連載小説「メイドちゃん9さい! おとこのこ!」2話「市場」 おひさま!
伝統と文化の街、倫敦。
この物語は、倫敦のちいさなお屋敷を舞台にお届けする。
9歳のちいさなメイドちゃんと、お年を召した奥様の、1年間の日常です。
この世に男と生まれたならば、主人の命には背くまじ。か弱き女性は助くべし。
これぞ騎士道。アーサー王の時代から変わらぬ師範。メイドちゃんも騎士道に生きる男です。
よって、本日のお買い物に対する気合いも違います。
場所こそいつもの市場ですが、今日は使命を帯びているのです。
使命を帯びた男は、身分を問わず騎士なのです!
クラシカルなメイド服を鎧と纏い。
いざゆかん!
「ヤオさん、今日もお買い物お願いします」
「あいよ。ダイジェクティブビスケット、牛乳、スコットランドのポリッジ、ソーセージね、石けんね」
今日もメイドちゃんは優秀です。お家にいなかったヤオさんを、たった30メートルの移動で見つけだしてしまいました。
ヤオさんは、重たいものをお買い物してくれるおじさんです。
買ってきてほしいもののメモを渡すと、スーパーで買ってお屋敷に届けてくれるのです。
マーク&スペンサーに向かい、バイクを繰る勇姿。彼も歴戦の騎士。騎士は集うさだめなのでしょう。
メイドちゃんも手綱――首から提げたお財布のひも――を、しっかと握り直します。ガマグチとうたわれし東洋のお財布です。
「では、小麦粉を買いに行きます。また明日」
「小麦粉!? あの婆さんが!?」
市場は今日も色とりどり。5月は元気な季節です。
野菜、果物、お肉にお菓子。たくさんのお店が並んでいます。
でも、メイドちゃんが行くお店は決まっています。奥様の口癖です。
古い付き合いは大事にしなさい。
缶詰屋のおかみさんにご挨拶。
「こんにちは、おかみさん」
「こんにちは、チェルシー・フラワー・ショーは行く?」
「んー。お花ばっかりはあんまり……」
おかみさんはクスクス笑い、紅茶はまだあるか確認しました。
ホントはお店では売らないのですが……、「先代からのよしみ」だそうです。
「まだあります。では小麦粉を買いに行きます。また明日」
「あのお婆ちゃんが小麦粉!? ついにボケちまったのかい!?」
このサンドイッチ屋さんだけは新しい付き合い……、らしいです。
よく知りません。メイドちゃんがお屋敷にきたときには、もうお付き合いがありましたので。
いつからか知らないけど、他のお店と同じように「付き合いがある」お店なので、メイドちゃんのガマグチは空です。
月末にまとめて銀行引き落としだそうです。
このサンドイッチ屋さんは、「そのガマグチいるのか?」と、よくききます。すごくたくさんピアスをしているお兄さんです。
晩ごはんはいつも、このお兄さんのサンドイッチです。
トマトを切るナイフ裁きも実に鮮やか。騎士の使うは剣が本懐。やはり、騎士は集う宿命です。
「いつものヤツ?」
「はい!」
「まだピクルス克服してねえのかよ」
「そ、ピ、ピクルスはまた明日! 今日は重要な使命があるのです! 小麦粉を買わねばいけないのです!」
「あのババアが小麦粉!? お祈りしろ! ハルマゲドンがくるぞ!」
市場を抜けたところがパン屋さんです。
「おう。来たか。もっと太れよ」
パン屋のおじさんは、しょうがパンぼうやみたいに丸々としたおじさんです。
挨拶はいつも「もっと太れよ」です。
「奥さんはもう痩せすぎだよなあ。トシなんだからもっと栄養つけなくちゃ。えーと、今日は取り寄せの品だけでいいのかい?」
「はい! えっと、コロンビアからきた小麦粉です」
「はいよ。しかし、最近はこんな売り方もあるんだなあ。メールを見たときゃあうさんくさい気もしたけどね。わざわざ遠くからこいつを買いにくる客が多いんだ。もうチャリティはネットで知る時代か」
おしゃべりしながら、茶色の袋を出してきて。
「気をつけてな」
う、確かにずっしり重いです。
「ユーリもとうとうパン焼きに挑戦か。奥さんをたんと太らせてやりな」
「僕の挑戦はまた明日です。これは奥様が使うのです」
パン屋さんは、足下にきつねの口が開いたような顔をして。
ぱくりと食べられる覚悟を決めた顔になり。
「坊や。帰りな。今日は愛する家族と過ごすんだ」
と、厳かに十字を切りました。
使命はもう果たしたんだけどなあ。
まあ、騎士への礼儀とはこういうものかもしれません。
とにもかくにも帰らないと。「円卓騎士物語」が始まっちゃう。
えっちらおっちらメイドちゃん。使命を果たして小麦粉抱え。今日も明日も優秀です。
Next Moonlight...
2020/05/25
Kindle
オンライン・オフライン情報作品情報
お仕事のご依頼はこちらよりお願いします。 youkai@m3.kcn.ne.jp
表紙は花兎*様(Twitter:@hanausagitohosi pixivID:3198439)より。ありがとうございました。
参加中!
応援いただいた分は、生活費に充てさせていただきます。