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成人したら死ぬ気がしていた

高校の時、仲の良い男友達のくちぐせが「おれ、20歳になったら死にたい」というものだった。彼は表向きは明るいクラスの人気者だったけれど、内実は繊細な芸術家肌だった。

わたしはそこまでではなかったけれど、大人になったら、今だけに許されている痺れるような感受性が死んでしまうような予感は、なんとなく理解できた。

気がつけばその倍の40歳になってしまった。
その友達も、無事、生きている。
しかも、人一倍楽しそうな仕事をしている。

あの頃のわたしたち、40歳がこんなに楽しいなんて知らなかった。

40歳って、感受性は鈍くなり、愛は色彩を欠き、選択肢は狭くなり、世界は環境汚染や資源枯渇で世紀末っぽくなっていると思ってた。

同級生の某タレントの結婚報道に、それを思ったのだけれど、この年の良いところは、悪意あるマスコミの掘り返し報道なんかに、今更、彼女が負けるわけがないと思えるところ。

ここ数年、まわりで友人の結婚ラッシュがきている。

特に大学の同級生の女性は(母数が少ないけど)指折り数えると、31歳で結婚した自分がむしろ早い方にはいるくらい。

さらに、それに連動して同年代の(とくにバリキャリでここまできた系の)出産ラッシュもきている。37歳初産の自分は定義的に高齢出産だと思ってたけれど、それって普通?って勘違いしそうになるくらい。

ヨガスクールでも、保育園でも、別にわたしが特別歳をとってる感じはない。(確かに年上のほうではあるし、体力勝負な子育ての局面で若さが羨ましくなる時もあるけれど。)

わたしたち、倍の80歳になっても、出会ったり、生み出したり、新しいことにチャレンジしたりするのかな。

そこまで生きたいかっていうより、生きちゃうんだろうという前提で思う。

ペシミスティックなネタに目を向けはじめるときりがないけれど、あれこれ乗り越え、楽しみ尽くすためには、健康が何より大事だわ。

ハッと気がついたら3倍の120歳まで生きていて「あの頃のわたし、120歳がこんなに楽しいなんて知らなかった」って言ってるのかもしれない。

ていうか、言ってみたい。

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