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【禍話リライト】隣にいた母子

 何度も書いているが、怪談の面白いところは話を聞いているうちに過去に聞いた(体験した)不思議な話を思い出すところにある。それが数珠つなぎになると、怖さがいや増す。
 電車や乗り物の話は、時々耳にする。中山市朗先生の『怪談狩り 黒いバス』にもそんな話がたくさん集められていた。
 これはかあなっきさんが電車で変なものにあった話を放送した後に、リスナーから寄せられた話。

【隣にいた母子】

 会社員のAさんが今年(2022年)の9月、会社帰りに駅に急いでいた。時刻は10時を少し回っている。急いでいたのは、この駅は夕刻のラッシュ時には15分間隔のダイヤだが、夜が深くなると電車の間隔が1時間に1本になってしまうためだ。
 何とか列車に乗り込むことができ、座席に腰を下ろして一息つく。遅い時間の車内を見渡すと、疲れた顔のサラリーマンらしき人ばかりで乗客はまばらだ。額の汗をぬぐっていると、ガチャガチャいう音に気付いた。
 列車連結部の扉がきちんと閉まっていないのだ。電車が右に左に曲がる度、扉が開いたり閉まったりする。しばらく音がしないから勝手に閉まったかと思うとまた音がし出す。
 そのうちに「バァーン」と大きな音がした。
 動いている間に扉のガラスが割れてしまったかと思って、ボックス席から顔を出してそちらをのぞき込んだ。すると、扉は無事だったものの、連結部越しに隣の車両(列車の走行順でいうと前の車両)が見えた。
 そこには、小学生低学年くらいの子どもとそれを連れている母親らしき人が立っていた。少し距離もあることも手伝って、子どもの性別までは分からない。
 車両はガラガラのはずだが、二人は席には座っておらず通路に手をつないで立っている。しかも、つり革を持っていない。進行方向に背を向けているため、Aさんと目が合った。慌てて視線を逸らす。
 いくつか疑問は抱いたものの、つり革を持たない人も、ガラガラなのに席に座らない人もいないではない。腰を下ろさずに通路に立つ人もいる。平日の夜だが、そんなこだわりを持った母子が電車にいてもおかしくはないだろう。しかし、少し気になって再度そちらをのぞくと、子どもの方がじっとこちらに視線を向けている。
「気持ち悪いな」と声がもれた。
 数度そうした状況が続き、耐えられなくなって、連結部の扉を閉じに行った。閉めてさえしまえば、はめ込まれたガラス窓の高さから子どもの視線はさえぎることができる。もちろん、できるだけ視線を合わさないように移動し、そっと扉を閉めた。
 母親はこちらを向いているだけで、視線は合わない。
 しかし、子どもは変わらず目でAさんを追っているように思えた。
 そうこうするうちに自分の住む駅について、下車をした。階段に向かいながら自身を追い抜く列車を目で追うと、動く車中で手をつないで立つ親子の姿が見えた。子どもの視線は見えない。案の定、席はガラガラだ。『こんなご時世だから、極端な潔癖症なのかな』と思ったそうだ。

 駅からいつもの帰り道を通って、一人暮らしのアパートに辿り着いた。
 2階にある自分のワンルームに向かいながら、『気持ち悪いもん見ちゃったし、仕事も忙しいから早く寝よう』、そう思いながら自室の前まで着いた。
 角部屋のカギを回して、扉を少し開けた瞬間、
「大っ嫌いだ! 大っ嫌いだ!」
と中から声がした。
 もちろん一人暮らしなので、他の住人などいない。
 数センチ扉を開けたまま固まってしまった。
 隣の部屋からの声か、テレビか何かの音かと思ってノブを握った腕に力を入れる。すると、自分の部屋の中から小さい体重のものがトテトテと移動する音が聞こえた。
「うそぉ」
 思わず声が出て、扉の上にある部屋番号を見上げたものの、自室のものだ。何より、外廊下からの景色は見慣れたいつものものだ。
 いつまでもそのままの格好でいるわけにもいかず、思い切って扉を開けて中に入ると、誰もいなかった。
 素早く電気を点けて狭い室内を見回しても、何も見当たらない。
「確かに、子どもの声が聞こえたけど……気持ち悪いことが続くな」
 それからしばらく、変な音や声がするといったことは起こらなかった。

 ひと月ほどして、いつもの時間に家に帰るとドアポストに一通の封筒が入れられていた。封筒は一度くしゃくしゃにして再度伸ばしたようなもので、中の便箋に至っては、線が引かれてないこともあって、文字の列が曲がっている。宛先は書かれていない。
 内容は、
 隣のものなんですけど、自分の都合の良い時だけ親のような振る舞いをするのはどうかと思いますよ。
ーーというようなことが書かれていた。
 文字は、行頭がどんどん下がり、まっすぐでない文字列とも相まって不気味に見えた。
 まとまらない手紙を要約すると、「お前は親失格だ。私も一人の母親としてどうかと思う」というようなことだった。しかし、そもそも結婚もしていないし子どももいない。それどころか、この部屋に親戚の子どもを呼んだことすらない。
 角部屋なので❝隣❞といっても右隣しかいないし、その部屋には自分よりもさらに若い学生の男性しか住んでいない。拡大解釈してその隣とも考えたが、翌日常駐の大家さんに聞いたところ、「このアパートには、たまたま男の一人暮らしばっかりだよ」と言われたそうだ。
 『絶対に隣人なんかじゃない』と思ったもののドアポストに入れられているということは直接投函されたということで、怖くなった。簡単にごみ箱に捨てたりなどして、漁られたりしたらさらにややこしいことになる。
 マンションのごみステーションに行くごみ箱には捨てられず、「どうしよう」と迷っているうち、出勤時のカバンに入れてしまった。翌日の帰宅時に気付いて最寄りの駅の「もえるゴミ」のところにそっと捨てたのだという。
 以来、何もおかしなことは起こってはいないものの、未だに帰りの電車が怖いそうだ。

 ただ、この話は手紙を捨てたのが今年の10月なので、次の怪異が起こる可能性はまだ十分に残されている。

                          〈了〉

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出典

元祖!禍話 第32夜(2022年12月10日配信)

52:55〜

元祖!禍話 第三十二夜

※本記事誰も隠れておらず、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。


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