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夢中華

 第一屋
 こんな中華屋に行った。
 会社から歩いて10分弱のところにあるその中華屋を見つけたのは事務所移転を二ヶ月後に控えた冬の日だった。家でニラ玉づくりに失敗してからどうも中華味の卵炒めが食べたかった。卵炒めらしきメニューがあるその中華屋に辿り着けたのは多分四軒目くらいだったと思う。入店するなり「蝦と卵炒め」の定食を頼み、大して味わいもせずに席を立ったが、えも言われぬ満足感が確かにあった。
 妙に気に入った「蝦と卵炒め」を食べに週に三度ほどその中華屋に通っていたので、多分顔は覚えられていたと思う。何度食べたか数えられなくなってきたころ、事務所移転前最終日を迎えた。忙しくて昼にでる時間が取れないことも多かったが、その日だけはなんとか時間を作って卵炒めに別れを告げに行った。不思議と少しも名残惜しくなかった。
 「もう飽きていたんだな」とこの時始めて気がついた。

第二屋
 こんな中華屋に行った。
 事務所を移転してから諸事情により基本的には昼食は社食オンリーとなった。社食は安いがおいしくはない。昼時に外出の用事ができると嬉々として外で昼を食べて帰った。
 16時を回ろうとしているころ、外回りの用事が終わった。昼時はとうに終わっているが、昼は食べていない。抜きのつもりでいたが、16時までランチをやっている中華屋を見つけたので、入ることにした。蟹玉を頼んでしばらくすると、大皿にのった蟹玉だけがどんと卓に置かれた。ご飯も、スープも、ザーサイもない。定食を頼んだ気がするが。まだランチタイムだった気がするが。店員を呼ぼうかと思ったが、きっともう飲み屋チックな単品の提供に変わったんだと腹を括り白米が欲しくなるしょっぱい餡がたっぷりかかった蟹玉を食べきった。 
 席を立つと遠くのテーブルに炊飯ジャーと大鍋が見えた。カウンターに向かっている際、衝撃的な文が目に飛び込んできた。
「ライス・スープセルフサービス!おかわり自由!」
 ペイペイ‼︎という快音が虚しくガラガラの店内に響いた。

第三屋
 こんな中華屋に行った。
 仕事終わりの20時ごろ、妙に炒飯が食べたかった。家に帰れば食べるものがあるのに、炒飯を食えと憑き物に脅されているかのように夜の新宿で中華屋を探し始めた。普段は腐るほどある気がする中華屋が、なぜか見つからない。別に帰っても良いか、と思うたびに炒飯が食べたいだろうと憑き物に唆された。
 ようやく見つけたのはなんでもない地下のチェーン店だった。携帯の電波が入らなくて、オーダーから炒飯がくるまでの時間が無限に感じられた。期待を超えてこない炒飯を食べ終わり、席を立とうとすると、僕より遅くに着席したはずの隣のサラリーマンが既に店を出ていた。卓に残されていたのは空になった餃子皿一枚だけ、お酒のジョッキは見当たらない。あなたは炒飯じゃなくて餃子の日だったんだな。

 

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