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浮世絵の絵具ー細工紅⑤

今回の歌川広重「四季の花尽 萩に蛙」に使用した細工紅は、高松豊吉 (T.Takamatsu) 「On Japanese pigments」(1878年刊)に記載された方法を参考に、これまでとは製法を少し変えました。只その文献には全ての事が書かれている訳ではないので、分からない部分は試行錯誤を要し、今回は7度の実験を行いました。以下紹介します。

1紅花餅50gを一晩水に漬ける。(今回は便宜上、紅花餅50gで説明します。) 容器には木材、ステンレス、ポリバケツ等鉄分が溶け出さないものを使います。(※紅花餅とは紅花の花びらを発酵後乾燥させたものです。古くから紅花は紅花餅の状態で、農家から紅製品(染色、口紅、絵の具etc)製造者のもとに出荷されていました。花びら1kgから約70gの紅花餅が作られます。) 

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2翌朝、紅花餅を揉みほぐしながら、水を4、5回入れ替えます。水を流し去る際に細かい繊維を捨てないよう、ざるを使います。

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3麻布に紅花餅を入れてくるみ、一時間位絞り作業を行います。水の中に漬けながらやると良いと思います。絞り始めは黄色かった絞り液が段々赤みを帯びてきます。この絞り作業をしっかりやっておくのが重要で、絞り液が薄い赤色になるまで行います。絞り液は捨てます。(参考文献では人力の圧縮機が使われていた様子が書かれています。)

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4麻布から紅花餅を容器に取り出します。前日の晩に木灰150gに水400mlを加えておき、当日そこから130mlの上澄み液(灰汁)を回収します。この時の灰汁のphは14以上です。(手持ちのリトマス紙の最大測定値が14なので実際はもっと高いのかもしれません。) その内50mlを取り分け、それに16mlの水を足したものを、紅花餅にかけてよく混ぜます。 紅花餅に灰汁をかけると茶色みを帯びます。茶色くならない場合はphが弱すぎます。また混ぜる際はゴム手袋を着用します。

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(灰汁の回収は茶漉しやざるに木綿布を敷いて、濾しながらやると良いと思います。)

5よく混ぜ終わったら、紅花餅を麻布で再度くるみ、きつく絞ります。紅色素がアルカリ液によって抽出されます。この液は捨てません。

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6同様に麻布から紅花餅を取り出し、取り分けていた残りの灰汁80mlに水80ml を加えた液をかけて絞ります。絞り液は同じ容器に集めます。

今回の参考文献に書かれた抽出作業はここまでです。明らかにもっと多くの抽出が可能だったので実験を繰り返しました。その中で最良と思われたのは、130mlの灰汁を回収した後の木灰の容器に水を約4.5l加え、そこから得た灰汁を少しずつ、麻布の口から中の紅花餅にかけては絞るを繰り返すというものです。この際の灰汁のphは13~14です。最終的に抽出して集めた液の総量は約4l(phは13~14)です。(※木灰自体がかなり水を吸うので常に必要な灰汁の量より多くの水を加える必要があります。)この分量が今のところ最良に思います。(目安となる分量が分かったので、最初から最終的に必要な量の灰汁の中に、紅花餅を浸けて揉むというやり方も良いかもしれないと思っています。)木灰に水を加えた際、灰が沈殿するのに時間がかかり、すぐに灰汁は得れないので、130mlの灰汁の取り分けと約4.5lの水を加える作業は、上記工程2の段階でやっておきます。絞るに連れて麻布から出てくる液は、段々と赤→橙→黄へと変わっていきます。口紅等に使われる本紅は純粋な赤の色素だけを使うのに対し、細工紅はある程度黄色の色素を含ませたものを使います。自分の場合は細工紅が目的なので、最初の赤みを中和するためにも赤の色素がほとんど出てこなくなるまで絞りました。絞っても黄色液しか出てこなくなった紅花餅は捨てます。

7集めた抽出液を木綿布で濾します。ざるを使うとやり易いです。

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(濾した抽出液。左が前半に集めた抽出液で右が後半です。)

8鳥梅から作った酸液を抽出液に入れてよく混ぜます。アルカリが中和され、数分経つと紅の色素が結晶化してきます。鳥梅液の量が少ないと抽出液の色は変わっても結晶化せず、絵の具としては得れません。(鳥梅とは梅の薫製で、古くから紅花染めの際の中和用酸液として用いられて来たものです。只今回の参考文献では"焼き梅"と称する梅を焼いたものが使われています。手持ちの鳥梅が沢山あったので今回はそちらを使うことにしました。鳥梅は前日から鳥梅65gを100mlの水に浸けて準備しておきます。乾燥した鳥梅は水を吸うので出来上がる鳥梅液の量は約70mlです。※ただし、参考文献から算出した50gの紅花餅に必要な鳥梅液の量は16mlでしたが、実際この分量では足らず、量を変えながら最終実験段階では上記70mlを試しましたが、結局これでも足りませんでした。足らなかった分は前回までのやり方同様米酢を加えました。米酢(のみ)の場合抽出液1lにつき14mlで足ります。米酢と鳥梅液のphは共に約3で同じ位なのに、何故鳥梅では中和・結晶化出来なかったのか疑問が残りました。今後は鳥梅の品質・種類含め再検討しようと思っています。

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9結晶が沈殿するまで放置します。その後、出来るだけ上澄みを取り去ります。上澄みを取り去ったら、再度水を加え沈殿後、上澄みを取り去る作業を行い、結晶を洗います。今回の参考文献には、この時底に沈殿したものを"shomi beni"(正味紅)と言い、染色に使うと書かれています。絵の具にする場合は下記工程のように水を切った後、少量の葛粉糊を加えます。本紅(小町紅)を作る場合は、沈殿した紅にアルカリ液を加え溶いた後、酸液を加え再結晶化させると書かれています。これは他の資料に散見される本紅の作り方とは違うところです。鈴木春信等の一部上物には本紅が使われているので、いづれ作るつもりです。

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10上澄みを取り去ったら、ざるに絹を敷いて流し込み水を切っていきます。絹は目の細かいものを選ばないと、色素の歩留まりが悪くなります。水の切れはかなり悪いので、軽くそっと絞りながらやると良いと思います。

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11水が切れたら泥状の紅を回収します。一旦回収を終えたら、絹を水を入れた容器内で濯ぎ、その液を再度その絹で濾します。これを何度か繰り返すことで、より無駄なく紅を回収できます。

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12葛粉を水に溶いて加熱して作った葛粉糊を少量混ぜ、乾いたら完成です。とてもカビが生えやすいので、出来るだけ薄く伸ばして乾きやすい状態にして、日陰で乾燥させます。光に弱いので、作業全体において光が当たり過ぎないよう気を付けます。

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(乾燥後の紅)

補足:水を切る際、これまでは木綿を使っていましたが、絹の方が余分な黄色色素をより吸収してくれるように思います。下の写真は絹を使った時と木綿の時の、使用後の比較です。左側の絹の方がより黄色みがあります。

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参考文献によると、紅花餅から出来る細工紅の量は紅花餅の質により異なり、紅花餅の量に対して、およそ7~10%の細工紅が出来ると書かれていますが、自分のは5%未満に留まりました。ただし、これは添加する葛粉糊の量が少なかった可能性もあると思います。紅花の花びら1kgから約70gの紅花餅が出来、そこから出来る絵の具が約5~7gです。細工紅は江戸時代から高価な絵の具で、摺師は金の如く惜しんだと言われていますが、摘み取った花びらの量に対して、完成する絵の具の量だけを考えてみても、それは理解できます。

今回の製法は前回までのやり方に比べ特に、・アルカリ液を添加後、間を置かずに赤色素の抽出を行う、・酸液添加結晶化後、上澄みを捨てる、この二点において作業時間が短縮化されました。結晶化した後の紅の溶液は水切れが悪く、以前は布に流し込んだ後、水が切れる前にカビが発生してしまうこともあったので、この点の改良は大きいです。

さて肝心の色味についてですが、それに関しては、(これまで同様)満足のいくものには達しませんでした。色が黒みを帯びてしまい、本来の紅色と思われる色は出ませんでした。本当はもっと明るさ・鮮やかさのある色のはずです。今回は実験を7度行い、色味にはばらつきがありましたが、比較的良かった方のものを、広重「四季の花尽 萩に蛙」の本摺りには使用しています。ここで紹介した製法も7度の実験を経た上で、最良と思われるやり方をまとめたものです。

また今回の広重「四季の花尽 萩に蛙」は、画面全体にちりばめられた紅色が存在感を持った絵なので、そういう点においても、今回の復刻は紅色の不出来が最も残念な部分となりました。これが今の自分の実力であり限界で、引き続き精進を続けます。

実験の終盤で使用後の木灰を乾かし、次に使い回すことを試してみました。使い回すとアルカリ度が弱くなるので、その事も考慮してphに気を配りながら行いましたが、色味は作ったものの中でダントツに悪かったです。木灰はこれまでクヌギとナラが混ざったものを使用してきましが、やり方ではなく、その木灰の種類・質に原因があるのではと今は思っているので、今後はそういったことを検証していこうと思っています。




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