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3つのルールを破っても?:ロシア語版ウィキペディアの[[ロシアのウクライナ侵攻(2022年)]]を日本のウィキペディアンが見た

お疲れ様です。ウィキペディアンVTuberの宇喜多・W・要出です。

[[ru:Вторжение России на Украину (2022)]] 31 марта 2022 в 14:40(UTC) (CC BY-SA 3.0)

2022年3月の頭と末に合わせて二度、ロスコムナゾール(ロシア通信監督局)はロシア語版ウィキペディアに対し、記事を削除しなければサイトを停止する、と警告しました。

さらに同年3月中旬には、ロシア語版ウィキペディアの主要なウィキペディアンがベラルーシ当局に逮捕されました。


日本語版ウィキペディアに長らくかかわってきた私としては、今回の事態はなかなか無視しがたい状態です。そして下の記事を(機械翻訳で)読むと、どうやら今回逮捕されたウィキペディアンは相当すごい方のようです。

ホロコーストとソ連の歴史に関して、秀逸な記事を少なくとも4つ書いているようです。秀逸な記事とは、ウィキペディアン同士の査読や投票によって選ばれた、その名の通り素晴らしく、ほかの記事の手本になる様な記事です。一本書くだけでその執筆力は折り紙付きです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E7%A7%80%E9%80%B8%E3%81%AA%E8%A8%98%E4%BA%8B

管理面でも記事の削除が可能な権限を持っているそうです。日本語版で言えば削除者に相当するのでしょうか。いずれにせよ、ウィキペディアで何らかの役職に就くには、それまでの貢献で信頼を高めるほかありません。

また大学でウィキペディアの講義をしたり、ウィキペディアのベラルーシ支部の設立に取り組んでいたりもしたそうです。彼が逮捕された理由は、ベラルーシにいたから、そしてこれだけの活動をしていたので事実上匿名ではなく、「アクセスしやすかったから」と、先に挙げたロシア語のソースにありました。

[[ロシアのウクライナ侵攻(2022年)]]の記事を編集した人は非常に多いのですが、逮捕されたのは今のところ彼一人です。


これが件の、[[ロシアのウクライナ侵攻(2022年)]]の記事です。

私が見てほしいのは、この記事のノートページです。ウィキペディアの記事には、それぞれ記事の編集について話し合うノートページという場所が用意してあるのです。このノートページへのリンクは、是非いったん踏んでみてください。

ロシア語が読めなくても明らかに警告文であることがわかります。(機械翻訳で)読んでみると、このようなことが書いてあります。

ロシアとベラルーシでは政治的弾圧が強まっています。軍の検閲が導入されていることに留意してください。あなたがロシアやベラルーシに住んでいる場合は、最後に署名せず、また、個人情報を開示しないでください。追加のアカウントを作成することもできます。

この文には日本語版ウィキペディアではありえないことが2つも書いてあります。一つ目は「署名しないように」です。

ウィキペディアにおける署名とは、ウィキペディアで話し合うときに必ず付記する、書いた人物の名前と、書いた人物の個人ページと、書いた年月日時分のセットです。署名を書くことはウィキペディアの基本的なルールです。署名を書いていない人は議論を擾乱しようという輩か、あるいは初心者か、というほどに基礎的なルールです。それを書くなと言っています。

二つ目は、「追加のアカウントを作成することができる」です。ノートページのリンク先に詳しくありますが、事実上、多重アカウントを作ってよい、と言っている状態です。

通常状態のウィキペディアで複数のアカウントを作ると何が嬉しいかというと、例えば、少数意見を多数意見に見せかけることができます。記事を荒らしてアカウントがブロックされても、別のアカウントで荒らしを続けることができます。もしも、正当な理由なく2つ以上のアカウントを使用していたことが発覚した場合、その人がたとえ秀逸な記事を書いていたとしても編集をブロックされます。かなり重い対処です。

で、多重アカウントを作ってよいと書いてあります。こちらのページには前のアカウントから次のアカウントへ、関連性を残さずに上手に移行する方法が書いてあります。


これら二つのルール破りは、どれも当局の監視の目を振り切るためにあるのでしょう。そしてもう一つ、日本語版ウィキペディアではおそらく今までになかったルール破りがあります。[[ロシアのウクライナ侵攻(2022年)]]の記事の履歴ページです。

[[ru:Вторжение России на Украину (2022)]] 31 марта 2022 в 14:40(UTC) (CC BY-SA 3.0)

この記事の編集を行ったウィキペディアン、そのすべてのアカウント名と個人ページへのリンクが削除されています。先ほど挙げたロシア語のソースによると、これは当局側の圧力ではないそうです。逮捕以来ずっと、新たな編集があるたびに、ロシア語版ウィキペディア管理者や削除者が編集した人がだれなのか特定できないように削除しているようです。「安全のため」「セキュリティのため」という理由がそれぞれ付記されています。

これも現在の日本語版では考えづらい事態です。まず管理者・削除者の人数が足らないということもありますが、そもそも安全やセキュリティのために編集した人の名前を削除するというルールなどないからです。ルールや議論に基づかない権限の行使はもちろんルール違反です。しかし、こうでもしないと第二第三の逮捕者が出てしまうのでしょう。


先ほどちらりと書きましたが、ベラルーシには国別支部がありません。ベラルーシに住むウィキペディアンはよっぽどのイベントがない限りオフラインで会うことはないのです。仮にイベントで顔を出せば、事実上匿名ではなくなってしまい、今回のように国家による弾圧を受ける可能性が高まります。ベラルーシ支部があれば、抗議声明を出したり、逮捕・拘留された彼の支援などができたのでしょうが、官僚主義と資金不足により、ベラルーシ支部の立ち上げはとん挫したそうです。


上に挙げた三つのルール破りは、日本語版では明らかなルール違反です。ですがもしかすると、ロシア語版と日本語版では規約細則が違うのかもしれません。

2022年2月24日以前にも複数回、ロシア語版ウィキペディアに当局から圧力がかかったことがあります。そのためにルールを変えた可能性もあります。そうでなくとも、ルールをほかの言語版より柔軟に運用している可能性は十分考えられるでしょう。

そして少なくとも、今の日本語版ウィキペディアには、国家からの検閲を想定したルールはありません。


時に、日本支部もないんですけど。


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