「普通ではない用い方」から抗して—インターネットアートにおけるコミュニティ
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はじめに
インターネットが1992年に世界的に普及して以降、我々の生活は革新的に進化し、それと共に多くの問題をこれまで生じさせてきた[1]。インターネットはその出現から短い期間の内で新たなアートのフィールドとしても重宝され、1990年代に発生した「ネット・アート」をはじめ、今日では「ポスト・インターネットアート」という表現が現代アートをめぐる批評界隈では多く議論の対象となっている。インターネット——そしてそれを用いたアートの誕生が90年代にあるのならば、現在からおよそ30年が経過している。これほどの歴史の経過があるのであれば、インターネットアートそのものにも歴史的な考察を行うことが可能であり、またそれは行わられねばならないことであろう。しかし、インターネットアートは長い間メディアアートのサブジャンルとして認識され、これ自体が研究の主眼としておかれているわけではないと言える。後述するが、インターネットは紛れもなく一つのメディアであるが、これまでのメディアと比較して双方向性が強くそれゆえに他のメディアとは一線を画す点が非常に多いと考えている。メディアアートの歴史としてインターネットを取り上げてしまうことは、メディアアートの文脈に沿ってのみしかインターネットを取り上げないことにもつながりかねず、それによって本来存在するはずの非メディアアートの文脈的なインターネットの検討ができないのだ。これは由々しき問題だろう。
本論ではこの問題を踏まえながら、インターネットアートにおけるメディアアートの文脈的な側面を紹介しつつも(これは第1節で検討する)、その他の側面にも焦点を当てながら紹介をしていきたい。そして、この別の文脈に関係させながら、今日における「ポスト・インターネットアート」についても検討したいと考えている。ポスト・インターネットアートとは、インターネットが我々の生活においてインフラのようになり、常にサイバースペースと接続することによって我々がどのように思想的に変化しているのかを問うアートの新たな形式である(第4節で取り扱う)。しかし、ポスト・インターネットアートは2008年にその概念が登場し枠組みが作成されたのにも関わらず、それ以前のインターネットアートと呼ばれるアート作品の多くにもポスト・インターネットアート的な側面がいくつか見て取れるものも存在している。この点において、ポスト・インターネットアートにおける「ポスト」とは何であるのかが問題になるだろう。この点は、本論を通して明らかにしたいと考えているもう一つの点である。
以上の2点の問題——インターネットアートのメディアアートの文脈とは異なる文脈の検証、およびポスト・インターネットアートにおける「ポスト」の検証——を踏まえつつ、本論ではインターネットアートの主流作品を紹介しながら、それらをまとめ上げることによってインターネットアート小史を作成することを試みる。
インターネットアート前史——「普通ではない用い方」について
インターネットという概念は1982年に提唱されたが、インターネットが世界的なものとなったのは1990年代以降のことである[2]。その契機は1991年に実装されたワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の登場だ。これはインターネット上で提供されるハイパーテキストシステム[3]であり、つまりはインターネットを通じて国際的に文書を結び付けるシステムのことを指している(いわばモールス信号のコードのようなものだろう)。インターネットの概念が形成された当初はWWW以外のハイパーテキストシステムとしてGuide[4]やHyperCard[5]などといったものも存在していたが、WWWは特定の個人に所有されない、そして個人がサーバを設けることによって自由に拡張することが可能であることから主流化し、また急速に知名度を上げていくことになった。
このような経緯で世界中で一般化されていったインターネットであるが、それがアートに与えた影響も決して小さなものではなかった。WWWの影響を受けたアート的な、その誕生からわずか数年後に始まっている。最初期のインターネットアートはいわば、それまでのコンテンポラリーアート、そしてその系譜から誕生したメディアアートの思想を受け継いだものとして誕生した。これが次節で検討する「ネット・アート」である。
しかし、本節では「ネット・アート」の具体的な紹介に入る前に、それ以前のアートの文脈を確認しておきたい。その確認は20世紀初頭に生じたレディ・メイドから始まる。マルセル・デュシャンの《泉》(1917)やアンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》(1964)、そしてジェフ・クーンズの《新しいフーヴァー・コンヴァーチブル、緑、赤、茶、新しいシェルトン・ウェット・ドライ・10ガロン、ずれた2層構造》(1981-1987)などの作品にみられるレディ・メイドの思想は、日用品をあえて展示することで、美術館から鑑賞する日用品の「別の見え方」を可能にした。これらの作品の最も大きな特徴は工業製品をそのままアート作品であると主張したことであり、アーティストはその作品に対して決して新たな造形などを付け加えていない。彼らの作品に共通していることは、作品をあえてそのまま展示することによって、日用品本来の使用価値とは直接関係のない意味をその対象に付与することである。
このことを《泉》を例にして考えたい。この作品が発表された後に、世界では二つの評価がなされた。その一つは日用品を選択する際のコンセプト的側面だ。つまり、作品を制作するのではなく、選択した作品を美術館に設置することでその日用品が有している消費社会的な意味や問題を考えさせるというものだ。この点は後にコンセプチュアル・アートの思想にもつながるが、本論ではこれについては触れない。本論で特に問題になるのはもう一つの点だ。それは、便器を美術館で展示することによって生じた、便器の「美」への追求である。画家ルイーズ・ノートンは「洗面所の仏陀」という文章の中で、《泉》の優美な曲線美を仏像になぞらえて評価している[6]。この主張は美術館に展示された《泉》と称された便器の美しさを仏像になぞらえて評価している文章だが、そもそもこのような評価が生じるためには《泉》が展示されなければならなかったということは言うまでもない。ノートンが評価したような《泉》——と称された便器——の感性的な美は、便器を美術館に展示するという行為によって完成している。つまりは、美術館に便器を展示するという便器の「普通ではない用い方」によって、便器の別の側面をあらわにしているということができるのだ。
この「普通ではない用い方」は、後に登場するメディアアートにも継承される。その始祖であるアーティスト、ナム・ジュン・パイクは《Magnet TV》(1965)という作品によって、ヴィデオ(テレビ)の持つメディア性を明らかにしようとした。この作品は17インチの白黒ブラウン管の上に巨大なU字磁石を置いた作品である。これによって、ブラウン管内部の電子ビームをゆがませ、画面に幾何学模様が描き出されている。この作品を通してパイクが表象しようとしたものは、我々が一般的に触れている「ヴィデオ」を表象することであるが、その方法は決して普通の用い方ではなく、マグネットを設置することによって画面にゆがみを生じさせるという「普通ではない用い方」だ。
Nam June Paik《Magnet TV》(1965)
このように、メディアアートは特定のメディアを一般的なメディアの用い方——レディ・メイド的なメディアそのものの展示——ではない、いわば「普通ではない用い方」——つまりは《Magnet TV》における磁石のような——で表象することを試みる。この点において、メディアアートはレディ・メイドよりもさらに抽象度が高い。しかし、両者ともに「普通ではない用い方」をしている点は共通しているだろう。メディアアート研究者の畠中実は2018年に発表した『メディア・アート原論』の中で、同じくメディアアート研究者である久保田晃弘の対談の中で、次のように主張している。
メディア・アートは「みんなと同じものを使っている」ということをもっと強調してもいいと思いますね。誰でも買える、あるいはDIYで改造できる「普通の」ものを「普通じゃない」使い方をする。それができるということは、やはりある種の能力であり、セレンディピティだと思います[7]。
ここでもやはり、メディアアートの最も重要な点を「普通じゃない」使い方=「普通ではない用い方」性においている。この主題はナム・ジュン・パイク以降から一貫して同じである。そして、このメディアアート的な思想を正当に継承したものこそ、初期のインターネットアートである「ネット・アート」であるというのが一般的なインターネットアートについての理解だろう。これについて、次節で検討しよう。
ネット・アート
メディアアートの目標は、そのメディアがどのような性質を有しているのかを「普通ではない用い方」で表象することで、我々が一般的に用いる「普通の用い方」では到底理解できないような感性的側面をあらわにすることである。メディアアートの創始者であるパイクはこの実践をヴィデオにて行ったが、上記のメディアアートの思想はヴィデオのみが対象になることはなく、あらゆるメディアに対しても実践可能だ。この思想をインターネットに用いたものが、インターネットアートである。インターネットアートとは「インターネットとは何か」という主題のもとにそれをいかに表象するか、という点に主軸が据えられている。では、インターネットアートとはどのようなものがあるのか。以降の節では順を追って、インターネットアートの最も初期に生じた「ネット・アート」から考察していきたい。
「ネット・アート(net.art)」は1994年ごろからその存在が明確化された。その特徴は先のナム・ジュン・パイクのヴィデオアートから始まったメディアアートの思想と同調しており、インターネットを「『普通じゃない』使い方」によってそれを表象しようとする試みである。その最も代名詞の一つとして数え上げられるのが90年代中盤より活躍を開始したネットアーティスト、Jodiである。JodiはJoan HeemskerkとDirk Paesmanによるアーティストグループであり、一般的なインターネットの使用では表面的に表象されないHTML[8]を前景化させ、パイクに同じく「普通じゃない用い方」で観衆にインターネットの存在論を提起させている。例えば彼らのウェブサイト《htttp://wwwwwwwww.jodi.org 》(1995)は膨大なHTMLの文書で埋め尽くされているが、作品をよく観察すれば原爆などのアスキーアートなどを発見することができる[9]。また、彼らの作品には部分的にクラッシュ[10]などの仕組みも内包されており、これらのような「普通の用い方」では見えてこないはずのインターネットの隠された部分を強制的に表面化させることによって、我々にインターネットとは何かという疑問を提示している。このような問題はJodiの別の作品のおいても同様だ。1997年の《404》(1997)はウェブ上に存在している「ファイルが見つかりません」のエラーメッセージを旧式のウェブブラウザにて表示可能にしたものであり、リンクをクリックすることによってユーザが自由にテキストメッセージを送信できる、いわばネット掲示板が設置されている。これによって、インターネットとの接続エラーを意味する「404」のメッセージが内包する政治性を前景化させ、インターネットの存在論を鑑賞者に問うているのだ[11] 。
Jodi《http://wwwwwwwww.jodi.org 》(1995)のスクリーンショット
《404》によって表象されているようなインタラクティビティを内蔵したアートの形式は、他のネット・アートにも存在する。例えばロシアのアーティストであるアレクセイ・シュルギンの《Refresh》(1996)がそうだ[12] 。これは各地に分散する複数のアーティストによるマルチ・ノードのコラボレーション・プロジェクトである。この作品は複数のサーバ上に保管されている《Refresh》のウェブページによって構成されており、観衆はこの複数サーバ上に存在している《Refresh》ページが自動的に更新され、かつ新しく変化していく様相を作品として鑑賞する。この作品の特徴的な点は何より、自動的にリンクしていく《Refresh》ページ群の中に自らのサーバ上で作り上げたページを組み込むことが可能な点にある。つまり、自らがインターネット上で作品に参加することができるのだ。これは先の《404》に設置されたインターネット掲示板と同じくインターネットユーザが自由に作品に手を加えることが可能な点で共通しているが、《404》と比較して《Refresh》はページそのものを組み込むことが可能であり、テキストメッセージを送信するのみであった《404》よりさらにインターネットの存在論的領域へ思考を延ばしていると考えることができるだろう。シュルギンの作品はJodiの作品と比較してよりインターネットの公的領域と私的領域の境界線に主軸を置いた作品をいくつも作成しており、それはシュルギンが美術館で展示した《DESKTOP IS》(1997-1998)といった作品からも見て取れる[13] 。この作品は国際的な「デスクトップ」の展覧会であり、鑑賞者はシュルギンが集めた数多くのインターネットユーザのデスクトップ画面を作品として鑑賞する。この作品によって、元来はパーソナルなものであり、それ自体は干渉することができないデスクトップをあえてインターネットという公的な領域に展開し、インターネットにおける公的と私的の境界線を問うているのだ。
これらのように、初期のインターネットアート——特にJodiのネット・アート——の多くはインターネットの存在とはどのようなものかという、かつてのメディアアートの思想をそのまま継承したものが多い。Jodiが《http://wwwwwwwww.jodi.org 》において「普通の用い方」では表面化されないようなインターネットプロトコル[14] を表面化させているのは、それが「普通じゃない用い方」であるからだ。この点において、Jodiの作品は非常にメディアアートの文脈に沿ったアートの形式であると言えよう。一方、Jodiの作品と比べ、シュルギンはどうだろうか。彼の作品も「インターネットとは何か」という主題に焦点を当てているものの、Jodiとは決定的に差異があるように見える。前者はインターネットプロトコルを前景化することに焦点を当てた作品であるのに対し、後者はインターネットに焦点を当てている点で共通するが、対象はプロトコルではなく、インターネットを取り巻くコミュニティである。このことは《Refresh》や《DESKTOP IS》で把握できるだろう。Jodiとシュルギンの二者を比較することで、ネット・アートが純粋にパイク的なメディアアートの系譜を継承する一方で、それとは異なる側面——これまでのメディアアートの文脈には存在しなかったコミュニティ的な側面——も見られることが分かる。
しかし、このように二つの方向が生じているのはなぜだろうか。その理由はインターネットというメディアの特有性にあると考えている。インターネットはこれまでのメディアに比較して、双方向性が非常に強く、これまでのメディアでは不可能であった非常に速い速度での文字情報の相互交信が誰によっても可能になった最もはじめのメディアではないだろうか。シュルギンが表象したようなコミュニティの存在は、先に確認したパイクにはない。インターネットは文字で世界中の誰とでも交信することが可能になったがゆえに掲示板のようなコミュニティが作成され、この点はインターネットがこれまでのメディアとは大きく異なった側面として存在する。《404》や《Refresh》は、このようなものを表象しているのだ。
インターネットアート
ここまで筆者はインターネットアートの初期を見てきたが、その中でも旧来のメディアアートの文脈を継承したアートの形式(Jodiの《http://wwwwwwwww.jodi.org 》など)とこれまでのメディアアートにはなかったコミュニティの表象(シュルギンの《Refresh》など)が存在することを示した。以降の節ではこの二つのアート形式の中でも、特に後者のようなインターネットアートの形式を検討する。その理由は、前者のアートの形式が1990年代後半からその勢いを減退させているからにある。減退理由は単純であり、インターネットの技術的な発展が背景にある。1996年にAdobe Flash[15] が発表され、インターネット上における表現の幅も格段に広くなった。哲学者のアレキサンダー・ギャロウェイは『プロトコル』の中で、ネット・アートの「次の段階」について述べている。
初期のインターネット・アート——「ネット・アート」として知られる、高度にコンセプチュアルな段階——は、まずもってネットワークに関与するものである。その一方で、後期のインターネットアートは——企業的ないし商業的と呼べるようなもの——、まずもっとソフトウェアに関与するようになっている [16]。
ギャロウェイはインターネットアートの新たな段階の特徴を「ソフトウェアに関与する」と言っている。これまでの初期のインターネットアート——ネット・アート——の特徴はインターネットのプロトコルそのものを前景化し、これを通してインターネットの存在論を提起することであった。しかし90年代後期以降のインターネットアートはFlashのみならず数多くのソフトウェアの登場によって、表現の幅がこれまでよりも格段に広くなっていく。
そういったなかで、コンピュータのグラフィカル的な美しさ——感性的な美を表象する絵画的なアートが登場することになる。ジョン・ハサウェイの作品はまさしくそれに当てはまるだろう。彼の作品はコンピュータの技術的発展による新たな表象方法をベースとしている。作品は完全にデジタル上で作成され、反転やコピー・ペーストを繰り返して行う技法によって、作品の奥行きを表現している。このような作品はまさしくいコンピュータのグラフィカル的な美しさに焦点を当てたアートではあるが、その一方でネット・アートの文脈——前節で参照した《Refresh》などのアート作品など——に焦点を当てたアートも、最新技術を伴いながらもアップデートが繰り返されている。例えば、ニューヨークを拠点とし活躍するアーティスト・人類学者のジョナサン・ハリスによる《We Feel Fine》(2006)は、ブログが流行した当時に世界中で更新されていたブログから感情を表す単語を毎日15,000以上抽出し、それを美しくデータビジュアライズするウェブプロジェクトである [17]。このプロジェクトは情報化社会の発展とともに一般化していったブログをベースにして、それらから言葉を引用して並び替えることによって、インターネットと我々の現代社会との関係性を記述している。また、これに関係して川島高とアーロン・コブリンによるプロジェクト《Ten Thousand Cents》(2007-2008)も参照したい [18]。これは1万個に分割された100ドル札の絵を、匿名の1万人が一つの描画に対して1セントの報酬でオンライン上のペイントソフトを用いて描くプロジェクトだ。このプロジェクトを通して、2人のアーティストはインターネットに接続している社会において「労働」や「創作」とは何かを問うており、インターネットに接続された今日の社会の中で我々の道徳的な観念や思想がどのように変化するのかの問題を提起している。
川島高+Aaron Koblin《Ten Thousand Cents》(2007-2008)
これらの作品は90年代のシュルギンが行った《Refresh》や《DESKTOP IS》が有していた思想に非常に近い。シュルギンは無数ものインターネットのウェブページの連鎖や、デスクトップの画面のコレクションをインターネット上にアップすることによって、我々が日常的に体験しているインターネットを表象しようと試みた。その試みはインターネットそのものの構成要素——プロトコルを明らかにするJodiの活動とは対比的に、ユーザを含めたインターネット上のコミュニティを表象している。本節で紹介した2つの作品はシュルギンによるインターネットの表象技法をベースにしつつ、その思想を最新技術も取り入れつつ表象しているといえよう。現に《We Feel Fine》はJavaを必要とし、《Ten Thousand Cents》はFlashを必要とする。このように、一般的に「ネット・アート」の範囲では称されない新たなインターネットアートはシュルギンの表象技法をベースとしながら、それを技術的にアップデートしたものであると言える。そしてこれらのインターネットアートの文脈は、パイクから《http://wwwwwwwww.jodi.org 》に継承されたメディアアートの存在論的な問いではなく、またハサウェイのような技術革新によって可能になったグラフィカルな感性的美の追求とは異なる、インターネットアート特有の表現技法であると言えるだろう。
ポスト・インターネットアート
これらの思想を背景にしながらも、インターネットアートは2007年を一つのきっかけとして、大きく変化することになる。すなわち「ポスト・インターネットアート」と称されるアートの登場だ。ポスト・インターネットアートとはマリサ・オルソンによって考案され [19]、その後2009年12月から2010年10月にかけて批評家ジーン・マクヒューが批評ブログ「Post Internet」の中で発展させた概念である [20]。マクヒューが示した定義において、ポスト・インターネットは次のように示される。
「ポスト・インターネット・アート」とは、ポスト・インターネットと言い表されるような[状況]に応答するアートである——ポスト・インターネットとは、インターネットが目新しいというよりは陳腐なものとなったような状況のことだ。たぶん(…)ガスリー・ロナガンが「インターネットを意識した(Internet-Aware)」状況と呼んでいるものの方が実態に近いだろう——つまり、芸術作品の画像が実物よりもより広範囲に拡散し、[かつ]それよりも頻繁に目にされるというというような状況である [21]。
ここで示されているように、ポスト・インターネットアートとは「インターネットが目新しいというよりは陳腐なものとなったような状況」において生じたアートであり、つまりはインターネットが一般化した今日におけるインターネットアートである。先に引用した『メディア・アート原論』では、この状況の成立には、2007年に生じた三つの事象が背景にあると主張している。まず一つ目に、Apple社によるiPhoneの発売だ。これによって、我々がインターネットをデスクトップ上でのみなく、より身近なものとして接することを可能にした。第二に、人間の認識に依拠しない「それ自体」の実在を思索する「思弁的実在論」の登場がある。思弁的実在論の代表的論客であるカンタン・メイヤスーによる『有限性の後で』の序文が執筆されたのは、2006年だ。翌年には、ロンドン大学で「思弁的実在論」と称されたワークショップが開催され、世界中で注目がされた。そして第三に、メディア論者レフ・マノヴィッチによる研究機関「ソフトウェア・スタディーズ・イニシアチブ」が2007年にカリフォルニア大学に設立されたことが主張されている。以上の三つの事象が契機となって、ポスト・インターネットと言われる状況が形成されたことが主張されている。
では、ポスト・インターネットアートとは実際にこれまでのアートとどのように異なるのだろう。これについて、ポスト・インターネットアートにおける代表的なアーティストであり批評家でもあるアーティ・ヴィアカントを参照したい。彼の論考「ポスト・インターネットにおけるイメージ・オブジェクト」では、ポスト・インターネットアートの二つの特徴が挙げられている [22]。その一つ目はポスト・メディウム性である。これまで何度か確認したように、メディアアートはそのメディアが一体どのようなものであるのかという存在論的主題に対し、「普通じゃない用い方」によってその特有性をあらわにさせることで表象していた。これに対し、ポスト・インターネットアートはメディアの特有性を否定する。ヴィアカントの作品である《Image Object》(2010)はまさしくこの問題が主題となる。この作品はまずヴィアカント自身によって実際に制作された彫刻がベースとなる。この彫刻作品をカメラで撮影したうえで、Photoshopなどの画像編集ソフトを用い、写真にデジタル加工を施す。これによって、実際の彫刻とはまた異なる加工された彫刻写真を作成する。ヴィアカントはこの作業によって、《Image Object》という作品を特有のメディアに縛られない、自由な存在として表象することを可能にしているのだ。
Artie Vierkant 《Inage object》(2010)
このメディアの特有性に対しての批判的態度は、現代アートにおける「ポスト・メディウム」の思想とも関係する [23]。この概念はアメリカの美術批評家ロザリンド・クラウスによって提唱され、当時の現代アート批評界に大きな影響をもたらしていたモダニズムの思想——芸術表現はそれぞれのジャンルに固有のメディウムへと純化されるべきである、とする思想——に対してのアンチテーゼとして掲げられた概念だ。クラウスは「メディウムの再発明」という論考の中で、メディウムの領域横断的な使用が美術作品の制作における所与となった1970年代を契機にポスト・メディウム的状況(post-medium condition)が形成されていることを指摘した。この議論はおおよそ21世紀初頭のことであり、ポスト・インターネットにおいて特有の議論であるということではないが、このポスト・メディウムについての議論がポスト・インターネットアートの思想の下地に存在していると把握することは想像に難くないことだ。
ヴィアカントが提起したポスト・インターネットアートのもう一つの特徴として、「『彼ら』から『私たち』へのパラダイムシフト」というものがある。これはポスト・インターネット的状況——つまりインターネットが今日において一般化された状況において、我々はアーティストが作品を作成する環境を比較的安易に入手することが可能になったことが背景に存在する。この状況が形成されたがゆえに、従来は存在していた作者と受容者との間の「溝」が払われ、作者と受容者が同じく「私たち」となったことがヴィアカントにとっては非常に大きな意味を有しており、これがポスト・インターネットにおける大きな変化の二つ目として数え上げられている。先にポスト・インターネットアートの背景にiPhoneが存在していることを指摘したが、スマートフォンの発展はかつてPhotoshopの特権であった高度な画像編集を容易なものとしている。これに加え、TwitterやInstagramをはじめとしたSNSの発展は、加工編集した画像を「作品」として世に公開しやすくした。このような状況において、インターネット上に存在するあらゆる画像や動画はあらゆるネットユーザーによって安易に「編集」され、そして新たな「作品」として二次創作的に世に出てくる。先に扱った《Image Object》では作品が特定のメディアに縛られないことをヴィアカントは強調したが、これは結果として作品の唯一性をも否定し、つまり多くの受容者がヴィアカントの画像をもとに二次創作的に生産した画像でさえも、それを《Image Object》として認識することを可能にしている。この点において、ポスト・インターネットアートは作者が生産するオリジナルの作品が「オリジナル」としての優位性を持たず、全ての作品が平等かつ連鎖的に存在することを肯定するのだ。
考察—インターネットアートの二つの表現技法
ここまで簡易的ではあるものの、インターネットの形成以前のメディアアートからインターネット初期のアートにあたるネット・アート、そしてネット・アートとしては区分されないインターネットアートと、最後にポスト・インターネットアートについてまとめてきた。この中で、本論ではネット・アートの中から生じてきた従来のメディアアートの文脈には存在しなかったインターネットアート独自の文脈を紹介し、これに焦点を当てた。
本論で作成したインターネットアート史を踏まえ、最初の問題提起に戻りたい。それは「ポスト・インターネットにおける『ポスト』とは何か」という主題だ。ヴィアカントはポスト・インターネットについての論考の中で、これがいわゆるニューメディアアートに対してのアンチテーゼとして存在していることを主張し、この主張は前節で示したポスト・インターネットアートがメディアアートの存在論的主題に対しての批判として生じたことの根拠となっている。この点において、ポスト・インターネットアートは非常にメディアアート的な思考について批判的だ。
しかし、以上からポスト・インターネットアートにおける「ポスト」を定義づけることはできるのだろうか。そもそも、哲学や美学における「ポスト」とは何だろうか。「ポスト構造主義」が構造主義に対しての批判から登場し、また「ポストモダニズム」が従来のモダニズムに対しての批判から登場しているように、「ポスト○○」とはおおよそ続く「○○」に対してのアンチテーゼとして用いられるのが通例だ。この点において、ポスト・インターネットアートはインターネットアートに対してのアンチテーゼとして作用しなければならない。しかし、ポスト・インターネットアートはどれだけインターネットアートに対してのアンチテーゼとして作用しているだろうか。確かに、インターネットアートはメディアアートに続く存在論的な問題を内包しており(《http://wwwwwwwww.jodi.org 》など)、ポスト・インターネットアートはポスト・メディウム的思考によってこれを批判しようとする。しかし、インターネットアートのすべてがメディアの存在論的なものであっただろうか。本論が一貫して紹介してきたのは、アレクセイ・シュルギンに代表される「インターネットとそれを利用するコミュニティ」を表象するようなアートであり、それはネット・アート以後のインターネットアートにも確かに存在した。これらのアートはインターネットを利用するものの、決してそのメディアの物質的独自性を表象しているわけではなく、インターネットという国際的な情報網の形成によって出現したコミュニティを表象している。
この考察によって、ポスト・インターネットアートについて筆者が主張したい点は以上のようにまとめられる。それはつまり、ポスト・インターネットアートとして掲げられている思想は決して「インターネットが一般化された状況」に限ることはないことだ。例えばネット・アートとして分類される《Refresh》は自身のウェブサーバとウェブの作成能力さえあれば、誰しもが自らのページを作成することが可能である。この点は作品の受容者が決して受容者として収まることなく、作品の作者にもなれるという点においてポスト・インターネットの思想を迎合する。また、本論ではネット・アートとポスト・インターネットアートの中間に存在しているアートとして《We Feel Fine》と《Ten Thousand Cents》の二つを紹介したが、そのいずれも《Refresh》に同じく、受容者は《Magnet TV》や《http://wwwwwwwww.jodi.org 》における受容者のようなただ受容するのみの存在には収まっていない。前者はブログ記事という形で、そして後者は委託されたペインターとして、それぞれ作品の創造過程に(合意の有無の違いはあるが)参加したうえで、アーティストが素材をまとめ上げている。つまり、そこでは「参加」が重要な問題になっているのだ。この問題はポスト・インターネットアートも同様である。ヴィアカントが《Inage Object》にて作者性の問題を提起し、作品のオリジナルとコピーの境界を破壊する試みを行ったことですべての作品を等しくシミュラークル [24]的なものであると主張した一方、《Inage Object》という作品は強くヴィアカントに結びついているのは紛れもない事実だ。そしてヴィアカントと《Image Object》と強く結びつく以上、あらゆる二次創作的シミュラークルはヴィアカントの《Image Object》というプロジェクトに参加していることになる。従って、ここでも問題はやはり「参加」についてだ。
ここまでの議論をもう一度まとめ上げ、インターネットアートにおける二つの側面を再度確認しておきたい。まず一つ目の側面は「従来のメディアアートとしてのインターネットアート」だ。これはJodiの《http://wwwwwwwww.jodi.org 》に代表されるような初期ネット・アートであり、そこでは「普通じゃない用い方」によってインターネットの存在論が提起される。これに対し、インターネットのプロトコル的側面にではなく、インターネットという通信手段とそこで生じるインタラクティビティに焦点を当てたアート、つまりはプロトコルではなくコミュニティに焦点を当てるアートの形式も間違いなく存在する。これがインターネットアートの二つ目の側面であり、先に「参加」という概念は共通項として存在しているとした《Refresh》や《Ten Thousand Cents》などに共通する。
これらを踏まえることで、ポスト・インターネットアートにおける「ポスト」が一体何を意味するのかは一層不明瞭にならないだろうか。2007年に発売されたiPhoneは、我々とインターネットとの距離を確かに身近にはさせた。だが、インターネットの登場による我々の意識変化は《Refresh》のころから主題として挙げられている。従って、インターネットの一般化によって生じた現代の状況におけるアートというマクヒュー的な意味で、ポスト・インターネットアートが「ポスト」と名乗ることはできないだろう。なぜなら「ポスト」的な状況は今でも形成されていないからだ。一方、ヴィアカントの主張は「ポスト・メディウム」という点において確かに「ポスト」であるが、それはJodi的なアートに対しての批判としては作用するものの、それのみがインターネットアートではないことは本論を通じて確認してきたことだ。以上より、本論にて筆者はポスト・インターネットアートというアートの枠組みは存在しないという結果を考察のうえで導き出したうえ、これを結論とする。
おわりに
本論ではインターネットアートの小史を作成することによって、今日流行しているポスト・インターネットアートを批判する試みを行った。この考察を通して筆者はポスト・インターネットアートにおける「ポスト」という言葉が十分に作用していないことを理由にポスト・インターネットアートを批判し、インターネットアートを「メディアアート」的なアートと「コミュニティ」的なアートの二つに分類した。本論ではJodiをはじめとした「メディアアート」的なインターネットアートではないアートの在り方を追求したが、考察の部分で用いた「参加」という概念についてはここでは明らかにしていない。これが今後の考察における大きな問題となるだろう。以上の今後の課題を示したうえで、本論を終わりにしたい。
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[1]https://ja.wikipedia.org/wiki/インターネット
[2]同上
[3]インターネットにおいて、複数の文書(テキスト)を相互に関連付け結び付ける(ハイパーリンク)システムのこと。
[4]1980年代初頭にUNIX用に開発された(後にMS-DOSに転用)、世界で初のコンピュータ用ハイパーテキストシステム。
[5]1987年にMacintoshように開発されたハイパーテキストシステム。
[6]Louise Norton, “Buddha of the Bathroom”, The Blind Man, No. 2, May 1917, pp. 5-6.
[7]久保田晃弘・畑中実,2018,『メディア・アート原論——あなたは、一体何を探し求めているのか?』フィルムアート社.
[8]Webページを記述するための言語のこと。
[9]次を参照。http://wwwwwwwww.jodi.org
[10]アプリケーションソフトやコンピュータが動作しなくなり、入力を受け付けなくなったり異常終了したりすること。
[11]次を参照。http://404.jodi.org
[12]次を参照。http://redsun.cs.msu.su/wwwart/refresh.htm
[13]次を参照。http://www.easylife.org/desktop/
[14]複数の主体が滞りなく信号やデータ、情報を相互に伝送できるよう、あらかじめ決められた約束事や手順の集合のこと。
[15]アドビシステムズが開発している動画やゲームなどを扱うための規格。
[16]Galloway, Alexander R., 2004, Protocol: How Control Exists after Decedtrilization, Massachusettes: The MIT Press. (=北野圭介訳『プロトコル——脱中心化以降のコントロールはいかに作動するか』人文書院.)
[17]次を参照。http://www.wefeelfine.org/
[18]次を参照。www.tenthousandcents.com/
[19]Règine Debattey, Interview with Marisa Olson, We Make Money Not Art(2008), http://www.we-make-money-not-art.com/archives/2008/03/how-does-one-become-marisa.php
[20]Gene Mchuge, “Post Internet blog(2009-2010),” http://122909a.com
[21]同上
[22]Artie Vierkant “The Inage Object Post Internet” http://jstchillin.org/artie/pdf/The_Image_Object_Post-Internet_us.pdf
[23]ロザリンド・クラウス「メディウムの再発明」『表象08 ポストメディウム映像のゆくえ』(星野太訳),月曜社,2014
[24]フランスの思想家ボードリヤールの用語。複製としてのみ存在し、実体をもたない記号のこと。記号がひとり歩きして現実を喪失する状態をいう。
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