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【禍話リライト】喫煙スペースにいたもの

 トイレ、階段、屋上など大きな建物で異形のものが出る場所には定番がある。もちろん、曰くがある場所が主だが、あまり聞かないところもある。これは、近年追いやられがちな喫煙スペースでの話。

【喫煙スペースにいたもの】

 不惑(40歳)を迎えるAさんは、喫煙スペースが苦手だ。
 最初は、タバコの煙や健康上の問題なのかと思って聞くと、どうもそうではないという。「副流煙とか?」と問うと、
「いえ、会社の喫煙スペースなんです」
と返ってきた。
「それが原因で、タバコが嫌いになってしまったんです。かなり敏感になってしまって」
 Aさんはそもそも喫煙者ではなかった。といって、嫌煙家でもなく、吸っている人を見ても、特に心が揺れるということはなかった。
「アレルギーですか?」
「そうではないんです。いや、ある意味そうかも」
そう言って話してくれた。

 就活の最終面接の時、かなり砕けた会話の中で会社の重役にこう問われた。
「Aくん、君はタバコを吸うかね? うち、ちょっとタバコ吸うんだったら外の方がいいかなと」
「いえ、吸いません」
「そうか」
 その時は、肺か気管支が悪い人がいるのかな想像していたそうだ。

 無事入社が決まり、社内を案内してもらっている最中にも同じことを聞かれた。
「Aくんは、タバコ吸ったりするの?」
「吸いません、吸いません」
 この段階でやけに同じことを聞くな、と思っていた。
 ある時、その会社に就職して初めてくらいの残業の折、いつもはほとんど話さない他のセクションの人の隣に座ることになった。この人にも喫煙の有無を聞かれた。同じように否定したが、疑問がむくむくと頭をもたげる。
「よく、その質問されるんですけど、何かあったんですか?」
 例えば、最初に聞かれたときに想像した体調の悪い人がいるほかにも、過去にタバコが原因でボヤになった可能性もあるだろう。
「いや、あのね……」
 普段接点がないので知らなかったのだが、結構話好きの人のようだ。
「ほら、このフロアの廊下を出たところ、どんつきに変に開けた空間があるでしょ。あそこ、昔曇りガラスで囲って、空気清浄機を入れた喫煙スペースだったんだよ」
「そうなんですか」
「そういう仰々しいものがあると、かえって皆使わないのよ。我慢したり、携帯用灰皿持ってきて非常階段で吸ったり。そんなのが続いていたら、そのスペースそのものがもったいなくないかという意見が出始めたんだ。でも、少数ながら使っている人もいるよね、という反論もあったんだ」
ーー曇りガラスの中だから、誰がいるのかは分からない。しかも、先に述べたように皆が積極的に使うわけではないから、誰が使っているのかは分からない。しかし、それほど人数が多いわけでもなく、さらに喫煙者は少ないため、誰が使っているのかという詮索が非喫煙者の中ではじまった。
 しかし、この機にやめたり、家族に勧められて禁煙をする人も増えたりと候補者は減る一方だ。加えて、注意してみることに決めた人が、おかしいと言い出した。該当する人がいないのだ。
 しかも、喫煙スペースの人が、曇りガラスの向こうでこちらを向いて・・・・・・・タバコを吸っているという。つまり、中では何も見えない仕切りの曇りガラスに向かって吸っているのだ。空気清浄機はそのスペースの真ん中だし、そもそも壁に向かって吸うことがあるだろうか。
 また、廊下でその人影を見た後に、自室へ戻った折にその部屋の中の喫煙者はすべて着席しているということも続いた。もちろん、別の部屋の人かもしれないし、来客かもしれない。それをわざわざ確認するのも煩わしかったので、誰も人物を特定することはなかったままだった。

 あるとき、休憩時間でもないのに長く離席している人がでた。喫煙者のBさんだった。周りは、タバコ吸いに行ったんだろうとしばらく待っていた。しかし、5分経っても10分経っても戻らない。
 そのうちに、「Bさん、体調悪いとかお腹壊したとか言ってなかった?」などと騒ぎが少しずつ大きくなってきた。
 トイレを見に行った別の人も、そこにはBさんがいなかったことを証言する。しびれを切らした部長が、一番扉に近いところにいた若手に喫煙スペースまで探しに行くことを命じた。
「了解っス」と部屋を出た若手は、あっという間に駆け足で帰ってきた。
 明らかに、喫煙スペースにまで行っていない時間だ。
「どうした?」
「いました。いました」
「じゃぁ呼んできてよ」
「ダメです」
「何で」
「外向いてるんで。曇りガラス越しにこっち見てるんですよ。おかしくないですか。絶対タバコなんか吸ってませんよ。部長、見てきてもらえませんか」
「こういうときだけ、俺かよ。しゃあない行くか」
 扉に手をかけたときに、Bさんが戻ってきた。
「何だよ、今探しに行こうと思ってたんだ」
「すみません」
 ずいぶん暗い顔をしている。そのまま、何事もなかったように自分の席について仕事を始めたが、その時にボソッと何かを呟いた。それを耳にした隣の席の人が露骨に顔をしかめた。
 あとで、若手が「Bさんあの時なんて言ってたんですか?」と聞くと、隣席の人が「俺もタバコを吸わないほうになっちゃった」とBさんが言っていたと教えてくれた。
 日を置かず、Bさんはその会社を辞めてしまった。しかも、電話で「一身上の都合でやめさせていただきたいんですが」と一報があるのみ。私物を宅急便で送るため、机やロッカーを調べると、ほとんど何も入っていない。まるで、辞めることを事前に決めていたかのようだった。

ーーここまで他部署の先輩はAさんに話して、「そういう経緯もあって、喫煙スペースは取っ払うことになってしまった。でもね、いまでも時々そこに立っているらしいよ。だから気をつけろよ」
 その喫煙所がある場所は、Aさんの働く階の奥の方にあった。近くにあるのは自販機ぐらいで、その前を通らずともエレベーターに乗って、帰宅することができる。
「だから、今日みたいに遅い日は、自販機の方になんか行かずにとっとと帰れよ」
「もちろんです」
 そんなふうに曰くを教えてもらった。

 しばらくたって、仕事も任され時々遅くまで残ることも出てきた。
 ある晩、その日も最後の一人になって仕事に励んでいた。パソコンの電源を落として時計を見ると、もう夜の11時近い。
「こんな時間になってしまったか。缶コーヒーでも買って帰るか」
 部屋の電気を消し、戸締りをして自販機へ向かおうと数歩歩いたときに、廊下に立っている人がいることに気が付いた。
 自販機の明かりに照らされて、元喫煙スペースだったと聞かされた少し広い空間に事務服を着た女性がこちらを向いて居るのだ。
「自分しか残っていないって守衛さん言ってたけどな」
 意味のない独り言が出る。
 見渡しても、他のオフィスにも明かりは見えない。
 女性は何もしていない。それが不気味さを増す原因になっている。せめて携帯電話を触るか、ジュースを飲んでいてほしい。できれば、廊下の明かりは点けてほしい。
「これって、前に先輩が言ってたやつかな」
 これも答える人はいない。自販機へ足を向けるつもりだったので、体はそちらを向いているものの、20メートルほどの距離はある。しかも明かりは自販機のもののみで薄暗い。
 しかし、Aさんには分かったという。
 その女性が、フーっとこちらに向けて息を吐いたことを。届くわけもないのに。
 その瞬間、タバコの香りがAさんの鼻腔をうっすらとくすぐった。
 常識的に考えても、そんな距離を届くほどの肺活量があるとは思えない。しかし、確かにタバコの匂いがした。
 Aさんはとっさに逃げ出した。
 エレベーターを待つのももどかしかったので、非常階段を駆け下りた。途中からは、階段を何段も飛び越してほとんど落ちるような形だったという。後で落ち着いたときにとんでもなく足の裏が痛んで、以下に必死に逃げたのかが分かったほどだ。
 何とか1階の守衛室の前に辿り着いて、肩で息をしていると中から出てきたなじみのおじさんに「どうしたの!?」と聞かれた。
「うちのフロアって、あの~、その~」
 最後まで言う前に守衛さんに言葉を遮られた。
「さっきも言ったけど、あのフロアには今、君だけしかいないよ」
 以来、おかしなことは起きていないし、今やAさんはその会社の役職にもついている。
 ただ、タバコの匂いには敏感になり、苦手意識はかなり強いままだ。「 もし、あなたが入る会社で喫煙のことを何度も聞かれたら……気を付けてくださいとしか言えない」
ーーAさんは、そう話を締めた。
                         〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第12夜(2023年4月1日配信)

18:50〜

※「本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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