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平成土葬狂想曲3

〈声の力〉

 夕刻になった。夏至まで間がなく、まだ外は薄明るい黄昏時だ。
「観音講、頭者、馬渕セツ子参りました」
 張りのある声で、本堂への扉の前に女性が立っていた。その後ろに20人を超えるほどの女性と男性が10名ほど、手に手に鈴や太鼓などを持って立っていた。浴衣のような白地の服を着ている。
 座棺を中心に本堂の壁まで並ぶと、男性陣が鉦と太鼓で拍子を取り出した。続いて、馬渕さんの声が本堂に響き渡る。
「補陀落や 岸打つ波は 三熊野の~」
 他の女性たちが続く。
「那智のお山に ひびく滝津瀬」
 一斉に手にした鈴を鳴らす。ぴったりとタイミングがあっていて、まるで大きなリンを鳴らしたかのようだ。
 これを合図に、通夜が始まった。真野の土葬では、僧侶は導師として参加しない。もちろん、お寺の本堂を借りさせてもらっているので通夜に参加しないわけではないが、あくまで今夜の主役は六斎念仏を唱える観音講の皆さんだ。
「なぁむぅわぁみぃだぁぶぅぅ」
 堂がぐわんと揺らいだ気がした。30数名の声の力が束ねられると、力となる。その力は、今晩はわが父を悼むためにのみ使われているのだ。
 続けて、太鼓が激しく打ち鳴らされた。念仏の声を上書きするように、鉦も激しくかき鳴らされる。六斎念仏は、鎮魂歌だと言われる。
 念仏がフェードアウトする。
 しばらくすると、鉦の音が小さくなって、再度念仏の声が聞こえだした。
「摂取不捨の光明は~」
 枯れない声で、馬渕さんが唱えると、皆が付き従う。
「はぁ念ずる処を照らしたもう 観音勢至の来迎は 声を尋ねて迎えたもう」
 阿弥陀来迎の和讃だ。次の和讃へ行くまでに「なんまいだ」という念仏が繰り返される。続いてお別れ和讃、極楽和讃など一時間半にわたって見事な通夜の回向が行われる。その間、弔問客は多くはないものの途切れずに訪れた。父と地元の関係がうっすら感じられる通夜になった。 

〈野辺送りの風景〉

 翌日、導師として立った住職が葬列の皆に先立って本堂の前で皆に声をかけた。老眼鏡をかけ、手元の葬列の役付け表に目を落としてる。
「これから、サンマイ寺院の墓地へ向かいます。申し上げる順番を守ってください。先頭は、先松明。これは、子安さんお願いできますか。本来なら故人のご兄弟なのですが、どなたもいらっしゃいませんので、喪主様のご兄弟と言うことで」
 先頭に静かに出たのは、叔父だった。珍しく裃をつけてうやうやしく青竹を束ねた松明を持っている。こういう死出の野辺送りの時の松明には火を点けないのが一般的なのだそうだ。
 寺を出発して行く先がまた寺というのも奇異に思えるが、そもそも土葬の受け入れ先は多くはない。光界寺さんは火葬墓地のみで、土葬の場所まで、故人を運んでいくのだ。住職が続ける。
「続いて食べ物の供物をささげる盧持ろうじ、そして幡4名と花輪……」
 花や供物に続いて、写真、位牌、提灯。そしてようやく座棺を運ぶ輿の登場だ。輿には天蓋が掛けられ、それを支える人が一人と、蝋燭を3本ずつ運び、山門の両脇に計6本の灯を立てる六道が続く。
 私は、位牌を持つ係を仰せつかる。位牌には、昨日紙で作った位牌筒がかぶせられており、父親の戒名は虫食いになってところどころしか見えない。そうすることがどのように死者を悼むことになるのか、もう誰にも分からない。もちろん仏教の様式でもない。
 説明をしながら、傍に来た住職がこうささやく。
「本当は、親父さんをここから墓地まで運ぶ、輿を稼ぐ役をしてやりたかった。しかし、儂は儂の役割を全うすることにするわ」
 そう言って少しだけ表情を緩めた。住職は皆に並び順の説明を終えて、列の後ろの方へ向かう。先ほどの六道の後ろだ。葬列の調整を行っているようだ。
「大変でしょう」
 三度猫田だ。変なタイミングで声をかけてくる。そのまま、言葉を継いだ。
「昔の村落では、こうして力を合わせて死者を送り出したのです。今の、亡くなった後、葬儀社に渡しっぱなしと言うのではなく。
 私は、葬儀をお手伝いする者としてやはり大変な土葬はお勧めしません。しかし、猪飼様へはいらぬご忠告でした。葬儀屋の仕事は土葬の場合ここまでです」
 住職がここでひときわ大きく経を上げた。どうやら野辺送りの葬列ができたようだ。振り返ると、猫田はいなかった。
 ひとしきり経文が進むと、先頭の叔父に小さくうなずいた。しめやかに野辺送りの葬列が土葬墓地へと歩み始めた。
 土葬墓地へと続くのは、各々が供物をもった葬列だ。供物の多くは紙製であり、父の死去後に猫田の指導もあって皆で作ったものだ。
 導師である牛込住職の後には、昨日の馬渕さん率いる観音講の女性たち、そして今回の葬列では役に就けなかった親族が続く。
 サンマイ墓地は、小高い丘の途中にある。そこへの葬式道を葬列は進む。導師の経に合わせて皆が「南無阿弥陀仏」と唱和し、手に持った線香からの煙がたなびいた。山への入り口には、六体の地蔵が並べられている。瓦葺の小さなお堂の中だ。山頂へ向かう途中には、土葬の墓地が並ぶ。うちの一つは大きく二メートルほどの穴が掘られていた。数刻後に親父はここへ眠るのだ。
 丘の頂上には、土葬へ向かう死者へ引導を渡す龕前堂がんぜんどうがあった。輿を担いできた親戚が、堂の前にある石でできた蓮華台の周りを時計回りに3周回る。その上で蓮華台に座棺を置いた。
 続いてきた葬列が、持ってきたものを手に手に飾り立てる。皆が睡眠時間を削って作った紙細工もここで一度棺桶を飾り立てる供物となる。

〈引導〉

 住職が、座棺に正対して立った。父親と同い歳というのに背筋がピンと張っている。最初の松明の次を歩いていた娘の文己から木製の小さな鍬を受け取り、棺の方に投げた。これが引導の儀式の始まりのようだ。続いて、野辺送りの道中で私の二人前を歩いていた女性が持つ四花のうち2本が手渡された。四花と呼ばれる木の棒には切れ込みを入れた半紙が花弁のように付けられており、まるで大きな紙でできた枝を持っているようだ。日本中で用いられた葬式用具で、土葬のみに使うものではないそうである。
 右手に器用に2本持った住職は大きく時計回りに回すと、1本を自分と棺桶の間に落とした。残りの1本を持ちながら、長い経のようなものを唱え始めた。いや、経ではない、もはや呪文のような文言で引導を渡している。5分、6分ほどたって、大きく息を吸い込むと、
「カーッ」
 禅宗の一喝のような大声が響き渡った。すぐさま右手の四花を投げた。
これで、引導の儀式は終わりのようだった。
「儂の仕事はここまでや。この後、途中で通ってきた埋葬地に皆で行って埋葬してやってくれ。ここからは、浄土宗の僧侶ではなく、うたい手の出番だ」
 ゆるゆるとした坂をさっきと同じ葬列を組んで降りる。違いは、ここまでは住職の念仏だったのだが、今は、鉦と太鼓と六斎念仏が流れていることだ。ものの10分ほどで、今朝掘り返したばかりの墓穴に着いた。皆で埋葬して、卒塔婆を立てる。
 墓の周りには、盛物細工が並べられた。
 六斎念仏の音声おんじょうがひときわ大きく流れた。

〈土葬にしてくれ〉

 儀式が終わり、実家に戻ると子安の叔父も来ていて物干し竿を立てようとしていた。慌てて支える。
「叔父さん、どうしたんですか?」
「いや、あんまり久しぶりでな、三日干しを忘れておったんや」
 家の中から、父親が入院の時に来ていた肌襦袢と股引を持って母が出てきた。叔父の言うように3メートルほどもある物干し竿に短い竹を十字に括り付けようとしている。
「母さん、それどうするの?」
 近くで見ると、本当に一昨日まで身につけていたもののようだ。
「ええねん、ええねん。これに括り付けて三日間干して、サンマイ墓地で葬具と一緒に燃やすんや。これも古くからのしきたり」
 そのまま竿を括り付けたところで母の代わりに叔父が答えた。心なしか、母の顔もすっきりした風にも見える。両目は赤いままだが。
「お父さんの土葬が、真野で最後になるのかしら」
「もしかすると、近畿どころじゃなく日本で最後かもしれんぞ。何しろ、書類を通すのも一苦労だったし、儀式も供物もしつらえも廃れつつある。いや、もう廃れとった」
叔父の言葉に、母がほんの少しだけ口角を上げた。
「あの人の最後の願いがかなえられてよかった」
 
その足で原付を飛ばして、堅田駅前の居酒屋・村さ来に向かう。我々のような安サラリーマンにも優しいチェーン居酒屋が、ここのところ増えてきたようにも思う。
いつもの席に、兼近が座っていた。精進落としというほどでもないが、礼も兼ねている。
「寅雄は?」
「まだや、今日の野辺送りは、親父さんも来てくれていたみたいで、いったん実家に送ってから来るみたいやで」
「そりゃありがたいが、親父さんも随分な歳だろう」
寅雄は、三人姉弟の末っ子なのだ。
何も頼んでいないのに、生ビールが二つ運ばれてきた。いつもながら、こういう手回しは良い。乾杯してから言う。
「この破戒僧が」
「こいつは般若湯だから、大丈夫なんや」
「それにしても、土葬は大変やったな。実の親じゃなければやり通せなかった」
「俺も土葬は、通しでやるのは正直初めてや。住職も火葬の方がよほど多いと言うてたわ」
「遅くなってすんません!」
寅雄が汗だくで駆け付けた。
「寅雄、遅いぞ。まぁ、今日はいろいろ手伝ってもらって悪かった。何でも好きなものを食え……」
「隆兄ィ、今日父親も葬列に参加していたんだが、とても良い野辺送りだったと……」
「ありがとう。いろいろ皆で苦労した甲斐があった。最後の土葬で親父も本望だろう」
大きくかぶりを振って寅雄が言う。
「いや、親父が頼むんや、『俺も土葬にしてくれ!』って」

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