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【禍話リライト】膝立ちの廊下

 建物に関する怪談は多い。
 禍話でも「禍ホーム」という一連のシリーズがある。
 トイレ、居間、階段、恐ろしいものが立ち現れる場所にはバリエーションがあるが、これは少し珍しい、ある建物の廊下の話。

【膝立ちの廊下】

 かぁなっきさんが、高校の頃にAさんから聞いた話なのだが、その時点で子どもの頃の話と言っていたから、本当に小学校の中学年くらいのことなのだそうだ。

 Aさんの親戚に大きな家に住んでいる人がいた。住んでいる人と部屋の数が合わないほどの豪邸で、掃除が大変だろうなというほどの規模だったのだそうだ。広すぎて家の中のやり取りにインターホンを使うほどの大きさだった。Aさんは、夏や冬の休みのたびに遊びに行っていたのだそうだ。
 その家には一つ年上のいとこのBちゃんがいた。しょっちゅう仲よく遊んでいたのだが、探検と称して自慢げに家の中を案内されても、決して案内してくれないエリアがあったという。
 子ども心に「触ったら危ないものが置いてあるのだろうな」と理解していたのだそうだ。美術工芸品はもちろん、金庫や貴重品があっても子どもを案内することはないだろう。

 ある日の夕方、遊びの最中にトイレに行ったら、いとこの部屋への道が分からなくなった。うろうろしていると、Bちゃんが来て、「ダメだよ、そっち行っちゃ」と警告した。
 続けて、「そこ、トチ狂う廊下だから」と恐ろしいことを言う。
 トチ狂うのは嫌なので、おとなしくいとこの部屋に引き上げた。暗い廊下を歩きながら、Bちゃんが教えてくれた。
「どうしても、通りたかったら、膝立ちで歩かなきゃダメなの。その先に行ったところで物置のような部屋しかないけどね」
 今で言うデッドスペースのようなものなのだそうだ。
 あまり納得はできず、頭の中が疑問符で埋め尽くされながら、子ども部屋で人形遊びを続ける。
 それでも気になったので聞いてみた。
 「なぜ、膝立ちで歩かなきゃいけないの?」
 「普通の人間は、ケガとかしてない限り膝立ちで歩かないでしょ。そうやって移動していると、普通の人間が移動していると思われないことが多いんだって」
 言葉の意味は分かるが、誰に思われる・・・・のかが分からない。
 「あくまで、思われないことが多いだけで膝立ちが絶対に安全というわけでもないの」
 さらに肝が冷えることを言う。手に持った高級な人形にはほとんど興味がなくなってきた。
「Bちゃんゴメンね。誰に・・気付かれるの?」
「誰に……っていうのは、私にもちょっと分かんないんだけど」
 明らかに困っている。それでも、こう絞り出した。
「おじいちゃんのおじいちゃんみたいな人が、他人を蹴おとしてでもお金持ちになりたいですという特別なお願いをしたんだ。その中の手順を間違えたわけじゃないけど、無理矢理なお願いを通そうとすると、家の中にそういう一角ができちゃうんだって」
 内心、ものすごく怖くなったものの、確かに親戚の中で群を抜いてお金持ちだ。生まれも、育ちもAさんの両親とほとんど変わらないのにBちゃんの家だけやけに裕福なのだ。「成金」という言葉は知らなかったが、長じて家の人が言っている意味が分かった。
「で、普通にあの廊下を歩くと……」
「トチ狂っちゃう」
 こともなげに言う。
「前にね、家の改築の業者の人が来てたんだけど、その人、用もないのに、そこへ行っちゃうんだ。その人も、そこに何もないことが分かっていても引き寄せられるようにそっちへ行くの。業者の人だけじゃないよ。うちの家の人も気を抜くと呼ばれる・・・・
「トチ狂うとどうなるの?」
「ん? 完全にお話しできない」
 それは、果たしてトチ狂うという範疇なのだろうか。言葉のイメージから戻れるような気もするが。とにかく、恐ろしいイメージだけが植え付けられた。
「とにかく行っちゃだめだよ。壁に目印があるから」
 再び、先ほど迷い込んだ場所まで連れて行ってもらって、土壁に印が彫り込んであるのを教えてもらった。
「覚えた。ありがとう」
「良かった。じゃあ、部屋に戻って人形遊びをしよう」
 人形遊びを再開したものの、上の空だ。
 心の中では、この家には人をおかしくするような廊下があり、何かがいるのだと。

 その夜、トイレにいったら、再びあの廊下の先に行きかけた。
 Bちゃんに教えてもらっていた目印が目に入って、「危ない、トチ狂っちゃう」と正気に戻った。
 その瞬間に視線の先に誰かいるのが分かった。
 暗がりの先に目を凝らすと、歩いちゃいけない廊下の先に誰かが座っていた。
 その家では一度も見かけたことのない人だ。
 正座をして、うつむきながら手を動かしている。
 その人の横には、背の低い人の背丈ぐらいの何かがある。「何だ?」と注意を向けると、大量の白い布が折り畳まれて積み上げられているのが分かった。
 女は右にあるその布を自分の目の前で広げて畳み直し、左に置くというあまり意味のない行動を続けている。しかも、左の布の多さから、あきらかにAさんがそちらに注意を向けてから始めたものらしい。
 これは怖い。
 「あんなのがいたらトチ狂うよ」と慌てて寝床が延べられていた部屋まで戻った。足を進めながら、おかしなことに気が付く。
 女がいた廊下を含む建物は老朽化が進み、子どもが動いただけでもギィギィ音がするような造りだったのだが、女が大きな布を動かしている間、静まり返った深夜であるにもかかわらず、全く音がしなかったのだ。
 朝まで布団にくるまってまんじりともせずに夜明けを待った。
 翌朝、あまりの怖さに親戚に挨拶もせずに勝手に家に帰ったという。

 かあなっきさんがAさんから聞いたときは、「でも、この話公にできないんだ。その家、まだあるから」と言われていたが、数十年たってその家もなくなったため、話すことができるようになったのだそうだ。
 どういういきさつがあったのかは、詳らかにはされていない。

                       〈了〉

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出典

元祖!禍話 第二十夜(2022年9月17日配信)

42:00〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/744058541

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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