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浮世絵の絵の具ーベンガラー鉄丹ベンガラ製法について

浮世絵の絵の具のひとつに「ベンガラ」という絵の具があります。その主成分は酸化第二鉄で、現代は化学合成での製造が主流ですが、ベンガラは人類が最も早くから使用した色材のひとつで、土、泥、鉱物として天然に産出したものが古くから使用されて来ました。考古資料の埴輪や土器の彩色にも用いられています。

近世においては人造的なベンガラの製造が発達し、それ以前の天然ベンガラに代わり主流となっていきます。江戸時代の浮世絵に於いては、鉄錆から作る「鉄丹ベンガラ」と、銅鉱山などに産する硫化鉄鉱石を、(人工的もしくは天然に風化させた)緑礬(ローハ)というものから作る、「緑礬ベンガラ」の二種類が使われたと言われています。

これまで自分の復刻では、市販の天然土性ベンガラの名で売られているものを使用して来ましたが、江戸時代の鉄丹ベンガラ及び緑礬ベンガラの製法について示された資料を得たのを機に、今回は鉄丹ベンガラの復元にトライしました。

参考文献::北野 信彦「ベンガラ塗装史の研究」

1鉄を塩水に漬け錆びさせます。「塩」は錆がベンガラになる上で重要な物質なので必ず添加します。

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2この錆水を磁製るつぼに入れ加熱します。

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3温度が600℃~800℃の間でベンガラの色が形成されます。温度により色味が変わり高温になるほど黒みを帯びていきます。計らいを見て加熱を止め、少し冷めたところで水を加えよく撹拌します。(乳棒で潰しながら行った方が良いと思います。) 

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4撹拌後、水流が落ち着く前に上澄みを別の容器に移し代えます。移し代えることでベンガラ化・錆化が不十分だった鉄の破片は、最初のるつぼの底に残されるので分離できます。

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5集めた上澄み液をしばらく放置しベンガラが沈殿したら、液体の上面を匙を使いある程度取り去ります。

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6これを濾紙に流し込み、乾いたら完成です。

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原料の鉄について、ものによっては赤い錆ではなく黒い錆(四酸化三鉄)が生じるものがあります。この黒錆でも試したところ、より高温での加熱で作ることができました。その色は赤錆で作ったものより少し褐色を帯びました。

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(完成品。写真上が赤錆由来、下が黒錆由来)


調べたところ、燃焼した場合、赤錆=酸化第二鉄は1400℃付近で四酸化三鉄に変わり、約1430℃以上でまた酸化第二鉄に変わるようです。今回の黒錆から作ったベンガラはこの1430℃以上の加熱で発生したものと思われます。(※黒錆(四酸化三鉄)は水の存在によって錆びとして自然にも発生します。)今後は黒錆の1430℃以上の加熱でも、赤錆を用いた時のような、もう少し赤みのあるベンガラを作れないか検証していこうと思います。

今回の広重の復刻「四季の花尽 萩に蛙」では赤錆から作ったものと黒錆から作ったものを1:1位で混ぜて使いました。色味はオリジナルに近いものが出せたように思います。ベンガラは経年による影響を受けにくく、耐性度・隠蔽力の強い絵の具です。

江戸時代、鉄丹ベンガラは廉価に量産できる人造顔料として、浮世絵だけでなく民家の外観塗装材料としても一般的に多様されていたようです。当時のベンガラ製造に使用された用具類が大阪や東京の遺跡から出土していて、その内容の違いから、上方ではその生産体制は窯元業者による組織的で大規模なものだったのに対し、江戸では副業的な小規模なものだったのではないかと言われています。例えば大阪では規模の大きい工房町屋跡地から、錆の燃焼に使う土師器(はじき)焙烙(ほうろく)鍋(緑礬ベンガラ生産地で伝統的に使われてきたものと同型)が一括で大量に出土したのに対し、東京では幕府の御先手組(鉄砲組)の中小武家跡地から、ごく普通に日常で使用されていた徳利(通称「貧乏徳利」と呼ばれた安価な量産型のもの)が、錆の燃焼に使用された用具として出土しています。

当時の浮世絵の摺りにおいて、自分は実際に製作する側として、鉄丹ベンガラと緑礬ベンガラの使い分けは、どのように当時は行われていたのだろうかと疑問を持っていますが、緑礬ベンガラが当時高品質の上等品として存在していたことを考えると、特に上物を摺るときには緑礬ベンガラが、それ以外の物には安価な鉄丹ベンガラが用いられたのかなと思うその一方で、緑礬ベンガラの品質・価格にばらつきがあり、色味においても鉄丹ベンガラに比べ、緑礬ベンガラはより赤みがあると言われているので、そういったことも基準になっただろうとも思い、まだ事実ははっきりしないところです。

また緑礬ベンガラについては今後詳しくお伝えします。



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