トラウマ

実は私は、海外で暮らしていた期間がありました。こうめちゃんが二歳ちょっとの時から四歳ちょっとまで、2年間、日本にいなかったのです。
夏休みとか冬休みには帰るようにしていましたが、こうめちゃんに会えたのはその期間だけ。
あとはLINEのビデオ通話をしていましたが、二歳ちょっとのこうめちゃんには難しかったのであります。
 
さて、時は流れて、私が日本に帰ってきてから一年ちょっと経ちました。こうめちゃんが五歳の時の話です。
 
私は珍しく長期出張があったので、久しぶりに大きなスーツケースを出してきました。海外に行くたびに使っていたものです。それが部屋に置いてあった時に、こうめちゃんがお泊まりに来たのです。

私のスーツケースを見た瞬間に、こうめちゃんは今にも泣き出しそうな顔になり、私にしがみついてきて、こう言いました。
 
「Umeちゃん、もうアメリカに行っちゃやだ!!!」
 
実はこうめちゃん、ものすごく物分かりの良い子で、滅多にわがままな事を言いません。私は、スーパーとかで大騒ぎして欲しかったのに、そんな事は一度もなく・・・。とにかく、こんな事を言うこうめちゃんは珍しかったのです。
 
そうしてようやっと愚かな私は悟ったのです。
 
こうめちゃんは、私のことが大好きです。遊びに来るといつも引っ付いているくらいに大好きです。でも、多分、小さな子どもにとっては、大好きだからだけではないのです。
 
保育園に行っていたにしても、こうめちゃんが小さいうちは世界は限られています。少しずつ世界を広げていくのが成長というのだと思うのですが、つまり、安心できるこうめちゃんの小さな世界を形成している「うめちゃん」という一人の構成要員の占める割合が大きいという事です。それが欠けるというのは、大人には想像できないくらい大きな意味があるのです。
 
小さい子どもにとって大好きな誰かに会えないと言うのは、トラウマになるくらい大きなことだったのです。子どもの頃のトラウマが残りやすいのは、こういう事なのだと、やっと分かりました。
 
思い返せば、海外に旅立つ直前に必ずこうめちゃんに会っていました。あんなに小さかったのに、「家に置かれていたスーツケース」と「私がいなくなる」という事が、どこかで繋がっていたんですね。それにも、本当に驚きました。
 
「Umeちゃんは、アメリカに行くんじゃないんだよ。大丈夫」
 
何度も何度もそう言ったのですが、その日、こうめちゃんは一度も私から離れませんでした。