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あらためて、電子書籍をつくること 〜東京トイボックスシリーズデジタルリマスター版配信に寄せて〜

先日、東京トイボックスシリーズのデジタルリマスター版を出版した。

国内ほとんどの電子書籍サイトで読むことができるようになっている(はずだ)。ただ同じものを版元を変えて出しただけでなく、文字通り「リマスター」した。そのなかで、あれこれ気づいたこともあったので、まとめてみた。

1 製版データは売っている?

A社で出したマンガの単行本をB社から新装版などで出し直す場合、よく製版データを有償で提供する、ということが行われる。たいていはAdobeのDTPソフトであるInDesignのデータであることが多い。ゼロから製版データを作るのは手間なので、使い回したい、という現実的な側面のほか、元々出していた出版社に対して、筋を通す、というこの業界独特の空気もあるように感じる。
価格は、聞いたことのある範囲では、単行本1冊あたり5〜10万円程度。いわゆる言い値らしい。極端な例で、1冊5000円なんて話もあった。

『東京トイボックス』シリーズの出版契約を解除した。
これを機に『東京トイボックス』全2巻、『大東京トイボックス』全10巻の配信代行サービスを通じて、電子書籍を出し直そうと考え、幻冬舎コミックスに製版データの提供をお願いした。もちろん有償でのお願いである。InDesignのデータがあれば、そこから電子書籍用に形式を変えて、データを出力するだけで済む。
トイボに関しては、そこそこ出版社の利益も出せたはずだし、5000円はともかく、それなりに現実的なお値段を出してくれるんじゃないかなー、と淡い期待もしていたところ、こんな回答が来た。

「弊社では、個人法人を問わず、製版データは一切提供しておりません」

……なるほど。
以前、他社から大トイボのコンビニ版の話が来たとき、製版データ提供の価格面で折り合いが合わなくて、お流れになった、と担当編集さんには聞かされていたのだけど、まあいい。
……まあいい、という他ない。
きっと、あちらにもいろんな事情があるのだろう。

2 美しい電子書籍を作る

こんな場合、真っ先に思いつくのが、紙の単行本をスキャンして、電子書籍のデータにする手である。背表紙を断裁して、専用のスキャナで読む。最近のスキャナは優秀で、そこそこキレイ、ではある。ただやはり線は劣化していて、廉価版という印象は拭えない。原稿が散逸しているとか、紙の原稿用紙に描いていた時代のものなら出ているだけでありがたい、ということにもなるけれど、トイボシリーズに関しては、デジタルのマスター原稿が残っている。できれば避けたい。
そんな経緯を相談したところ、配信代行サービスのナンバーナインのKさんは言った。

「これはもう……ゼロから作るしかないんじゃないですかね?」

だよねー。
ハードディクスから生の原稿データを探して、台割つくって、面付けして、単行本時に直した差分をチェックして、セリフを全部打ち直して、記事ページ作り直して、校正して……ウルトラめんどくさいけど、それしかないよね。
というわけで、ナンバーナインの電書制作チームの尽力により完成したのが、今回のデジタルリマスター版である。

実は、作り直してとても良かったと思っている。それは単純にクオリティが高いからだ。
たとえばこんな感じである。

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左が今回発売されたデジタルリマスター版。右が旧版である。
拡大してみる。

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違いがおわかりになるだろうか。
左のデジタルリマスター版の方が、線がくっきりしている。また右の旧版では飛んでしまっていた髪や額、鼻の影もはっきりと見える。首の部分の影線もそれぞれ個別の線に見える。データの縦横のピクセル数はもちろん同じだ。
これはなにも、幻冬舎コミックスが低品質な電子書籍を作っている、ということではない。出版社主導で、電子書籍を作る際、工程上、仕方がない部分なのだ。
というのも、電子書籍は、上に書いた"製版データ"から作るからである。

製版データというのは、とても解像度が高い。だったら、より高精細な電子書籍になりそうなものだけれど、そうはいかない。あくまで紙に印刷するために最適化されているデータなのだ。手元にマンガの単行本があれば見てほしい。一見、グレーに見えるところでもよく見ると、小さな点になっているはずだ。いわゆる網点と呼ばれるものである。マンガの製版データというのは、黒一色のインクで、グレーを黒の点の大きさで再現している。つまり、紙の本を美しく仕上げるため最適化されているのだ。この辺りの工程に関しては、ウチも参加しているこちらの本が詳しいので、興味のある方は読んで欲しい。

このデータを電子書籍にする場合、どうするかというと、基本的には、この製版データを縮小をする。しかし、ただ縮小をしてしまうと、網点部分にモアレと呼ばれるノイズが出てしまう。そこで網点部分にボカす処理をして、ノイズが目立たないように調整をしている。その副作用として、線が寝ぼけたり、グレーが飛んでしまったりしているのだ。

3 デジタル→デジタルという新しい試み

そもそもマンガは、紙にペンで描かれていた。それを紙の本にして、大量生産するために、現在の製版データを作るのがベストだった。その後、PCでマンガを描くデジタル作画と呼ばれる手法があらわれる。とはいえ、紙の本にするというアウトプットは変わらない。そこでデジタルデータをアナログに変換するためにいろいろな技術が生まれた。
しかし次に電子書籍というアウトプットが出てきた。当然、事実上のマスターデータである単行本の製版データから電子書籍のデータを作った。すると奇妙な現象が起きてしまった。以下のような変換である。

デジタル → アナログ → デジタル 

つまり、せっかくデジタルで製作したデータであっても、いったんアナログに最適化された上で、再度、わざわざ電子書籍というデジタルに変換されているのだ。それが上に例示した寝ぼけた線を生んでしまっている。

そこで今回のデジタルリマスター版である。
間のアナログに最適化する工程を省いて、グレースケールの原稿データから、直接、RGBの電子書籍用のデータを作成している。そのため同じサイズでありながら、高精細な電子書籍を作ることができたのだ。要はこのような流れである。

デジタル → デジタル

ごく当たり前の流れだと思うけれど、出版の世界では、実はこれは新しい流れだ。
その影響はカラーページにも出ている。雑誌掲載時にカラーだったページがカラーのまま収録されるのはもちろん、表紙も原稿データから作り直した。

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右が、ずいぶん黄ばんでいるように見えるが、これは購入して時間が経った単行本の表紙ではない。つい先日まで販売されていた旧版の電子書籍の表紙のキャプチャである。指定で入れた薄い黄色が、旧版では紙本よりかなり濃く出てしまっていたので、これを今回クリアにした。

そうして、完成したのが、こちらである。

なお、紙の単行本では収録されていたものの、旧版の電子書籍では載せることが叶わなかった作者コメント、ゲームパッケージなどもデジタルリマスター版では、収録した他、各巻の巻末には、各話ごとに抜き出した連載時の未公開ネームも収録した。

4 電子書籍のデータで、紙の本が作れるか

なお今回、電子書籍用のマスターデータを作り終わってから、気づいた。このデータを紙の本向けの製版データにすることは、できそうじゃない? セリフは全部テキストで入ってるし、ノンブルも入ってる。
再びナンバーナインの制作チームに問い合わせてみた。

「できますよ!」

力強い(笑)
幻冬舎コミックスとの出版契約の解除は、電子書籍だけでなく、当然、紙の単行本の出版契約も含んでいる。東京トイボックスシリーズの紙本の出版に興味ある出版社、もしくはそれ以外の業種の方、価格面、条件面など、柔軟に対応するので、株式会社ナンバーナイン、もしくは、うめまでご連絡ください。

ーーーーー追 記(2020/1/6)ーーーーー
何件かご指摘いただいた「月山」のルビの件ですが、最終的に納品したバージョンでは、こちらの記事にある「つきしま」ではなく、正しい「つきやま」になっております。安心してご購入ください。

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