

映像を作ることが、今では誰にでもできることだと思われている。だからこそ、誰でも手に入って、少し練習すれば使える道具を使って制作した。

<使用した道具>

僕が使った機材やソフトは、少しお金を貯めれば誰でもamazonで買って使える。道具自体は誰でも扱えるからこそ、プロにしかできない、人間の営みを描いた作品が作れるようになりたい。

いつかきっと、僕の人生を豊かにしてくれた映画たちのような、映画を作りたい。日々の暮らしの中に、映画になりうるテーマが眠っている。映画が人と身近な芸術、芸事であってほしい。

暮らしの中にある、“映画”を待ちながら。

『Just Be Alive』(@umefilm/3分13秒)

https://youtu.be/QZ99mMpKtFM

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