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【おすすめの本】至誠の人

この週末は散歩におあつらえむきの晴天だったのに、軽い風邪を引いて、家にこもって本を読んで過ごした。それで、最近知り合った人に勧められて読んだ本が素晴らしかったので紹介したい。それは・・・

天路の旅人」by 沢木耕太郎

第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。

https://www.shinchosha.co.jp/book/327523/

…というのが出版社の紹介文。

沢木氏の本は結構好きだったのはずなのに、こんなに読み応えのあるやつを見逃してた…と思ったら、出版されたのが去年2022年の新書だった。

旅文学に違いないが、沢木氏の注意深い筆致で、西川一三という、稀有けうな旅人の横顔をあぶり出した、人物記でもある。

吉田松陰を読み込んで日本国を想い、異国の中で様々な人と関わるなかで、孟子の言葉に基づき「至誠は人生の旅における最大の武器」と考えた人。

今から15年も前のことであるけれど、私も8日間(だったと思う)かけてエベレスト街道を歩いたことがある。もちろん、西川氏の旅とは比較するのもおろかしい観光トレッキングではあったが、自分史上最も過酷な旅でいろんな限界に気づく旅であったので、その時のことを生々しく思い出した。

チキンカレーを頼むと裏で鳥を絞めるところからなので延々と待たされたこと。雨が降ると家から出てきて、長い髪を洗うシェルパ族の女性。ロッジの窓際でマニ車を回しながら経文を唱え続ける老婆。ナムチェバザールで夜中に目が覚めると、煌々とした満月が険しい山影を照らしていたこと。空気の薄い僧院の村で太陽に目をやられて頭が痛くなったこと。ヤクたちの鈴の音。野良犬の遠吠え。そして下山後、埃だらけのカトマンズで友達とともに酷い風邪にかかって、帰国後1週間会社を休むことになったこと…。

自分の弱さが嫌になる旅ではあったのだが、同行した友達のなかにチベット側も旅した経験のある人がいて、そちらにも雄大な風物があったと聞いて、いつか行ってみたいと思った。けれど叶わないまま、世界の情勢的にも個人の事情的にも、不可能になってしまった。

ぶっちゃけ、奇跡的に結婚してしかも子供が生まれたため、私は僻地山旅からは遠ざかったのだが、山にハマる人というのは(自分に対する反省も含め)、ちょっと変な人が多い気がする。

西川氏は相当な変人であったと思う。

帰国後の人生のほうが長かったわけだが、いちどは遊牧民の馬のように自由に生きたいと思った彼にとって、それはどんな日々だったのだろうか。

本書にも登場するが、同時期にチベットに潜入した木村肥佐生氏のほうが、浅薄には見えるが、よっぽど「まとも」なのだ。外務省直轄の正規の諜報員であり帰国後も圧倒的に光の当たる道を歩んでいる。

どうしても軽く見えてしまうのは西川氏フィルタかもしれないよと思って、木村氏の視点も知りたいから「チベット偽装の十年」という本を読もうかと思ったら、恐ろしく高額だった。英語版(Japanese Agent in Tibet, by Scott Berry)もあるけどこちらも高い…。手が届くKindle版出してくれないかな。

かわりにこちらの書籍紹介のPDFを貼っておく。

まあ、しかし、ぐんと引き込まれて一気に読み通して、沢木氏がどうしても西川氏を描きたかった理由がわかった。

あとがきに娘さんの言葉があって、

「一筋に仕事をするだけの父がいたおかげでどれほどこころ安らかに生きてこられたか。特別なことはなにもしてくれなかったが、毎日毎日ひたすら仕事をしている姿を見せてくれていたことで、自分はなんの心配もなく安心して生きることができていた。」

それで、遠い故郷の自分の父(健在です)のことを思い出した。素朴さと修行僧のような欲のなさにちょっと通じるものを感じる。

お父さん、ありがとう。

きれいにまとめるつもりはないのだが、どこか遠くに出かけなくても生きることは旅なのだと思った。

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