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【医療機器開発プロセス】 第1章 開発研究編③:基本要求仕様の特定

開発研究のゴールは、詳細な製品設計に進むための基本的な要求仕様を明らかにすることです。
そのためには、既存の医療機器の情報や作用原理から要求仕様となりうる項目を抽出し、それぞれのパラメータの根拠として必要となる検証試験を実施する必要があります。
ここでは、どのような視点で要求仕様項目を決めていくか、どうしたら効率よく要求仕様のパラメータの根拠を作っていけるか、についてお話しいたします。

開発研究のゴールは製品の基本的な要求仕様を明らかにすること


開発研究のゴールは、詳細な製品設計に進むための基本的な要求仕様を明らかにすることです。この「基本的な要求仕様」とは、PICOで立てたコンセプトを実現するために最低限必要な構造、性能、使用方法を指します。

例えば、血管の狭窄を防ぐステントを開発する場合、そのステントの長さや太さ(構造)、強度や耐腐食性、耐疲労性(性能)、血管内への挿入方法や圧力(使用方法)といった仕様を決める必要があります。

最低限必要という意味は、これらの仕様が変わってしまうと、目的のコンセプト(有効性、安全性、ユーザビリティなど)が達成できなくなってしまうということを意味します。

医療機器として製品を設計するためには、種々の安全規格に適合させたり、詳細なリスクマネジメントを実施する必要があります。もちろん、この段階でそれらを考慮すれば、よりスムーズに詳細な製品設計に移ることが出来ます。ただ、それらは製品設計段階の初期に改めて実施することも可能ですので、この段階では、コンセプトを実現するために本当に必要な仕様は何か、ということに集中して検討してもよいでしょう。

では、どのように基本的な要求仕様を決めていったらいいのでしょうか?次に要求仕様を特定していくためのいくつかの視点をご紹介します。

基本的な要求仕様項目特定のスタートラインは、作用原理が類似する既承認品や認証・承認基準など


開発している機器の構造や性能のうち、開発研究段階で基本的な要求仕様として検討すべきものは、どれかを決めるのは悩ましい問題かもしれません。

スタートラインとしては、既に承認された医療機器が挙げている構造や性能項目、類似機器の認証・承認基準、国際規格で定義されている構造や性能項目などを参照することが良いでしょう。既に承認を得ている医療機器は、規制当局と一定のコンセンサスが得られているため、後に開発品の薬事申請を行う際にも説明しやすくなります。

承認されている医療機器の開発情報はPMDAから入手できます。第1部の開発研究編①原理検証のページでも入手方法が解説されていますので、参照してください。

医療機器 添付文書等情報検索 | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 (pmda.go.jp)
法人文書開示請求の流れ | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 (pmda.go.jp)

認証・承認基準というのは、こういった仕様を満たせば医療機器として認可します、という規制当局が製品カテゴリごとに定めた基準です(詳しくは、第4部 薬事申請編で解説します)。認証・承認基準もPMDAのサイトで検索・確認することが出来ます。

医療機器基準等情報提供ホームページ (pmda.go.jp)

製品カテゴリによっては、JISやISO、IECといった製品規格や測定規格が存在します。これらは、その製品の業界のエキスパートたちによって形成されたコンセンサスです。認証・承認基準の多くはこのような規格を引用しています。規格の文書は各規格審議団体から購入できます。日本では日本規格協会が各審議団体の規格を販売しています。医療機器に関連する規格については、第2部の製品設計編で詳細に説明します。

JISC 日本産業標準調査会
ISO - International Organization for Standardization
Homepage | IEC
日本規格協会 JSA Group Webdesk

こうした情報から、要求仕様として設定すべき構造や性能の候補を抽出できると思います。

ただし、必ずしも既存製品の構造、性能と同じ要求仕様項目で良いというわけではありません。開発品は既存製品とは使用目的が異なる場合や改良を目的としている場合もあります。既存製品の仕様がなぜ設定されたのかを理解し、それを開発品に適用すべきかを吟味することが重要です。

適用すべきかを判断する際には、開発コンセプトとして原理的にどの仕様が重要かという視点で検討することが重要です。

例えば、血管内ステントの場合、血管の太さや病変の長さに合わせることが必要であるため、ステントの長さや太さが要求仕様として挙げられます。また、血管内に長期間留置するため耐腐食性も重要です。もし、新しい開発品が下肢の血管などの曲がりくねった部分に適応するために屈曲耐性に優れていることがコンセプトであるならば、上記に加えて耐屈曲性のような項目も仕様に加える必要があるかもしれません。

このように、類似する医療機器からの視点と作用原理からの視点の両方を考慮し、要求仕様項目を決定することが重要です。

性能、構造のパラメータは有効性、安全性、使いやすさ等の視点から設定する


どのような性能や構造を製品設計のための要求仕様として定めるべきかが見えてきたら、次は、それぞれの性能や構造を定量的に定めます。各性能や構造の定量的な値は、中心値±許容幅で定めるのが一般的です(許容幅は+か-の片側だけの場合もあります)。

これらの値は何らかの根拠のもとで定める必要があります。考える視点としては、開発品の有効性、安全性、使いやすさなどが挙げられます。


例えば、超音波治療器について、動物実験での治療効果に超音波強度依存性が見られたら、有効性の観点から超音波治療器の強度性能は最も治療効果の高い値を中心値にするのが良いでしょう。

超音波強度が強ければ強いほど効果が高い一方で、強度が高くなればなるほど発熱による火傷が生じるといった場合には、安全性の観点から、火傷が生じない最大強度が強度性能の上限値(中心値+許容幅)の基準になるでしょう。

超音波の治療時間について、時間が長いほど治療効果が高くなる傾向があると仮定すると、有効性の観点からは治療時間はできるだけ長くすることが望ましいです。しかし、疾患や機器の使い方によっては、医師が長時間治療を行えない場合や、患者さんが長時間治療を受けたくない場合があります。そこで、臨床的な使いやすさの観点から治療時間を決定するアプローチも考えられます。

ただし、使いやすさからのアプローチは、有効性や安全性の面で臨床的に十分意義があり、コンセプトの実現を達成できる場合に限ります。使いやすさを優先して、有効性や安全性がおろそかになってしまっては本末転倒です。

有効性や安全性と使いやすさがトレードオフになる場合は、機器の仕様を変更して両立できるかどうかを検討することが望ましいでしょう。例えば、治療時間を短くし、強度を高めることで高い治療効果を得られるか、機器の使い方を工夫して医師が立ち会わずに治療が可能な場合があるか、患者の苦痛を軽減できる方法がないかなどを検討することが重要です。

効率よく要求仕様パラメータを決めるには既承認医療機器との差分に注目する


機器の要求仕様項目の種類が多くなると、全てを臨床試験や動物試験でパラメータを検討することはコストが膨大になってしまいます。

効率的に要求仕様パラメータを決めるポイントは、既に承認されている類似医療機器との差分に着目することです。

開発品の仕様が、既承認の医療機器との差分が大きい、又は、差別化ポイントとして差分を主張したい仕様項目については、自社できちんとしたエビデンスを構築することが望ましいでしょう。

逆に開発品の仕様が、既承認の医療機器と差分が大きくない、又は差分を強調したくない仕様項目については、できるだけ既存製品とパラメータを揃えるか、同等性を主張するためのロジックを構築することで検証試験を省略できる可能性があります。

同等性というのは、単にパラメータの値の差分が大きい、小さいというよりは、有効性、安全性に与える影響が大きいか、小さいか、という視点が大事です。値が倍違っても、有効性、安全性がそれほど変わらなければ、同等であると言えるでしょう。

例えば、既存製品とは異なる超音波強度で新しい作用を見出して、新しい適応疾患の治療を目的した超音波治療器を開発する場合は、超音波強度に関しては動物実験などで効果が最大化する強度条件や安全性が担保される強度条件などの検討を行った方が良いでしょう。

一方で、超音波周波数に関して、原理的に作用に影響しそうになければ、既存製品に合わせた値に設定してしまって、既存製品と同等性を担保して試験を省略するのも戦略の一つです。

作用機序や治療機序が明確ならば工学試験や動物試験でパラメータ設定が可能


原理検証と同様に、要求仕様の根拠を得る手段は工学的な試験やシミュレーション、動物を用いた生物学的な試験、人を対象とした臨床試験等、様々なものがあります。臨床に近い情報を得るためには、費用や時間などのコストが大きくなります。

決めなければいけないパラメータが多い場合、全てを臨床試験で決めることはできません。動物試験で決められるものは決めておくべきです。重要なのは、動物試験における治療機序がヒトでの治療機序へ外挿できるかどうかです。

ヒトと動物でサイズや性質は異なりますが、超音波照射によって腫瘍を焼灼して治療する治療機序は同じことが明らかであれば、動物での腫瘍を焼灼できる治療条件とヒトでの腫瘍を焼灼できる治療条件に大きな差はないでしょう。

このような場合、動物試験で検討した治療パラメータは、ヒトの治療パラメータとして採用できる可能性があります。ヒトに近い治療機序を証明できる動物モデルや評価系などの試験系がカギとなります。

パラメータの数や検証条件が多くなると、動物試験は費用や時間の面で大きな負担になるでしょう。そのような場合、作用メカニズムが明確であるならば、工学試験でも検証できないかを考えることも良いと思います。

たとえば、発熱量と腫瘍の壊死量の関係性や、超音波条件と腫瘍に照射したときの発熱量の関係性が分かっている場合、動物試験を実施せずにシミュレーションなどで超音波条件を決定できるかもしれません。特に、同等性を証明する場合には、既承認品と開発品の条件を比較して発熱量や壊死量が同等であることを工学的に確認すれば、その根拠を説明することができるでしょう。

こうした工夫により、非臨床試験の段階で要求仕様のパラメータをできるだけ決定することが可能になります。

まとめ


上記で説明したように、既存の医療機器の情報を参考にしつつ、開発品の原理やコンセプトとの差分に着目し、自分たちで検証すべき項目やパラメータを絞ったうえで、メカニズム的にもコスト的にも妥当な検証試験の方法を考えていくことで、効率的に要求仕様を絞っていくことが出来ると思います。

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