「潜在意識の事実」は現実か空想かを問わない

ヒプノセラピー(催眠療法)が、一般に浸透しにくい理由として、前回のコラムでは、「催眠という言葉が喚起する、よくわかんないイメージ」について説明しました。

今回は、第二の理由「前世という証明しようのないコンセプトを扱ううさんくささ」を紐解きます。

ここでは、あくまで現実主義者の自分の言葉による説明を試みるので、スピリチュアルな話を期待して読まれるとがっかりされてしまうかもしれません。精神世界との距離感についてはまた別の機会に書くつもりですが、よりオープンな視点から「前世」に興味がある方は、良いと思った先人からの説明やおすすめ書籍を文中にリンクしているのでご参照ください。

ヒプノセラピーは、暗示(affirmation)退行(regression)との技術の組み合わせを催眠下で行う心理療法です。

暗示(affirmation)の技法

「暗示」とは、( affirmationの直訳は「肯定」「断言」ですが、ここはNGHの日本語テキストにならって「暗示」という対訳を使います)幸せの妨げになる誤った認識や思い込みを撤去したり変容させたりするために、いわば「前向きなおまじない」を作って、反復的に潜在意識に覚えさせる手法です。

実はそれ自体は、いい感じで生きている人の多くは、意識的にしろ無意識的にしろ、普段から呼吸をするように実践していることではないかと思います。

一時期、テレビ番組でも「魔法の言葉」とか流行っていましたよね。

正しい暗示の作り方にはいくつかのポイントがありますが、基本を学べば、誰でも比較的簡単にそれを作ることはできるようになります。

その手の書籍はいろいろと出ていますが、ヒプノセラピーにおける暗示の使われ方に興味がある方には「ミルトン・エリクソンの催眠療法入門」をおすすめします。エリクソン博士(1901 - 1980)は精神医学も催眠療法も確立されたものがまだない時代に、独学でそれらを追求し、エリクソン催眠という新しい手法を打ち立てた偉大な臨床家です。

最近の流れとして、そのエリクソン催眠をベースにとりいれたNLP(=Neuro Linguistic Programming、神経言語プログラミング)、つまり暗示系の心理学が、日本の自己啓発業界やコーチング界隈で流行っているようです。

NLPが流行ってるのは、それが掲げる「言葉」「神経」という言葉の方が、スピリチュアリティの香る「前世」という言葉(後述しますが、これが催眠療法のメニューとして発見されたのはエリクソン博士の時代よりも後のことです)、あるいは「催眠」という言葉に比べて、精神的・時間的余裕が無い忙しいビジネスマンに受け入れられやすいからかもしれません。

まったく体育会系ではない(=つまり、自己啓発とかコーチングとかを受けようという努力ができない)わたしは、そんなモダン・プロブレムで切羽詰まっている人にこそ、短時間で潜在意識にアクセスできるヒプノセラピーをおすすめしたいなあと思いますが。

ふわっとした所感ですが、師匠のフロイトと弟子のユングが「精神」「心理」の言葉を軸に対立した18世紀の終盤には異端視されていた「心理」という言葉が、21世紀の現在では市民権を得ているように、これからの時代は、それこそ最先端のAIやビックデータで解決することのできない、意識の起源や個人の自由意志の問題を気にする、というか、それしか気にすることがないような方向に進んでいくんじゃないかなあと思います。

退行(regression)の技法

「退行」とは過去の出来事や感情を思い出すことです。

催眠中は目を閉じて自分の内側に集中していくので、潜在意識の中に埋もれていた、忘れていた、それらの記憶が、鮮明な感情を伴ってあらわれてきます。

退行のセッションでは、クライアントの行動や考え方のクセを規定している原因となった核の体験まで遡ったところで、対話を通じて、今の自分がそれらの体験から受けている影響を考え、自分で判断してどう解決したいかを決めていただきます。

前回、「すべての催眠は自己催眠である」と書きましたが、ただ潜在意識のなかを泳いでイメージにたどり着くだけでは意味がありません。「で、どうするか」までガイドしてはじめてセラピーが成立します。

とはいえ国家資格ではない悲しさで、自称ヒプノセラピストと名乗りつつ、催眠にいれてイメージを見せて終わり、という残念な施術者もたまにいるようです。

手放したほうがよい古い感情、持ち続けることに意味がない厄介な癖、それらから解放されたひとに「これから」をより自分らしく楽しく生きていただくことが、ヒプノセラピーの目的なのです。

ヒプノセラピーを初めて体験するという方に対しては、最初に課題をヒアリングし、意識や催眠の仕組みについて一通りご説明してから、通常は、前世に行く前に、まず今生(こんじょう)の自分の過去=インナー・チャイルドへの退行をすすめます。

催眠下で当時の自分や関係者に対する理解を整理して、そこから、気づきや癒しを得ます。いわゆる「トラウマを乗り越える」作業です。

と、ここまでは、まあ、イメージしやすいですよね。

前世療法の登場

しかし、米国の精神科医のブライアン・ワイス博士(1944 - )は、催眠療法の現場で、クライアントがみずから、出生以前の記憶...出産の瞬間や胎児期へ、さらに前世へ...と遡る多くのケースに対峙しました。

そして、そのイメージを言語化することが、時に、インナー・チャイルドとの対話以上にクライアントの「今」と「未来」に影響を与え、気づきや癒しに役立つということに気がつき「前世療法(Past Life Therapy)」の手法を確立させました。

「前世」を語る書籍の出版にあたっては、ワイス博士自身、それまで培ってきたアカデミックなキャリアに終止符を打つことになるのではないかと怖れ、長い間ためらっていたそうです。実際はそれは杞憂で、多くの医者や臨床家から「あるある」と受け入れる反響のほうが大きかったようですが。

インターネットで検索してみると、ワイス博士については、そのスピリチュアリティに対する懐の深さや "名言" ばかりが強調されているような印象を受けますが、彼の手による書籍を読めば、以下のような基本姿勢にもくりかえし触れられていることに気がつきます。

より高次の理解とはどんなものだろうかと気にする人が多すぎると、私は思っています。これは思いを巡らすには魅力のあるテーマですが、私たちのここでの目的は、物質世界にいながら自分自身を癒すことなのです。(中略)黙想や瞑想などにおける進歩は大切ですが、私たちが社会的な存在であることをもっと理解するべきでしょう。肉体を持つ喜びや楽しさを体験しない人たちは、この現世が教えてくれる学びを、十分に学んではいないのです。(引用:「未来療法」ブライアン・L・ワイス)

わたしは、個人的には霊なるものを慎み畏れよと言われるとどうアクションしていいかわからないですが、このような説明は理解しやすいと思いました。(長らくヨガや瞑想に親しんでいるし、スピリチュアリティに思いを馳せること自体は人生を豊かにしてくれると感じているので、それらの存在を全く認めないという意味ではありません)

エリクソン博士とワイス博士、わたしがヒプノセラピーを学ぶ上で最初に照会したこの二人の偉大な精神科医に共通する姿勢、それは、催眠療法の目的であるクライアントの治癒から決して軸足をずらさないこと。そして、すべてのクライアントが自分の内に持っている治癒力を尊重して、目的のために利用できるものはなんだって利用していこうという柔軟さでした。

「前世」は潜在意識の本領発揮の舞台

さて、催眠下で活性化する潜在意識ですが、その特徴のひとつに、理論や空間や時間に縛られないということがあります。

例えば、人は、ずいぶん昔のことでも、ふとした瞬間に、その時肌に感じた風の温度や湿度、匂いまでリアルに思い出すことがあります。

そして、潜在意識は、現実と想像をあまり区別しません。感情や肉体は、出てきたイメージに対してダイレクトに反応します。

もう終わったこと=いま目の前で起きているわけではない空想なのに、思い起こすと、涙や冷や汗がでてきたり、心拍数があがったり、時には痛みや痺れさえ感じたりすることがあります。「パブロフの犬」が架空の餌によだれを出すというのも、潜在意識が身体機能に影響する一例です。

そのような潜在意識の特徴から振り返ると、「前世」という領域は、そのイメージが何であるにせよ、「今の自分」につながる論理的な因果関係、連続性、飛躍を許さない判断、といった顕在意識的な縛りから、ポンと解き放たれたところにある概念だと言えます。

別の時代の別の人のことなんだから。

そして、そういう自由な領域でこそ「理論や空間や時間に縛られず」「現実と想像をあまり区別しない」潜在意識が本領を発揮します。

そこで出でくる言葉が、本人が心の深い深いところに持っている答えであったり、今、目の前にあって顕在意識的には動かせないと思いこんでしまっている悩みの解決につながったりするというのは納得のいく話だと思うのです。

経験が浅いながらもいえることとしては、そういう意識の仕組みを説明をしたうえで催眠のセッションに入れば、9割以上の人がなんらかの「前世」のイメージ・データ・言葉というものを見つけます。ヒプノセラピーに興味をもっていらした方が対象なので「輪廻天性なんてあってたまるか」と思う人も母数に入れると、違う数字になるとは思います。

恐ろしいほど鮮明なビジョンをスコンと得る人もいれば、なんとな〜く、ゆっくりと感じるだけの人もいます。「輪廻転生はあまり信じてない」という程度であれば、催眠に入ってみたら、むしろすごい具体的に見えたね!というひともいます。

言語化されたそのビジョンが、想像なのか実際に起きたことだったかという検証は困難です。わたしにはなんとも言えません。ぼんやりしていたら想像で、真に迫っていたら歴史的な出来事といえるものでもない。

潜在意識での対話を軸とするヒプノセラピーにおいては、出てきたイメージの真偽を追求することよりも、そこから本人がどんなメッセージを受け取り、どのように生かしていくかを考えることのほうが、よほど大事なことなのです。

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