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浮世絵版画の復元的復刻について②ー歌川国貞作品を例に

私は元々は摺師をしていましたが、立原位貫氏の仕事に影響を受け、江戸時代の色材や紙といった素材の復元を含めての復刻版制作に取り組んで来ました。
伝統木版画の彫師や摺師の方法論に従って復刻をした場合、結果的に出来上がる復刻版は、木版技術の水準の面でも、色材や紙といった素材の面でも、「改良版」としての性格が強いものとなります。一流の彫師と摺師、一流の美術館や浮世絵研究者の協力の元に作られたとしても、制作及び完成品の実質面では、再現作品として辻褄の合わないものとなります。江戸時代よりも高水準の彫りと摺り、改良された現代の色材と和紙を用いて、美しい版画作りを目指すことは、江戸時代当時の作品の再現を目指すこととは根本的に少し違うと私には思われます。
私はそういった従来の復刻のあり方を離れ、「(技術面でも素材面でも)いかに江戸時代当時に摺り上がったばかりの浮世絵と同質の作品を再現するか」という「再生性・復元性」をテーマに、これまで復刻版制作に取り組んで来ました。そしてそれを「復元的復刻」と名付けました。
今回はその第二弾となる作品が完成したので、その詳細を紹介をしたく思います。(前回の第一弾分の記事はこちらになります。
https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n0713d99abb05 )

 以下その解説になります。

①原画について
原画は歌川国貞「江戸花見尽 新日くらし 八重一重山桜」(紙寸約25×37cm)になります。私が浮世絵商から購入した個人コレクションになります。
浮世絵商からは「摺りは比較的早いもの。出版年の特定は難しい作品だが、恐らく天保半ば。」と言われました。しかし後述のように、後日、色材分析をしたところ、ベロ藍の使用が検出されず青色材としては本藍と青花紙が検出されたため、天保初期以前の可能性は高いとも思われました。
 
②色材について
浮世絵版画の色材は、肉眼での判定不可なものや推定困難なものが少なくないため、復刻版制作における科学的分析は有用なものと考えています。今回の色材分析は龍谷大学の山田卓司氏にお願いし、その分析手法は顕微鏡拡大観察、蛍光X線分析、可視反射分光分析、赤外線カメラによりました。
色材分析の結果、下図中の各個所において、使用が推定された色材が以下になります。(各番号は図中のそれに対応します。)

01ー紅 02ーベンガラ 03ー藍と石黄 04ー紅 05ー藍と石黄 06ー藍と石黄 07ー紅と青花紙 08ー紅と青花紙 09ー藍と石黄 10-紅 11ー墨 12ーベンガラ 13ー紅 14ー紅 15ー石黄 16ー紅

この分析結果を元にして、復刻に用いた色材が以下になります。

墨: 現行の鈴鹿墨の油煙墨を、漬け墨の方法で用いました。

石黄(人造): 浮世絵版画における人造石黄に関した近年の研究から、今回の原画の石黄は天然と思われますが、今回の復刻にあたり天然石黄の調達は出来なかったため、人造石黄を用いました。既に国内での人造石黄は製造中止になっていますが、少なくとも昭和末の段階ではまだ製造されていたと見られ、今回はその頃に製造された在庫品を入手して用いました。

紅: 原材料は町田市大賀藕絲館で作られている紅花餅を用い、大関増業編「彩色類聚巻之下」(1817年)を参考に自作しました。使用の際は鳥梅の酸液を用いました。

青花紙: 現行の滋賀県草津市産の青花紙を用いました。

ベンガラ: 分析の結果よりローハベンガラと推定されました。江戸時代同様に磁硫化鉄鉱石から作られたローハの燃焼と水飛によって作られる、現行の西江邸製のローハベンガラを用いました。

藍: 原画には「ベロ藍と肉眼での区別不可」と見られる藍が使われており、原画の出版年代からはそれは「飴出し法」によるものであると思われますが、今回の復刻には、「既製品の藍染糸を用いて飴出し法によって自作したもの」、「灰汁発酵建てによる藍染液の「華」から自作したもの」、「既製品の化学合成顔料」の三者を混ぜて用いました。
その経緯は、今回の復刻の途中で徳島の藍染師、矢野藍秀氏から藍の華を頂く機会があり、またそれまで自身で飴出し法を試してみた経験並びに文献資料調査から、「藍の華から作るものも飴出し法によるものも色にはくすみが残り、前者の法は後者に比してよりくすみを帯びる。しかしそれらくすみは灰汁の含有量によるものであり、灰汁抜きの作業をすることでどちらも最終的には冴えた青色になる」という推測が立ち、こういったことを確認したかったというのがあります。しかしながら、実験における原材料量の関係及び、どちらの方法のものも灰汁抜きをすることで色に青味は増していくが、だからといって原画のようなベロ藍色になるわけではないと思われ、市販の化学合成顔料を要することになりました。江戸時代におけるベロ藍のような藍の色材の作り方は、現時点で私はまだ掴めていません。

その他、墨、石黄、ベンガラ、藍には寺脇産業株式会社製造の薬品・添加剤不使用の牛皮膠を混入して用いました。又、12(ローハベンガラ)と07・08(紅と青花紙)の部分は摺る際にでんぷん糊を添加しました。((浮世絵社編「浮世絵 二三」(1917)に記された、1880年に就業の摺師の言及として、昔は摺る際に糊は使わなかったとあります。今回の原画の色の質感の感じからも糊は必要ないと思われたため、糊は基本的に使わない方針を取りました。しかし、12並び07・08の部分に関しては、実際に自分で摺ってみた際の色調の感じから、でんぷん糊を添加することにしました。)
 
③紙について
前述の色材分析を行った際、用紙には米粉入りの楮紙が使われているということはわかりましたが、今回はそれ以上の調査には至りませんでした。
江戸時代の浮世絵版画用紙において、ある程度一般的であったと見られる特徴を押さえた紙を、これまで土佐和紙の職人である田村亮二氏に特注で制作してもらっており、今回の復刻にはその紙を使っています。
その押さえてもらっている特徴とは、
1薄手であること。 2生漉の土佐楮紙であること。 3煮熟は天然灰汁によること。 4米粉入りであること。 5紙を光に透かした時に見える紙の目が、紙の長辺側に対して短辺側が細かく交差していること。 6完成した紙において、楮のチリやカスはある程度残すこと。

ただし4に関して、米粉の添加量は楮の原料重量に対して50%としました。これは以前に高知県立紙産業技術センターに、江戸時代の浮世絵版画6点の用紙分析を依頼した際の平均値を取りました。又、5については現行の紙漉道具の関係で、一般的な江戸時代の浮世絵版画のそれには至っていません。

紙の使用にあたっては礬水を引きました。その膠は先述のものを、明礬は江戸時代の人造明礬の製法にならい硫酸礬土と木灰から自作しました。
 
④彫りと摺りについて
山桜の版木4枚を用い彫刻しました。
彫師の世界では、復刻版制作の際に原画の線が省かれて彫られることは珍しくありません。或いは、「原画に対し忠実な線を再現する」ということを謳っている場合も、それは額面通り「コピーみたく原画と同一の線を再現する」という意味ではなく、「原画の線を省くようなことはしないが、線の乱れや線の欠け等、上手く彫られていない箇所に対しては修整を加え、原画より美しい線に仕立てる」という意味合いが多分に含まれていると思われます。それは北斎なら北斎の、広重なら広重の線の、「(眼前の原画上には実存していない)イデアの再現」のようにも思われます。
前者の例にせよ後者の例にせよ、彫師の世界では、キレと勢いがある「生きた線」を彫るということが、一つの重要な価値として存在していると思われます。
このような技術上の価値観は摺師にも存在し、彫師・摺師の方法論に従って復刻をした場合、再現を目標に復刻をすることにおいて様々な矛盾が生じます。原画と同じものを作るということとは別個に、そういうこととは矛盾するような形で、技術に対する彫師的価値観・摺師的価値観というものが、彫師や摺師の間には存在していると思われます。

しかし、私の考えとして、「胴彫」「頭彫」という言葉があったように、江戸時代においては一つの作品を彫る上で、又摺る上で、腕の悪い職人から腕の良い職人までが総出で関わっており、その多くはかけ蕎麦一杯位の値段で売られていたと云われるものであったので、一つの作品の隅から隅までが上手く彫られている、又上手く摺られているといったことはあり得ず、彫り損なってる箇所、又摺り損なってる箇所があるのは当然であると思われます。いわゆる初摺と云われるような丁寧に作られているものでも、よく見れば線の欠けや見当のずれ等、彫りや摺りの技術的ミスはあるものと思われます。もし仮にそういった技術的ミスが一切ない作品があったとしても、それは「特殊な例外」であり、江戸時代の彫りと摺りの技術水準を想定する上で、標準とするべきものではないと思われます。彫師と摺師の技術水準には時代ごとの変遷があり、特に明治時代頃を境に高度化していると思われます。そして江戸時代の浮世絵を再現するにあたっては、そういった技術水準の高度化を経た上での現代の彫師と摺師の技術水準ではなく、あくまで江戸時代の彫師と摺師の技術水準を考慮してそこに合わせる必要があると思われます。

加えて、柳宗悦の思想ではありませんが、原画上の上手く彫られていない箇所、又上手く摺られていない箇所というのは、江戸時代の浮世絵本来の美と深く関係しているものと、私には感じられます。
そのような主観的な美しいかどうかの話は別にしても、少なくとも今回の復刻の目標は、眼前の原画に対し、「江戸時代に摺り上がった当時の姿と、いかに同質の作品を再現するか」ということのため、原画上の上手く彫られていない箇所、又上手く摺られていない箇所も、鑑賞上余程の支障が無い限りは、そのままに正確に再現するように努めました。

⑤比較画像について
復刻版の再現性は原画との比較がなされない限り、伝わり難いことが少なくありません。私の技量的問題で再現し切れなかった箇所も多いですが、又、紙の質感などは伝えられないのですが、多少とも参考になるよう比較画像を載せておきます。各図においてそれぞれ上が原画で下が復刻版になります。


原画裏面
復刻版裏面

以下、部分拡大図。

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