見出し画像

STAY HOME! 僕は39年生きてはじめてバクについて考える。妖精MOAIのレター9

2020年4月27日曇り。雨が降りそうな空模様。

僕は39年生きてきて、はじめてバクについて考えている。夢を食べるバクだ。バクについて考えるきっかけは、娘のお漏らしだった。

4歳の娘がお漏らしをした。これで3日連続だ。寝るときはオムツを履かせているので、片付けの手間はない。でも、本人は自分への悔しさか、はたまた悲しみなのかはかりしれないが、泣きながらシャワーを浴びている。

妖精のMOAIはどんな夢をみたの、と尋ねている。お漏らしした娘は怖い夢をみた、と答える。でもどんなだったか覚えてない。でも怖かったんだよ。だってさぁ、カヤちゃんが歩いてたらさぁ、なんか、落ちてきたんだもん。MOAIはそっか、落ちてきたんだ、と親密な微笑みを浮かべ、怖かったよねー、と父親のようなゆったりした話し方で接する。それから手を伸ばし、ゴワゴワした手で、みずみずしい娘の頬についた涙を払った。おねしょの娘はうん、とうなずき、シャワーの蛇口を両手で回して止めた。娘は泣き止んだ。

長女がシャワーを浴びた妹を、タオルで手際良く包み込むと、もう漏らさないでよね。カヤちゃん寝る前にトイレいかないからだよー、と母親とそっくりな言い方をする。

ミノムシみたいな姿の妹は不満気に、カヤちゃんは行ったんだよ。寝る前に。でもなんでか漏れちゃったんだよー、と姉に抗議する。MOAIはそうだよね、怖かったから仕方ないね。落ちてきたんだもんね、と娘に同調する。

新しいパンツを、花束をプレゼントするみたいに娘に両手で差し出して話をしたのがバクの話だった。それで僕は39年目にしてバクについて考えるようになった。

怖い夢や忘れたい夢があればバクに三度、夢を食べてください、と願えば食べてくれるよ、とMOAIが娘に説明している。そしたらもう見ないの?とすがるようにお漏らし娘は不安げな声をだす。ああ、大丈夫。だから声に出して、三回、怖い夢を食べてください、と唱えればいい。娘は真面目に唱え祈る。「こわい夢を食べてくだしゃい……」。

バクは夢を食べる。この夢とは、僕は海賊王になる!とか、諦めたらそこで終了だよ、と言われて全中バスケの試合に臨むという夢のことではない。眠ってるとみる夢のことだ。どうやってバクが夢を食べるのかはわからない。中国人のつくった創作の生き物だ……と思う。

僕はバクについて考える。バクは夢を食べる。人が夜な夜な吐き出す夢をむさぼる。それは僕に煙突を思い起こさせる。もくもくと煙を吐き出す煙突だ。煙は終わりなく吐き出され続ける。バクはそれを喜んで食べ続ける。リンゴとか、パイナップルとかそんなのには目もくれない。これがいいんだ、というようにバクは鼻を起用に使いながら煙をつかみ取ると、綿あめをちぎるように口の中へ放り込む。顎を左右に揺らし咀嚼してゲップを吐き出す。

画像1

煙突から出る煙を生み出すものは、僕らが出したゴミだ。卵の殻とか鯛の骨とか、賞味期限の切れた大葉とかだ。きゅうりのヘタである場合だって考えられる。ちょっといい暮らしをしてる人から運ばれてくるゴミはもっと豪勢だ。瓶の内側についたピスタチオバターとか、底にわずかに残った無添加ドレッシングであったり、無農薬で育てられたトマトのヘタとかだ。そんな時、バクは特別活動的になる。パクッ。パクッ。パクパク。ゲッフ……。

バクが煙を食べ続けるのは本能に近かった。最初はなぜ、そうするのかを議論した気もする。時には反発して食べなかったこともあった。でも今では時が流れすぎた。なぜ食べるかなんて記憶に残っていない。ただ事実として、煙は美味しい。――他の物を食べたことがないので本当は比較できない。食べるに困らない。ここにいれば安心だ。多くのバクはそういう考えを持っていた。そしてそれはいまでは一つの共通文化でもあった。バクは煙を食べ続けていた。パクッ。パクパク。パクパク。ゲッフ。

でも、時折バクは唐突に倒れる。ポットパイのように膨らんだお腹を抱え、その場でバタッと倒れて気を失う。あっちで倒れ、こっちで倒れ、向こうで倒れる。アマゾンの森林が乱伐されるようにバタッ、バタッ、バタッと。

そんな中でも踏ん張るがバクがいる。最後まで粘るバクがいる。煙を逃さないように、ほかのバクが目を覚ますまで一人になっても食べ続ける。限界は超えている。ポットパイも破裂しそうだ。意識だって時々遠のく。いくつかの煙は自分の目の前から逃れている。すべてを一人で賄うことなんてできやしない。一匹の息を吹き返したバクがその姿をみて、もうやめな、ととめる。永遠に終わらないんだから、適度に休んだほうがいい、と。なだめようとする。でもそのバクはそれでも食べ続ける。パク、パク、ゲッフ。パク、ゲッフ。

突然、空を横切る旅客機が現れる。ゴー、ゴーとすさまじい音を立てながら北から南へ飛んでいく。旅客機はとてつもない速さで過ぎ去る。気流のせいで煙や雲が巨大な竜巻みたいな渦になって、しばらく回転していたかと思うと静かに止む。

画像2

倒れていたバクたちは徐々に意識を取り戻し、体を動かし始める。鉛のようにぐったりとした体を起こし、鼻で煙を巻き取り、口を左右に動かす。意識なんていらない。もう何年も続けている。眠っていたってできる。鼻で巻き取る。口を左右に動かす。ゲフッ。鼻で、そして口に。ゲフッ。目を閉じていても問題ない。何年も続けているから。

でもそこに最後まで食べ続けたバクの姿はどこにもなかった。大勢のバクは何事もなかったように、また煙を食べ始める。あのバクはどこに行ったのかなんて考えもしない。食べるのを止めた1匹のバクをのぞいて。あのバクはどこにいったんだろう。

僕は考える。それからああ、と思う。バクは気が付いたんだ、と。僕は安堵する。少し豪勢なゴミでも所詮ゴミの煙じゃないか。そんな煙ばかり食べていたら体がもたない。ずっとそこに留まっていたって自分を傷つけるだけだ。僕は笑いがこみあげてくる。ああ、いまごろどんな煙を食べてるのかな。

「怖い夢を食べてくだしゃい」と4歳の娘がSiriにお願いする。

それはできません、とSiriは答える。

「怖い夢を食べてくだしゃい」

それはできません。

「怖い夢を食べてくだしゃい」

それはできません。

僕はその様子を視界に入れながら、パソコンでnoteにタイプする。


あのバクは、きっと時には楽しい夢やポットパイがよじれるほど笑えるような夢に、悲しくてやりきれない夢を食べてるだろうな。

僕は娘に言う。時々は楽しい夢をみて、バクに食べさせてね、と、父親らしくゆっくりと。

娘は携帯を僕に返して、なんで?と聞いてくる。娘を膝の上にのせて、僕はバクについて話をする。バクっていうのはね。怖い夢を本当は食べたくないんだよ……。

今日は午後から雨だ。家にいよう。ステイホーム!

※4月27日は世界中でバクの保護を呼びかける「世界バクの日」。




 







よろしくお願いします!