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幻視に捧げる角砂糖

今年もまた、ガレット・デ・ロワの広告を目にする季節がきた。

ガレット・デ・ロワとは、フランスの伝統焼き菓子で、金色に艶めいたパイ生地の上には王冠が君臨し、中身にはフェーブと呼ばれる人形が隠されている。
1月6日、キリスト教の公現祭の日に家族で切り分けて食べるのだそう。フェーブが当たった人は王冠を被り祝福を受け、一年間幸福が続くのだという。
現在はこの祝日に限らず、1月中であればいつ食べてもいいらしい。

橙色のあたたかな光に包まれたガレット・デ・ロワの写真を指でなぞる。
そうして、情けないことを考えてしまうのだ。
「もしも、ガレット・デ・ロワの中に眠る人形のように、もっともらしい理由で、明確な輪郭をもってして、この想いをケーキの中に忍ばせることができたのなら」。

あなたは歯に当たるそれをどう思うだろうか。不愉快に思うのだろうか。珍しさに驚くのだろうか。
でも、安心してほしい。人形の大きさは、あなたが誤飲してしまわない大きさと形で誂える。
あなたの嫌なことは、絶対にしたくない。でも私には、わからない。あなたがそのケーキを目の前にした時にどう思うのかも、王冠を頭にのせてどんな幸福を願うのかも。わからないのだ、全然。

どちらかというと。いつも、私とあなたが交わす言葉は、おおよそ角砂糖一個分だと思う。その角砂糖は、珈琲ではなく、それぞれの生活の水面下にゆっくりと沈んでいく。
毎度、いつ終わるのかわからない言葉のやりとりは、まるでいつになれば完全に溶けきるのか分からない角砂糖みたいだ。

しかし、それはケーキの中の人形のように、寂しいことではない。甘党のあなたにとってこの角砂糖がどれだけ大切な一個なのか。私はあなたの頭の中に、あるいは心の中に、角砂糖をひとつ忍ばせているのだ。拠り所であってほしい。なくてもいいけど、あったら嬉しい甘さであってほしい。

何か月もかけて溶かした私たちの角砂糖、全部集めて積み上げたらどれほどの高さになるのだろう。

こんなことを考えている私も甘党ではあるが、珈琲には何も入れない。珈琲は苦くて、深い深い、焦げ茶色のままでいい。あなたは、珈琲に何を入れるのだろう。私はまだ、知らない。知る術もない。

それでも私にとっては、この角砂糖が大切だ。
角砂糖みたい。こんなことをあなたに言ったら、どんな顔をするのだろうか。

角砂糖を溶かすのが上手な私は、こんな気持ちもしっかりと溶かして、またあなたに「こんにちは」と言うのでしょう。

まだ見ぬどこぞのあなたへ、愛と人形と角砂糖を込めて。

(表紙イラスト: 夢灯)

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