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車窓の内側の世界から

みんな、スマホばかりみている──

(一般的な愛称としての)高崎線は、前橋や高崎から平塚や熱海を通る中距離列車です。上野東京ラインや湘南新宿ラインの方が馴染み深い方も多いでしょうか。
今日は、そんな高崎線の中からnoteを書いています。
※カバー写真は上越線

高崎線は、ほとんど群馬を走らない

そもそも、高崎の場所を知らない方も多いでしょう。高崎は群馬県の南部にある都市です。おおざっぱに言えば、埼玉県との県境にあります。
したがって、高崎線は群馬県の地名を冠していながらもその大部分は埼玉を走る列車です。
(新町駅前以北が群馬県。神保原駅以南が埼玉県)
冒頭の通り、高崎線は群馬県内を結ぶ列車ではないのです。
沿線以外にお住まいの方は、意外に思われるかもしれません。

高崎線は、距離も時間も長い

私の場合高崎線を利用するのは月1程度ですが、片道でも平均3時間の利用となります。様々な時間帯に利用するからか、見かける客層もまた様々です。
本題に入りましょう。

高崎線は、移り行く人々が面白い

車窓でもなく、ましてやスマホでもなく。これが悪趣味であることは自覚してるのですが……。

そもそも、車内のほとんどの人がスマホと呼ばれるハコを熱心に見つめてるだけで異様だと思うのです。これを見ているだけでも、面白くないですか?彼らを眺めているとなんだか、これだけの大人たちを前に、一人だけ物事を俯瞰しているような気にさえなります。

スマホを見ていない人は、大抵誰かとお話に興じているようです。それぞれが、思い思いに話している。通勤客同士もいれば、学生同士、観光客同士など様々いるようです。わざわざ聞き耳をたてるようなことこそしませんが……。
学生と言えば、学生服には地域性があるように思えます。電車に乗り込む制服が少しずつ代わり行く様は見ていて楽しいです。

ずっと眠っている人もいます。お酒をあおっている人も。家まで待てないほどだったのでしょう。お疲れ様です。

様々な地域、時間、人。
それらが集約されている。
それらが移り行く。
それらを乗せた列車が走る。

高崎線にある旅情

絲山秋子さんの『夢も見ずに眠った』は高崎線沿線を舞台とした小説です。高崎線の車内で読み終えたことをよく覚えています。人生は旅に似ているとはよく言ったものですが、私はこの小説に人生の旅情のようなものを感じるのです。

人生の旅情は、高崎線で感じられる。電車内で、少しだけ顔を上げてみると面白いかもしれません。車内に乗り合わせただけの人と、人生が接した瞬間と思えば少しだけわくわくしない?

え?しない???
私だけ?????

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