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東京〜大阪 はじめての自転車旅7(草津)

3/23 午前6時 滋賀県草津市
いよいよ最後の日を迎える
昨日雨に降られての峠越えさらに100km超えの行程も
ここでストップしたのは訳がある
それは僕の2冊目の著書"笑顔の花飾り"でお世話になった
繁男さんに会いたかったから

その日が...
取材に訪れた日は快晴の夏の日だった
”青花”は滋賀県草津で栽培されるツユクサの一種で友禅染の下絵を描くための染料に使われるために古くから栽培されている
もう10年も前になる
取材した際に栽培に従事されている方が5~6軒と聞き
「あと10年もしたら絶えてしまうかもな...」
とポツリと出た繁男さんの声がまだ耳の奥に残っている
気がつけばあっという間に10年が経ち
やっと再会の日が来たと心を弾ませていた僕は昨日草津に着く前に
残念な知らせと直面した
「昨年の夏に...」
もっと早く来れたら良かった
もっと話を聞いておけば良かった
もっと作業もみたかった
もっと もっと...
ただその知らせを聞いた電話口で何を伝えたら良いのか分からなくなり
「突然の連絡すみませんでした、ではまた改めて」と
自分でも分からないことが口から出てしまいそのまま電話を切ることになったことを一晩中後悔していた
こんなことで良いのか?自分の旅ってなんだったんだ?
日本の花をめぐるって取材すればそれで終わりなのか?
夜があけ宿を出る
わずかな記憶と共に畑があった方に自転車を走らせていた

記憶は時を一瞬にして
以前使用していたpcが昨年クラッシュしてしまいデータが一部取り出せないままで
ただ記憶をたよりに走る
取材時は案内してもらい来たので目の前の景色も懐かしいような初めてのような
朝日の眩しい畑の中を走り抜け家の対並ぶエリアに入る
覚えているのは玄関先と納屋のある景色
まだ朝早く静かな脇道に入った時一人の男性を見かけたので声をかけてみた
「繁男さんの...」言い終わる前に僕を指さす
なんのことか一瞬驚いたけど振り返ったところにあの懐かしい景色が
「そこ」「あっありがとうございます!」
ゾクゾクするような感覚 記憶を一瞬にして引き戻されるような感覚
それでも昨日電話で伺う約束もしていないし早朝だし
どうしたらいいか分からずしばらくそこにつったてしまった
オロオロしていると向こうに人影が
ここは意を決して「おはようございます大谷と申します朝早くに申し訳ありません」声をかけた
あっ!といった表情昨日の連絡したことが伝わっているんだなって感じた
再び姿を見せてくれた時「どうぞ上がってください」と迎え入れてくれた
10年前ここに来たんだなぁ
なんて話し始めたら良いのだろう?
いろんなことがぐるぐるして胸?喉の奥がぐってなる感じ
ただ通された部屋に立ったまま壁にかかった額のことばを心の中で繰り返した

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学ぶのに年をとり過ぎたという事はない
いろんな想いが込み上がってくる
朝の忙しい時間に昨日電話で話させていただいた息子さんが挨拶に出てきてくれた
「まぁおかけください」「朝早く急にすみませんやはりご挨拶を」
何を言ったかはよく覚えていないけどそんな感じだったと
取材当時は息子さんは同席されて異t¥なかったため初めてお会いするけど
面影を重ねてしまう
お悔やみを伝えると共にその時の話そして青花の現状を聞かせていただいた
「ハウス行きますか?」繁男さんに会える気がした
「だいぶ少なくなってしまったんだけどね」
納屋の奥のハウスの中には今年植え付けるための
青花が芽を出したポット苗が並んでいた

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取材の帰り際に聞いた「あと10年もしたら作る人いなくなってしまうかも」
って言葉が思い出され
そんな話があったことを伝えると
「その日が来てしまったってことですね」
「今年はもう染料としての栽培は一軒も...」
続けていくためには使用する人がいなくてはならない
でも科学染料に取って変わってしまったいま無責任に残念がることもできない

それでも草津青花紙製造技術保存会が保存継承に尽力していることを知り
微力ながら協力させていただくことにした

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それはたからもの
自分の土地の誇れる伝統
身近過ぎて見失ってしまうことが多いけれど
みなさんももう一度見回してみてください
そこにはかけがえのない伝統がありそのそばには草花が育ち
そこで暮らしている人がいるってことを

会いたい笑顔には会えなかったけれど
「写真飾ってますよ」
見ながらあの日のこと思い出してくれていたのかな?
「これからも応援します
また炎天下の畑で汗拭きながら会いましょうね」

再訪を誓って先へと進み始めた

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