わりと、この街が好きだった


少し前に結婚して、この街に来ることも少なくなった。

朝の繁華街。
外国からの観光客と修学旅行生、パチンコ屋の開店前の行列、朝まで飲んでた人たち、夜中まで身体を売ってた人。色んな人たちがこの街にはいる。

長いこと一緒に働いてた同期が突然に潰れた。
30歳を目前に、社会の苦しさを受け入れて、タバコと酒で流し込んだ不満が遂に爆発した。

こうやって、一人一人が別の道を歩んでいく。
なんだかんだで生きていけるほど、人生は藤井隆みたいに上手くいかない。

毎日、同じことの繰り返しが心地よかった。夢は悪夢しか見てなくても、現実は意外と悪くない。

昔、この街に好きな人がいた。
その人はここにしか生きていなくて、彼女はこの街だけの名前を持っていた。
今でも彼女はこの街で生きていて、誰かに愛されてる。
本当の彼女はきっとここには住んでいなくて、そんな君がくれたものは、知りたくもない事実と夢の結末。

いつのまにか、何かを書いたりすることも無くなった。人生とかそういった大きいことを考えたときに、こういったことを記録することも意味がないと分かったんだと思う。

独身時代を思い出しながら、会社の後輩たちと酒を飲んで、妻に怒られながらカプセルホテルで汗を流す。
既婚者なのに、わりと自由で、これもまぁ子どもが居ないうちだからと言い聞かせて赦しを乞う。
きっと自分は碌でもない男だ。別に不倫も犯罪も触らない痴漢もしてないけれど、いい人ではない。

この街に残してきた悲しみも、思い出にしながら今を生きている。

いつのまにか、会社の中で重要な仕事を任されるようになり、それは自分が頑張った結果でなく、周りが倒れていった道で偶然立っていただけだったと知る。
今までずっと近くにいた友人が東京へ旅立つ。
彼も倒れずにいた結果が、それにつながってしまった。

最近、椎名林檎の「正しい街」ばかり聞いているから、少しメランコリーなんだ。

ここは自分にとって正しかったのか、産まれてから、青春時代を過ごして、初めてできた恋人もこの街。それからしばらくして、初恋以来の衝撃をくれた彼女と出会ったのも、嵐の日のこの街だった。

あの日の選択からずっとここに正しさを求めてた。
この日々がもっと良くなるように願ってた。
何か書くのに、ここまで時間がかかるようになった。
下手くそな言葉すら思いつかなくなって、僕は29歳になって、この夏が終わったら20代は終わりを告げる。
人生で1番楽しかった日々は10代か20代かと問われれば間違いなく20代と答えれるし、人生で1番苦しかった日々も20代だと思う。
これが更新されることは、もう無いのかと思うと少し寂しい気もする。

この街で見た。夜も朝も好きだった。
この街で働いてた日々もあった。
この街で好きな人を泣かせたときもあった。
この街で学んだことは愛した人に贈るプレゼントはクレジットカードで買うなということだ。口座から引き落とされたとき、その人は僕の目の前から消えてることがあるから。

少しずつ変わっていく。
あの頃何度も空に浮かべた煙は、今は制限時間付きの小さな喫煙所に変わっていた。
いつのまにか、加熱式タバコに変わった自分に、ときどき昔を思い出したくなって火をつける。
この日もそんな夜だった。

まだ、胸ポケットにラッキーストライクが1本だけ残ってる。
これを吸ったら家に帰ろう。
仕事に行った妻に、なにか美味しいものをつくって待っていよう。
立ち上がった先に見えたのは、妻に一生を誓ったときに指輪を買いにいった店があった。

過去を生きることが、たまにある。
この街で

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