残り香と声の色と

 あの頃の僕は、近所の山の頂上まで走って登り切ることに情熱を燃やすような、香ばしく日に焼けた少年だった。
 頂上から僕の住む街を一望できるこの山は、全体が自然公園になっていて、舗装された広くて平坦な道と、濃い粘土の匂いのする狭い道とが交互に続く。土の上を走るには強く蹴る必要があって、頭を使う。脇には藪が広がり、奥にはよく蛇がいて、こちらを見ていた。
 さらに狭い道を進む。絡み合う植物がちぎれ、名前を知らない虫が四方に飛び去った。陽射しが過去の視界を曖昧にしていく。道の先に誰かがいて、何でもない話をした気がする。
 世界が広がっても薄まらない残り香と、どんどん澄んでいく声の色とが、眼の奥の方に浮かんでいる。

(300字ショートショート『残り香と声の色と』)

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