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歌川国芳ー讃岐院眷属をして為朝をすくふ図②ー完

使用原画について

今作のようにオリジナルの入手は不可能な作品の場合、過去の復刻版又は画集等を原画として使用することになります。復刻版はあらゆる点でオリジナルとは違うのが普通なので、オリジナルが掲載された画集等を用いる方が、好ましいのですが、この絵に関しては画集等(あるいはネット上の画像等)では部分的にしか載っていなかったり、原画として使用するには縮小され過ぎていて、細かい線が確認できなかったりするものしか、見つけることが出来ませんでした。幸い良いタイミングで過去の復刻版に出会い、この機会しかないとそれを購入し、原画として使用することにしました。

この作品の復刻版自体とても珍しく、恐らくこれまで、立原位貫版と版元:内田版の二種しか出ていないと思います。自分が入手したのは、1987年に立原位貫さんが作られたものです。線や色等において、確認できる範囲でオリジナルと比較しましたが、異なる点は少なくありませんでした。しかし、半端に手を加え半端にオリジナルに近づけるというのは、何か気持ち悪く感じられ、今回は立原さんの復刻版だけを参考に、復刻版の復刻を作るという方針を採りました。

(復刻版に原画と異なる部分があるというのは普通のことで、人が手でやる限り同じものは作れないということと、そもそも歴史的に、復刻とは再現の追求を目的としているものではない、ということがあります。例えるなら古典音楽や古典芸能です。奏者・演者はオリジナルの当初と同一のものの再現をその目的とし、追求しているわけでは無い、ということです。但し音楽や芸能と違い絵画には復元という分野があり、自分が目指しているのはそっちです。「復刻」と「再現」ないし「復元」はもう少し区別されて認識されて欲しく思います。)

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これが今回原画として使用した立原さんの復刻です。オリジナル及び内田版の復刻については下記サイトで見ることが出来ます。

尚、立原位貫さんは江戸時代の紙や絵具の復元含めての復刻に、取り組まれていた唯一の方です。立原さんについては、また改めて近日中に記事を書きます。


材料について

①版木

27×40×2.5㎝の山桜のベニヤ版木を計16枚両面使用しました。

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②絵具

絵具(及び紙)の解明と復元は自分の仕事の重要なテーマです。一般に復刻がオリジナルに対してリアルさを伴わないのは、使用されている絵具と紙の違いが大きいと思っています。例えば年代物の復刻が、それなりの経年変化の影響を受けているにも関わらず、オリジナルに近づいて行ってるように見えない原因も、ここにあると思っています。

今回使用した絵具は墨、ウコン、水銀朱、ベンガラ、ベロ藍(金ベロ)、細工紅、鉛白、雲母の8種です。この内6点を以下に説明します。まだ満足なものは手に入っていませんが、いづれ本物に辿り着きたいです。

・ウコン

ウコンは紙の裏面に色が抜けてくる性質があり、そこから原画における使用を判別しました。立原さんは基本的に、ウコン根を煮出すことで色素を抽出して、それを乾燥させる、というやり方で作られています。自分もそれに倣いました。

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但し、明治の文献には、ウコンは熱湯またはアルコール等で抽出するとあり、江戸時代に、実際どのように作られていたかは定かではありません。また染色の世界では、ウコンは媒染剤の種類によって、色味を変えるということが、古くから行われてきたようなので、江戸時代の絵具屋にあったウコン絵具は、一種類ではなかったかもしれないとも思っています。有力な文献資料が見つかると良いのですが、これに関しては、状態の良いオリジナル作品の絵具の科学分析を、数多く行っていくしか、検討出来ないかもしれないと思っています。尚、原画は少し赤味がありますが、ウコンは経年変化の影響を受けやすく、以前使い終わったウコン根を放置していたところ、赤味を帯びたことがあったので、原画の赤味は経年によるものと判断し、赤系の絵具を加えるということはしませんでした。(今回のケースではありませんが、ウコンは濃度を濃くした場合も赤味を帯びます。)

ウコンの色素は煮出せば出てくるので、色を取り出す事自体は難しくありませんが、ティーパックみたく、煮出した分だけ、色が薄くなりながら、切り無く出てきます。どうすれば無駄なく抽出出来るかが、これまで課題でしたが、より効果的な方法を今回見つけることが出来ました。それについてはまた今後紹介します。

・細工紅

細工紅は紅花餅という、紅花花弁を発酵後乾燥させたものから、藁灰の灰汁と梅の酸液によって色を取り出します。

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絵具として使用する際は、梅の酸液で溶いて使用します。これまで中々思うような色が、出せなかったこともあり、今回は集中的に実験を繰り返しました。結果、大幅に色味の改良に成功しました。細工紅は原材料の質、作り方、気候条件、使用時に加える酸液のph等々、色味を決める要因が多岐にわたり、150年以上前の色を再現するにあたり、「これが正解」という一点は無いと思っていますが、その目的とする色の水準レベルには今回到達出来たと思っています。

「錦絵の彫と摺」:石井研堂著に、細工紅使用の際は、「皮むき」と称する、皮をむいて乾燥させた梅から取る酸液で、絵具を溶くとありますが、今回は季節柄それも作ってみました。

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今回細工紅を摺った時の色には感激しました。自分は廉価版や摺師時代の版元さんの復刻には、本洋紅という、摺師の間では一般的な化学性顔料を使っていましたが、そういうものとは似て非なるものだと、今回強く実感しました。(自分で苦労して、やっと作ったということもあると思いますが。)

詳細はまた改めて紹介します。

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尚、立原さんがこの復刻をされた段階では、細工紅の入手には至っておらず、原画では、口紅用に紅花から作られていた本紅が、使用されていると思われます。

・ベンガラ

原画のベンガラは、自作している鉄丹ベンガラよりも、経年変化を考慮しても、黒味と赤味が強かったため、墨と天然土性ベンガラの名で売られている市販品を、自作の鉄丹ベンガラに混ぜて使用しました。立原さんが1987年に復刻をされた段階で、どういうベンガラを使用したのかはわかりませんが、恐らく天然に産出するものを使っていると思われます。

尚鉄丹ベンガラについては過去の記事をご覧下さい。https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n8e1360399b00

・鉛白

鉛白は鉛板を酢酸蒸気と炭酸ガスにさらすことで作ります。基本的な生成工程は以前の記事で紹介しましたが(https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n3c26ba4bf0d5)、今回は明治期の文献を参考に、往時の鉛白製造装置を簡易・小型化したものを作り、より効果的に作ることが出来ました。

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今作では鉛白は波しぶきの箇所に使われています。経年により黒変化するため、その使用が判別できます。立原さんの復刻においても黒変化が始まっており、こういうところに立原さんの復刻のリアリティーを感じます。

今回の鉛白の使用には、版木は使用せず、絵具をつけた刷毛を金網の上でしごくことで、紙面に絵具を飛ばしていく、という技法を用いてます。そのため飛散の具合は一枚一枚が異なります。今回は波しぶきの表現に使われていますが、江戸時代の浮世絵中には、雪の表現に時折見かけられる技法です。

この技法をやるのは今回が初めてでしたが、実際にやってみると、①飛び散る粉末が原画に比べ細かくなり過ぎる、②刷毛が非常に傷む、という問題を抱え、結果的に刷毛を木のヘラでしごくという、やり方に今回は変更しました。金網を用いるやり方については、今後の課題となりました。

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・雲母

今回、雲母は鰐鮫の胴体部分のぼかしや、海の波間のぼかしに絵具と混ぜて使用しています。摺師時代は雲母は市販品を使っていましたが、そういうものは粒子が均質的で精製がされ過ぎているように感じていて、今回初めて自分の作品に雲母を使用するこの機会に、自作してみようと思いました。原料となる国産天然鉱物を、最初ネットで探しましたが、難航したため、かつて雲母の産出で栄えた愛知県の山に直接採りに行き、これを自分で精製して用いました。

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詳細は後日改めて紹介します。

・ベロ藍

ベロ藍は市販品の中で、金ベロという名称のものを使用しています。立原さんがベロ藍にどういったものを、使われたかはわかりませんが、自分の使用しているものと比べ、経年による変化を考慮しても、黒味と黄色味、特に黒味は強いように感じました。ベロ藍は経年により、黄色味が増すと聞いたことがあるので、今回ヘロ藍を使用した海の部分は、少し墨を足して色出ししました。ベロ藍自体が、濃くすると黒味が増すので、ベロ藍自体の濃さと墨の量のバランスを見つけるのは、今回特に難しい点でした。

③紙

紙は楮を原料とした手漉き和紙です。高知県立紙産業技術センターと和紙職人の田村亮二さんに協力して貰い2018年より復元に取り組んでいます。第一期目の紙は2018年秋に完成し(https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/ncf51049688dc)、今回使用した紙は2019年秋に完成した第二期目の復元紙になります。現代一般に復刻に使われている紙とこれらが違う点は、、

1原料の楮に土佐楮の使用

一般に復刻に使われている紙は越前生漉奉書といい、那須楮を使用していますが、オリジナルの浮世絵の紙の多くは、現在の愛媛県を中心に地産の楮で作られていました(通称:伊予奉書・伊予政ないしは政)。それと同一原料とは現時点では断定出来ませんが、この紙は土佐楮を使用しています。土佐楮は那須楮に比べ繊維が太く長いという特徴があります。

2原料の楮の木灰による処理

明治以降、楮の下処理にはソーダ灰や苛性ソーダが用いられるようになり、現代はそれが一般的で、江戸時代のように植物由来の灰が用いられることは稀です。この紙では木灰を使用しています。ソーダ灰や苛性ソーダに比べ、木灰の方が楮の繊維を傷めず、楮の風合いはより生きるといわれています。

3米粉の添加

江戸時代の浮世絵の紙には米粉が混ぜられています。これまで調べた範囲では原料に対して20~100%添加されています。第一期目の復元紙には20%、今回使用した第二期復元紙には50%の米粉が添加されています。米粉を入れると虫食いの原因になるため、明治以降廃れています。

4紙を光に透かした際の簀目の存在

普通オリジナルの浮世絵を光に透かすと、紙の目が縦横に走っているのが確認できます。(間隔幅の広いほうが糸目、狭い方が簀目。) 一方で、現代の復刻版は大体一方(糸目)だけです。これは紙漉きの際使用される、道具の違いに主な原因があります。この縦横の目の存在は、オリジナルの紙の表情として特に重視しており、再現に取り組んでいます。これまで調べた範囲では、オリジナルは3cmあたり凡そ23本の簀目があります。第一期目の復元紙は25~26本、第二期目は試験的に23本と20本の2種となりました。今作ではその内、23本のものを使用しています。この目の再現の為に、和紙職人の田村さんは道具作りからトライして下さっていて、その話を聞いた時は感激しました。

5薄手である

江戸時代のオリジナルの紙は全てではありませんが、概して薄いです。一般に復刻は手に取った時、紙が厚すぎて違和感を感じることが少なくありません。第一期目、第二期目共に厚さは薄くして貰っています。

その他、漉き上がった紙の乾燥は、現代一般的な乾燥機によるものではなく、自然乾燥にして貰っています。ゆっくりと自然乾燥させた方が、紙の風合いは生きるといわれています。また紙の繊維カスやチリは、綺麗に取り除いてしまわないよう、和紙職人さんにはお願いしています。(摺師時代、版元さんの下請けをしていた時は、紙は版元さんが決めたものを支給されることが、多かったですが、紙のカスやチリは、お客さんからのクレームになりやすいので、そういうものは除けるようにしてましたが、紙の再現にこだわるのであれば、むしろカスやチリが、ある程度残っている方がリアルだと思います。)

尚今回使用した第二期目の復元紙については、後日改めて記事にまとめます。

尚、立原さんの原画の紙は特注品で、石灰で処理した楮紙と思われます。薄手で縦横の簀目もあり、中々リアルな紙だと思いました。

④ドーサ

紙はそのまま使うと、絵具が滲んでしまうので、滲み止めとしてドーサを、使用前に引く必要があります。ドーサは膠と明礬を混ぜて作りますが、この膠には市販品で、薬品・添加剤不使用で和牛皮を原料としたものを、明礬は江戸時代の製法を調べ、自作したものを使用しました。(明礬についてhttps://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n5fa2fb10e809)

なるべく紙の風合いを損なわないよう、ドーサは薄目で引きました。

彫りと摺りについて

現代の作り手から見ると、概して江戸時代の浮世絵は、作りが雑に見えることが少なくありませんが、それはオリジナルの味として重要だと思っています。

いかに滑らかで切れのある線を彫るか、いかに色ズレが無く摺るか、いかにグラデーションを滑らかに摺るか、etc。普通、復刻をしている木版画職人は、そういったある種機械的な技術の向上に、焦点を合わせ、それを復刻の上に表現しようとしますが、それは江戸時代の浮世絵の情緒を表現する上で、どこまで関係してるんだろうと、自分は時々疑問に思います。自分には「技術的に非の打ち所が無いもの=良いもの」という考えは無く、結果的にそういった技術の向上が、オリジナルの情緒や素朴さを、損なうことにつながっているケースは、多々あるように思います。これは材料と並び、一般に復刻版がキレイすぎて不自然な印象を受ける原因の一つだと思っています。

但し、これは自分が技術を軽視している、というわけでは勿論ありません。自分は技術を意のままにコントロール出来るように成りたいと思っていますが、それはあくまで原画を忠実に再現するためのものであって、より綺麗に作るためのものとは違います。自分の求めている技術とはそういうものです。復刻をされている木版画の職人さんと話をすると、復刻に再現としてのリアルさを求めている自分とは、目的が違うと毎回感じます。

自分は「原画の失敗してる部分・雑な部分も味であり、鑑賞上余程支障が無ければ、同じように再現すべき」という考えがありますが、この考えはあくまで、技術を意図的にコントロールし、狙ってやることを前提にしていて、自分の技術不足や、図らずも失敗した時の言い逃れにはしたくありません。確認のため下に比較写真を載せておきます。但し今回全てが思うようにできた訳ではなく、また手仕事である限り、細かいところは一枚一枚が異なります。只、自分が彫りと摺りにおいて、何を表現しようとしたのかが伝わればと思います。


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原画: 彫摺 立原位貫

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下の拡大写真はそれぞれ、右が自分の復刻、左が原画とした立原さんの復刻です。

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(なお線の違いは復刻では普通のことです。勿論自身の技術的な向上の余地はありますが。)

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 上2枚は紙面裏からの写真です。(上が立原さんの復刻、下が自作)。絵具の抜け方が違います。これは紙質、ドーサ、摺る際の紙の湿し加減の違いが、主な原因です。これまで紙面裏の再現までは、手が回りませんでしたが、今後は絵具の色の抜け具合とかにも気を払い、裏面まで再現していけたらと思います。オリジナルの裏面は下記サイトで見ることが出来ます。

https://www.roningallery.com/exhibitions/kuniyoshi-the-masterpieces/minamoto-no-tametomo-rescued-by-tengu

その他

摺度数計64度摺り


販売情緒

価格:211,500円(送料・税込)

限定部数:13

作品寸法:大判(約38.5×26.5cm)3枚続き計約38.5×80cm

紙面裏に署名あり

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当ウェブショップにて販売しています。

彫りと摺りを一人でこなし、浮世絵の復刻に専念されていたのは、これまで立原位貫さんとデービッドブルさんの二人しかいません。材料の再現まで含めると立原さんしかいません。

こういう事を自発的にやろうと思い、実際に出来る人は、何十年に一人しか現れず、自分はこの仕事には宿命を感じています。

自分は歴史的に行われてきた、「綺麗な版画作りとしての復刻」、「版元や職人の解釈や意図を自由に盛り込んだ復刻」、「便宜上再現を謳っているだけの復刻」ではなく、復元作品としてのリアリティーを追求した復刻をしていきたいです。そして浮世絵の復刻という分野において、これまでに無かったリアルな復刻と、新しい道を作っていけたらと思います。


(尚前回分の記事はこちらになります。)

https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n4ea695f000e5



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