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ただひとつの命の当事者であること

去年(2019年)の秋、乳がんの告知を受けました。早期発見かと思っていたら実はそうではなくて、年始の全摘手術でリンパ節転移が判明。でもご安心ください!遺伝子検査の結果は「再発の可能性より長生きし過ぎることを心配したほうがいい」レベルのローリスクでした。

…と、要約するとこれだけですが、発覚してから確定診断が出るまでが実に長く、やっと治療方針が決まったら今度はコロナでステイ・ホーム。ここ半年くらい、私はずっと非日常の中にいたように思います。

なかなか公言できなかったのは、やはり「がん」って病名があれだから聞く人を心配させたくないと思ったこと。

それから、当初は「切ったら終わり」で2月から知らん顔で仕事に復帰するつもりだったから。

告知のその日から落ちこむ人も多いようですが、私の場合強烈な平常性バイアスの中にいて、実際にメスが入るまで敵を甘く見てました。

でも、手術直後の数日間は人生最悪でした。

病院が管理してくれるので疼痛は封じられていても、メスを受けた身体が深いところで絶叫しているのを感じて、自分が痛みに弱いってことを思い出しました。

しかも、局所病ではなく全身病だと判明して、体のどこかに潜むがん細胞とは生涯付き合い続けていかなきゃいけないし、リンパ郭清をした左腕は一生ケアしていかなければならないなんて(めんどくさい…!)崖から谷底に突き落とされた気分。

極めつけにテレビをつければ、アメリカとイランが一触即発だとか、オーストラリアでコアラが大量に焼死してるとか、中国で新型のウイルスが発生とかいう世紀末的なニュースばかりで。その最後のやつが、実際に、世界中の人の生活を変えているわけだが。

1月のその時点では半年くらい抗がん剤と付き合わねばならない可能性が非常に高かったので(そしてそれは私にとっては凄く恐ろしいことだったので)、二週間の入院中、病院の図書館に通って、がんについて調べはじめました。

その時にしみじみ向かいあったのが「生存率」という数字です。腫瘍を切った後の術後療法は、その数字を伴う病理診断と、本人の基礎疾患や年齢や価値観に基づいて選択されます。乳がんは他の癌に比べると比較的予後が良いものですが、確定診断が出るまでの間の2ヶ月ほどは、数年以内に再発する可能性もまあまあマテリアルでした。

でも、その数字って、なんなんだろう?

余命数カ月と宣言されても長生きする人もいます。9割は問題ないと言われるステージでも残り1割の人は再発します。生存率とかハザードレシオとかいうものは、過去に同じ病を得た数千人のサンプル調査の結果です。

所詮は他人の数字だよなあ、と感じました。

自分のただ一つの命がどのパーセンタイルに入るのかは、結局、神様しかわからないのです。

標準療法とは、統計有意が確認された現時点で最高の治療提案ですが、それでも「数十パーセントの人にはきくけど残りは無効」というもの。

すべての薬は副作用を伴うので、その割と激しいデメリットと、それを引き受けたうえで手に入るかもしれないメリットとを秤にかけて、最後の最後は自分で判断をしなければなりません。一般的にこの病がいやったらしいイメージなのはこのせいか、と知りました。

少し具体的な話に踏み込むと、私の場合、遺伝子検査の結果は「ホルモン療法単独で9年以内に再発する確率は13%、抗がん剤の上乗せ効果なし」というものです。(がん的にはめっちゃローリスクです。)

この年だと普通に生きててもその半分%は10年後には何らかの理由でこの世から消えているものなので、これはもう気にするだけ損なやつだと私は思います。でも、それも人によって捉え方は違うでしょう。(検査結果がそうでも抗がん剤でのみ奏効を得る個体という可能性もあるので、できる治療は全部するという人もいます。)

私はもともとケモフィア(お薬恐怖症)の気があって、本当は術後無治療を選びたいくらいでしたが、やっぱり子供が成人するまで生きたいな、そのためにできることはしなきゃと、ホルモン療法を受け入れることにしました。

ホルモン療法には、抗がん剤のような強烈な副作用はありません。ただ、付き合いが5年、10年と長く、普通の女性が2~3年かけて通る更年期障害を2~3か月に凝縮して迎えに行くようなものなので、こまごました副作用が多くてその出方も個体差が激しいのです。

しばらくやってみて嫌だったらやめようと思って、3カ月続けて分かったのは、私にとって大抵の副作用は「花粉症や二日酔いのほうが、よっぽどQOL(=Quality of Life)に影響する」ということ。がんそのものと同様に自覚できないところで何かを削っているのだろうけど、副作用が気にならないなら統計を信じて続けたほうがいいだろう、ということです。

食生活を大幅に改善したこともあり、今はむしろ基本の体調は良いのですが、逆に、かつての自分が健康を過信してどれだけ身体を虐めていたのかと、呆れもしました。

がんというものを調べているうちに、(遺伝性というケースもありますが、私の場合はそうではなかったので)これは究極の生活習慣病だなという理解に達しました。今更本当の原因なんてわからないけれど、私は子供が生まれるまでは全く自炊をしなかったし、ジャンクフードが好きで、毎日のように飲酒もしていた。バカみたいに働いてた時期もあったし、高齢出産だし。遺伝子が暴走するきっかけとして、思い当たるフシが多すぎて。

そんな自分に「サバイバー」という言葉はふさわしくない気がしています。40年以上も生きていれば、誰もが何かのサバイバーだよね。

それでもこうして書き著すことにしたのは、当初は余命が3ヶ月でも30年でも生き方は変わらないと思っていたけれど、やはり当事者として命について深く考えて、どこか変わってしまった自分に気が付いたからです。

物事の捉え方、仕事の選び方、時間の使い方。その変化は文章にも顕れるもので、伏せたままだと思うように書けないことも出てきました。(文章を綴ることは単純に好きなので、死ぬまで続けて行きたいです。)

年始に、半年くらいは療養に専念することになるかと思ったけれど、抗がん剤をしないことになったから、案外早く普通の生活に戻れた。次は、コロナのために多くの集合研修は飛んだから結果は同じかと思ったのも束の間、今度は様々なことのオンライン化に伴うチャレンジのお声がけがあったりして、振り返れば4~5月は小忙しかった。何一つ予想通りには進まない。

奇妙な繁忙期を越えてもう一つ気づいたのは、私ったら、光に集まるイカみたいに、声がかかるとついホイホイ応じたく(仕事も遊びも)なるのですよ。でも、今はまるで狭い透明な箱に入ってるようで、ちょっとアクセル踏むと、見えない壁にドンとあたって倒れてしまうの。かつての出力限界が10だとしたら、5も出したらもう燃料切れです。

これは、この先時間とともに回復するものなのか、ずっと戻らないのか、あるいは薬に慣れたら爆速が出せるようになるのか?(ほら、辛い更年期を超えたおばあちゃん世代ってすごい元気じゃん)…そもそも薬のせいなのかもわからないけれど、

でも、変われってことなんだなと思います。

世界も変わろうとしているけど、私自身も変わらなければならないタイミングなんだなと。そう感じています。

なんのために生きているのか、限りある命の時間を何に使いたいのか。あるいは、使うことを許されるのか。

だけと…平均寿命まで生きるとしたら、まだ私は折返し地点手前なんですよね。そんなに長生きしちゃったらどうしたらいいのかしらね。考えてわかるもんじゃないけど、やっぱりそれも考えていかないと。

自分の本質に触れることのカミング・アウトというのは、やっぱり勇気がいるものですね。でも、病も私の一部なのです。

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