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日記『隣の部屋の男』

外の世界がとっくに朝に飲み込まれた。
午前七時に隣の部屋のアラームが鳴る。
何か作業をしていれば大して気にならないボリュームだけど、私はその時間、必死に眠りにつこうとしていた。

夏を思い出にしていく秋口。
日中は暖かく、夜は冷える。
人目をはばからずスキップをして帰った深夜の住宅街は私の味方だったのに、行きと帰りでは気温差が出ることを見越した衣に身を包んだ正しい生活の人たちに、その浮かれた足跡は消されてしまっただろう。

今日泣いてた仲が良くも悪くもない女の子のこと。
次のライブのこと。
新曲のMVの構成。
出てほしい人にどうやって声をかけるか。
私を娘と呼んでくれる歳の離れた友達が明日手術だということ。
それに関連して、先月この世界からいなくなった歯医者の先生のことを思い出したり。
読んでいた本のキャラクター像をより鮮明にイメージしようとしたり、私の都合のいいルートを妄想する。
熱海行きたいな、と思って調べようとして、iPhoneはみちゃダメ。と自制したり。
夢でGANTZの世界に飛びたいから一生懸命GANTZのことを考えて「画像でもワンシーンでもみたほうが飛べるかな、昨日ワンピースの声優さんにかまいたちが言ってほしいセリフの動画観ただけでワンピースの世界いけたし。面白かったけど本当に声優さんは全員が全員、楽しいって思ってたのだろうか。表情が気になってきた」とまた、iPhoneみようとして自制。

眠ろうとすると以上のようにとんでもない思考に襲われる。
起きてる時は様々な景色や人が私の注意を引いてくれるからこの量の半分におさまっている気がする。
だから私はお薬に頼るのだが、またも予約を先延ばしにしてお薬が切れてしまった。
あー、起きたら絶対電話しないと、とまた今日も思っている。
銀行が土日入っちゃうからお金のこと色々やらないと、と金曜日に差し迫っていよいよ本気で思っている。

こんな時にアラームが鳴る。
もう慣れたけど、不眠が続くと滅入る。
特に隣の部屋のアラームが不快だ。
正確には隣の部屋の男が私にLINEを聞いてきた頃から不快だ。
引っ越して一年も経ってないくらいに話しかけられた。
「何か音楽やってるんですか?」
私は苦情がきても当然なくらいギターを普通に弾いてるので「あ、はい。すみません。うるさいですよね」と答えた。
「いや、全然。お互い様です」と男は笑った。
そうなのだ。
本当にお互い様なのだ。
この男、信じられないくらいずっと歌っている。
香水のサビが永遠にループされた時は気が狂うかと思った。
怒鳴り声もえぐいのでキレ始めたら、舐達磨の『BUDS MONTAGE』を爆音で流すことにしている。
絶対この曲にしている。
いつか「あれ?毎回この曲聴こえてくるな..」となってほしいという目論見がある。
なので私の「すみません」は心のこもっていない謝罪だ。何か言ってきたら即言い返す準備ができていたので「お互い様」という言葉に安心した。

何個か会話をしてLINEを聞かれた。
男は女性と暮らしている。
週に2、3は発している怒鳴り声は喧嘩、というか男が一方的にキレている。
ひどい時はDVしてるのかめちゃくちゃ物がぶつかる音がする。
率直に気持ちが悪いし、断ってドアを閉めた後、そんな奴が隣にいるかと思うと少しの恐怖感が湧いた。
そして、騒音の後ろめたさとご近所さんとは面識があるほうが困った時に助けになる、というどこかで聞いた処世術の元、愛想よく接した自分を責めた。

なのでこの男のアラームに限って嫌になる。
このような人間ですら正常に朝起きて夜眠っているのに、私は眠ることすらろくにできない。
私が異常を感じた人間は外では正常に稼働している。
私の方が異常だとアラームに報される。
しかも全然起きない。
めちゃくちゃ壁を蹴ったこともある。
この時、異常なのは側から見て私の方だ。

一度、近くの駐車場の車から今日と同じような早朝に変な音が鳴っていて「午前二時(体感)くらいから音が鳴っている」と警察に電話したことがある。
結果警察とその持ち主が揉めて声でうるさかったのでもう警察には電話しない。

なのでピンポンダッシュしにいこうとして立ち上がった時にアラームが止んだ。
私はどうにかこの世界で異常側にならずに済んだ。
ベッドにもぐりこんで、ピンポン鳴らしたのが私だとバレた時、下手すると退去まであり得たと思うと非常に面倒になるところだったとゾッとした。
その時いくら大家にLINEの流れを説明したところで脈絡がなく、さらに異常度を増すだけだ。
しかも女性と同棲しているのに隣人の女に声をかけるようなせこさを持っている男なので、なかったことにされかねない。
私は「妄想の激しい異常者」となってしまう。
あぶねえ。
ドアに手書きの怪文貼ってるし、結局騒音で苦情きてるし、警察に鍵開けられて救急搬送されてるし、一発退去は全然あり得る。

最近仲良くなった人が「泥酔したときはとんでもない人と化しますけどしらふだと至極真っ当な面の方が大きいと思いますが」と言ってくれた。
間違いない。
間違いないが私はHPを消耗しながら素面でギリギリのラインを歩いている。
常識やその場の空気の正解すら分かるのでベストなやり方ですり抜けられるバージョンと目先の欲をとって「やべえ!」となって補填してく捕まってないだけの犯罪者のバージョンを併せ持っているため、いつあっち側に落ちるか分からない。
正確には裁かれるか、なのかもしれない。

めんどくさい。
毎週日曜日、好きな人と世界でふたりぼっちになりたい。

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