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上野直之さん - 新幹線を世界に伝える人

写真左隣は故・Adrian Shooterエイドリアン・シューター氏(元チルターン・レイルウェイズ会長およびビバレール会長)。Maryleborne駅の1番線ホームに銅像がある。英国で広く普及する保安システム(TPWS)は、彼がJR東海の技術(ATS)からヒントを得て採用した

日本の新幹線をアピールする

私の仕事は、高速鉄道が張り巡らされたヨーロッパ各国に、JR東海の鉄道システムをプロモーションすることです。東海道新幹線の高い安全性や採算性、また超電導リニアの技術の優位性を発信することは、組織の枠を超えて日本の発展に貢献する重要なミッションです。

英国や欧州鉄道の関係者とのネットワーキングも精力的に行っています。彼らとはある意味ライバルでもありますが、より良い鉄道システム構築のために、常に情報交換する良い協力関係ができています。例えば、JR東海と英国の鉄道会社の間では「日英鉄道交換研修制度」が30年にわたり続いており、毎年そのリユニオンも、ロンドンで開催されています。

できることはなんでもやります。面白いところでは、ロンドンの中高生向けにマグレブ(Maglev; Magnetically Levitated Vehicle;磁気浮上鉄道)を紹介する科学の出張授業なども行ってます。

リアクション上手な英国の子供たちからはたくさんの質問がでますが、どこでも必ず聞かれるのがコストのこととエネルギーのこと。環境負荷についての欧州社会の関心の高さが伺えます。

マグレブの技術を英国の中高生に教えるワークショップ(2023年)

ロンドン駐在は2回目ですが、その間には、営業案件のために米国に駐在したり、名古屋にあるリニア鉄道館(2011年開館)の立ち上げに技術面の責任者として関わったりしていました。(どんな車両をどんなコンセプトで博物館に展示するかを考えるのはめちゃくちゃ楽しい仕事でした!夢がありますから。)それらも含め、国内外に新幹線の技術を売り込むのが、私の仕事です。

転機となった調査派遣制度

もともとは工学部出身の車両エンジニアでした。新卒の頃には新幹線の運転士もしましたし、車両開発(ドクター・イエロー、N700、N700Sなど)、メンテナンス現場の監督など、技術畑にいたのです。

新型新幹線開発現場のチーム写真、青枠内が本人(2017年)

でも、34歳の時に気分転換のつもりで社内の「海外調査派遣制度」に応募したことがキャリアの転機になりました。当時英語は不得意でしたが、それまでの先輩方が皆アメリカに行っていたところ、欧州の調査をテーマにした論文を書いて提出したのがよかったのかもしれません。

調査派遣は非常に有意義な経験でした。どこに行っても日本人は自分だけなので、少しでも多くのものを吸収しようと必死でした。すると、受け入れ先の英国企業(Angel Trainsエンジェル・トレインズという車両リース会社)の社長が気に入ってくれて、毎月異なる企業に派遣してくれるという、特別なプログラムを組んでくれました。

鉄道人多しといえど、三大メーカー(シーメンス、ボンバルディア、アルストム)をはじめ10社以上の欧州の鉄道関連企業の現場に立ったことがあるのは、私だけかもしれません。

身をもって知った日英の違い

たくさんの発見がありました。例えば、日本の鉄道業界は「和を持って尊しとなす」のカルチャーで、安全は皆でつくるもの。マネージャもエンジニアと同じツナギとヘルメットをかぶり同じ目線で現場に立ちます。しかし、英国のマネージャは絶対に作業着を着ません。そこには絶対の距離がある階級社会なのです。

また、日本での安全点検は必ず2名体制の複眼でチェックしますが、英国では個人主義が徹底しています。腕に刺青の入った屈強なツナギ服の大男が、タバコをふかしながら「なぜ他の奴の仕事に俺が責任持たされるんだ」という感覚です。

更に、日本の新幹線の運転手は全員が同じモデルの腕時計を持って、毎朝何分何秒で時間を合わせて仕事に出るくらい時間管理を徹底しています。一方の英国では、運転手の腕時計は個人の趣向次第でバラバラで、時間を合わせるのも自己責任の世界です。

そのような肌感覚が、日本の技術を売り込む商談で一歩踏み込んだアピールをするのに役立つ場面は、たくさんありました。

二度あることは三度あるのが人の縁

研修が終われば現場に戻ると思っていましたが、人生は何が起こるかわかりません。私は異例の人事で、研修終了後そのままロンドンオフィスに駐在することになりました。米国駐在、そして今回のロンドン駐在を累計すると、海外勤務は11年目になりました。

海外において、日本人はやはり「アウェイ」です。だからこそ、これまでの赴任生活で得たご縁が公私共に大きな財産だということを強く感じます。

若い頃は「一期一会」と思って生きていましたが、今は「二度あることは三度ある」のが人生という気がしています。昔は想像もしなかったけれど、前に来た時に得た人との縁が大きな力になるのです。

1回目の英国赴任時に仲良くなった同世代の鉄道マンたちが、それぞれの会社で実績を積み、今回また様々な場面で助けてくれます。当時現地校に通っていた息子つながりの交友も生きています。

今回の赴任はコロナのロックダウンのまっただ中に陰鬱な気持ちではじまりましたが、旧友たちの暖かいウェルカム・バック・メッセージに救われたことを覚えています。

日英交換研修制度OB・OGたちが集うリユニオン@ロンドン(2022年)

英国赤門学友会もまた大切な人のつながりです。2008年当時、ゼロから会則を作り名前を考える設立準備に、私は若手として参画していました。元フジサンケイグループの鹿内宏明さんを初代理事長として、濱田副学長の渡英に合わせて第1回総会が催されたのが2009年。その会で今、理事長をさせていただいているのも不思議なご縁です。

40年以上続けている趣味のテニスを通じても、色々な人と知り合うことができました。所属しているGolders Greenゴールダーズグリーンにある日本人のテニスクラブでは、現在部員募集中ですので、興味ある方はぜひお声がけください。

 GG Tennis Club
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