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除夜の鐘

おばあちゃんと一度だけ除夜の鐘をつきに行ったことがある。

私が、中学3年生の受験生の時だ。

除夜の鐘は、煩悩を取り払うためにつく大晦日から新年にかけての行事だが、

『苦しい時の神頼み』『合格祈願』など、
まさに煩悩丸出しの中学生だった。

家の近くの寺院から、
除夜の鐘の音が聞こえ始めると、

私はおばあちゃんを急かせながら、
家を飛び出した。

「おばあちゃん、早く行かないと除夜の鐘、終わっちゃうよ!」

普段は、信仰深くない私も、この時ばかりは寺院に急いだ。

今年の除夜の鐘がつけなかったら、受験もうまくいかない気がしたからだ。

まさに、ゲン担ぎである。


寺院に着くと、除夜の鐘の下には、鐘をつく人達の列が出来ていた。

キンと冷え切った大晦日の夜。

おばあちゃんと一緒に、
ドキドキしながら順番を待ち、
鐘をつく順番が来た時には、ホッとした。

これで、受験もうまくいく気がしてきた。


帰り道、「ゴーーーン」という除夜の鐘の響きをききながら、

これで、良い年を迎えられると思い、緊張が緩んだ瞬間、


「ゴーーーン!」

額の激痛と共に、目から星が飛び出した。


私は、目の前の電信柱に気がつかず、思いっきり激突したのだ。


ぶつかってから、電信柱に気づかなかった自分にもびっくりである。


「新年早々、最悪だ! もうダメだ!受験もうまくいかないかも」と

ゲン担ぎに敗れた思いと痛みで、涙が出てきた。

しゃがみこんだまま動けない私の後ろから、
おばあちゃんの大きな笑い声。


そして、一声、大きな声で

「大当たり〜〜〜」


おばあちゃんの笑い声 と、
「大当たり」の一声は、
私の痛みと不安を一気にかき消し、

急にこの激突が、本当に大当たりで、

神様から、「今年はいい年になるよ。」と言われている気がして、

私は立ち上がり、大きなたんこぶをお土産に、
おばあちゃんと笑いながら家に帰った。

私もかなり単純である。

でも、一瞬にして不安を希望に変え、
人を勇気づける力がおばあちゃんにはあったのは事実だ。

そして、頭をぶつけた時に、星がチカチカするとか、火花が散るというのは、
漫画の中の表現だけでないということも、中学3年生の時に知ったもう一つの事実である。

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