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富田英揮さん - つなぐ人

プロフィール

海外赴任への憧れが砕けた1年目

新卒で東京証券取引所(JPX)に就職を決めたのは、面接で出会った先輩方の人柄に強く惹かれたからです。入社後は海外畑でも留学経験もなかったので、アラフォーになってロンドンの欧州復興開発銀行(EBRD)への出向辞令が出た時は「そんなことができるんだ!」と青天の霹靂でした。でも、やってみたかったので即答で受諾しました。

しかし、初めての海外勤務、さらには国際機関での勤務にワクワクした憧れは、すぐに打ち砕かれてしまいました。

EBRDでの仕事は、東欧・中央アジア地域の証券取引所の支援や、証券取引所を中心とした各国資本市場を育成するためのためのサポート業務。同僚は魅力的な方が多かったのですが、組織としての活動となると、激しいライバル意識に閉口したり、入念に準備した資料を横から奪われたり、「復興開発」という大義名分はどこにいったのか外資的な競争のなかで、もがくことばかり。私は唯一の日本人として、出向元やさらには日本のために動くべき存在でしたが、外国人に何度も成果を奪われ、悔しく申し訳ない気持ちで夜眠れないことも幾度かありました。

外国人のようなドライさで仕事をしようと頑張ったときもありましたが、ある時、やはり違うと考え直して、自分なりの仕事の進め方に立ち戻りました。英語が流暢でなくても、証券取引所出身者だからこその知識に基づく中身のあるコメントをしっかり伝え、信頼関係を築くことを心がけました。すると、見えない壁を超えたように、良いサイクルが回り始めました。

異国で気づいた、日本人の素晴らしさ

JPXロンドン事務所に横スライドしてからも、EBRD赴任当初の数多くのもがきは今の私の礎になっています。どこへいってもヒトの基本は万国共通。礼儀をもって相手を尊重し、同じ土俵で向き合うことが何より大事だと考えています。

日本人的な仕事の進め方の素晴らしさについても改めて認識しました。他人へのこまやかな気遣い、合意形成のための根回し文化、要点をついた資料の作成能力など。英国で働く外国人の中でも、これほどまでに評判がいい国民は他にないのではないでしょうか。自分が日本人なので客観的にはなりきれませんが、40を過ぎて国際機関で勤務経験を積んだいま、これまで以上にそのように感じています。

現在のJPXロンドン駐在員事務所における主な仕事は、日本株を中心とした取扱商品の外国人投資家向けプロモーションや、取引所規則に影響をあたえる要望対応、欧州の証券金融市場の制度調査やサービス調査などです。

私たちのような小事務所の運営には、外部とのネットワーキングが大事な業務内容の1つです。出張者がロンドンに来る際に、たとえば英国の通信会社や航空会社の経営陣との面会を希望するとします。ロンドン駐在するその業界の日本人に相談すると、私が直接お願いするよりはるかにスムーズに話が進みます。反対に他業界の方がロンドン証券取引所経営陣との面会を希望される時などには、私がお役に立てることもあるかと思います。

ロンドンで働く日本人のネットワークをたどれば、どの業界にも誰かしら助けてくれる人がいます。違う見方をすれば、これは日本市場がそれなりに大きいから、英国のリーディング・カンパニーも積極的に応じてくれるといえるかもしれません。

旅先で必ず足を運ぶのは…

気がつけば、ロンドンでの仕事も7年目です。いつ帰任辞令が出てもおかしくないので、特にコロナが明けてからは時間があれば欧州諸国に旅行をするようにしています。日本に帰ってしまうとなかなか来られませんから。

旅行先では、街を歩きまわり、その国の人々の生活の雰囲気をみたり、政治や経済などに触れることが好きです。例えば、セルビアのベオグラードではNATO軍に空爆された建物がそのまま残る廃墟を見て、コソボ問題をはじめとする歴史を振り返りました。観光地として人気のクロアチアのドブロブニクも、旧ユーゴスラビアからの独立戦争の歴史を伝える博物館や記念碑が残っています。ルーマニアでは、チャウセスク元大統領の豪華な自宅をみていろいろ考えさせられました。

また、個人的な趣味で、どこへ行っても必ずその国の証券取引所には足を運ぶようにしています。証券取引所は「資本市場の1丁目1番地」という方もいますが、東欧などの元共産圏国家における資本市場の歴史はまだ浅く、西欧では考えられないような「こんなところで…!」というような証券取引所も多数あります。週末旅行では建物の中に入れないことも多いですが、外から見るだけでも私にとっては面白いです。

モンテネグロの証券取引所前にて(2023年5月)

適正規模で和気藹々と盛り上がる

私が英国赤門学友会に深く関わるようになったのは、ここ3年ほどのことです。もとはロンドン赴任の新参者としてイベントに参加する程度でしたが、2020年からのコロナ・パンデミックが開けると、それまで運営を支えていた多くの先輩方が帰国してしまっていました。そこで、一部の有志とともにネットワークの再構築に走りまわりました。今はまた活発な活動が再開され、様々なアドバイスをくださった先輩方や、現在、理事・事務局メンバーとして協力いただいている皆様にとても感謝しております。

他の海外の主要都市でも赤門会の活動はありますが、ロンドンは都市の規模がちょうど良いように感じています。パブ会などを開くと常に一定数の人が集まります。駐在員は通常数年程度の任期で帰国しますが、交代要員が来るので途絶えません。現地に根を張る人も一定程度います。様々な人がいて、これより少ないと属人的な活動になりそうで、反対にこれより多いと組織化が生じるかもしれません。

同時期にたまたま英国にいる赤門生というだけで、業界の違いや年齢の上下の関係なく、仲良く和気藹々と交流でき、帰任後も交流が継続するとても素晴らしい組織だと思います。

「人間が学ぶのは3つの方法のみ。人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」とはライフネット生命保険の出口さんの言葉ですが、ロンドン赴任は私の人生経験を幅広くする契機となり、とてもよかったと感じています。