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市川春子作品集「虫と歌」の話をさせてください



タイトルの通りです。



ウメダ(UME/ダ)と申します。こんにちは。

先程、市川春子作品集「虫と歌」を読み終わりまして。

最高でした。



先ずなにより驚いたのが、まさか市川春子先生の作品で、こんなにボロ泣きすることがあるのかと。この方はこんなにストレートな表現も描かれるのか、と。


「市川春子の作品」といえば、世界観、台詞回し、描写、全てが独特で美しく、そしてその多くは難解な印象を受けます。


頭がパッパラパーの私が一噛みしたくらいでは「なんだかよく分からなかった」という感想しか出てこない。

でも心には、強烈な何かが残る。

それがなんなのか知る為に繰り返し読み、他の方の感想等も読み、

すると少しずつ全容が見えてくる。


「そういうことか!」と理解出来た時の達成感は凄まじい。

そして余韻を楽しむ…というような流れになるのです。



ところがこの「虫と歌」にはとんでもねえ短編が紛れていた。



「日下兄弟」。


舞台は地球。とある高校の、野球試合のシーンから始まる。主人公の「日下(くさか)雪輝」は、試合中に右肩を壊してしまう。周りが勧める中手術を拒む日下。こっそりと寮を抜け出して自宅に帰った彼は、そこで意思を持った「タンスのネジあて」と出会うが…。

というあらすじです。


読み返していて気付いたのが、最初の台詞で彼が天文学に興味を持っていることが分かりますね。「星がよく見える夜になりそうだ」と。

それから2ページ目の一コマ目も、野球部が着ているインナーに入ってがちなストライプ模様に見えますが、これ骨ですね。

背景も真っ黒、あからさまに不穏な雰囲気。「この人骨折するのでは?」と思っていたら早速次のページで骨折したのでウケました(ウケるな)


全てのコマが複数の意味を持っている。それが本当に細かくて、先述したように1度読んだくらいでは要素を拾いきれないんですよね。



そして、彼が偶然出会った「タンスのネジあて」は日に日に成長していき、人間の少女のような姿にまで変容する。

日下はそれを「陽向(ヒナ)」と名付け、育てることに。

目に付いたものを片っ端から手に取るヒナに、「振り回すならこれにしろ」とクレヨンを与え、ひらがなを教える。

物凄い速度で言葉を覚え、炊事や洗濯、庭の水撒きをもこなすヒナ。思わず日下は声をかける。


「そんなに働かなくていい」「なんか好きなこと」「本はどうした 好きじゃないのか?読むのないのか?」

「よむの ない」


2人は図書館へ。

勉強熱心なヒナは、読みすぎてショートしてしまう。

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(ショートするヒナ。可愛い)


その後も一緒に野球をしたり、朝ごはんを食べたりと穏やかな生活が続く。

とある日、いつものように図書館へ訪れるヒナと日下。そこで野球選手としての彼のファンに話しかけられ、腕の心配をされる。その会話を聞いていたヒナ。


「うで」「うで?大丈夫?」

「ああきいてたのか 右の肩の……部品がどっかいった」「ぶひん」

「使いすぎで軟膏がなくなっちまって、うでが上手く動かない」


「手術すればいいんだけどな…」

再び、本を読むヒナの描写。


ここで、日下の過去が明らかになります。

日下が産まれた当時、母親は捨てられ、死に、1人になったところを叔母に引き取られたという。

日下は両親を亡くしていました。そして叔母のこともあまり良く思っていない。小学生の頃野球チームに入れてくれたが、腕も壊れたし、義理は果たした…

夕食の食器を持つ右手が震える。

「青い」「くさってきたのか」

日下の肩はもう限界だった。「うで 大丈夫?」と心配されても「おまえの手くらいひける」と返す日下。しかしヒナの頭を撫でるその右手は震えている…

ここのコマが切なくて堪らない。影の付け方だけでこれほどの空気感を出すか…。市川春子…。



そして、ついにヒナの正体が判明します。


「肩 治しませんか?」


「あとひとつだけ ユキテルの願い叶えます

ヒナ 流れ星でした」


…流れ星だったのです。流れ星とは、彗星のクズ。彗星はオールトの雲からやってきます。途中でこの星に落ちたヒナは採掘され、加工され、タンスのネジあてにされてしまった。

でも窮屈だったヒナを、日下が何気なくタンスを開け、出してくれた。


ヒナが一生懸命言葉を覚えたのも、図書館でたくさん本を読んだのも、全て日下の肩を治すためだったのです。

本編ではヒナが図書館で本を読む描写が何度かありますが、「スポーツ」「医学」は治すのに必要な知識を身につけるためでしょう。

「宇宙・科学」は自身が星だから…?

142pのコマはおそらく「宗教」でしょうか。ここから先はヒナがテレパシー(?)で話すようになっているので、それを会得するために…?


しかし、


「肩はいい 10年かかって壊した」


「壊した」。

日下はわざと自分の肩を壊したのです。

両親を亡くしひとりになった日下は、

叔母や周りの大人に逆らえば、またひとりになるんじゃないかという思いから、逆らうことができなかった。

「幸福とはこういうもの」「正しい道はこっちだ」という大人の敷いたレールに沿うことしかできなかった。怖くて迷うことすらできなかった。

でも壊れてしまえば自由になる。最初からやり直せると思ったのです。


日下は提案を拒み、ヒナの手を取ろうとしましたが

ヒナは弾けてバラバラになり、「タンスのネジあて」が日下の右肩に入り込みました。

ヒナが最期に伝言を残すシーン。

「家族として部品としてヒナはずっと一緒です ユキテルの中にとけて」
「言葉をなくしてしまう私のこと忘れても 永遠に」
「お兄ちゃんのこと    すきよ」


はああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いや、もう、こんなに大きな「愛」ある?せつねえ。せつねえですわ。


この後、結局日下は野球部を退部するんですが、

(叔母に天文学がやりたいと言ったら「早く言え」と怒られた なんか恥ずかしかった)

とあります。日下はまた捨てられるかもしれないと怯えて意思表示をしなかったけど、叔母は自由にやりたいことをやってほしかったんですね。


この「野球」という要素がね、夏の爽やかさというか、青春の空気を感じさせるわけですよ。茹だるような暑さではなく、7月初旬の。よく見たら設定上は9月だったけど。

あと野球部同士のしょうもない会話も大変良い。

やっぱり夏っていいですね。



…結局何が言いたかったのか忘れてしまいましたが、結構な長話になってしまったのでこの辺で。

その他収録されていた話については、また明日書きたいと思います。


まだお読みになってない方は是非とも!!読んで下さい。

また明日。

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